15.弓の女神
探索を終えた帰り道。
ふと、空を見上げていた。
木々の隙間から見えるのは、雲一つない青空だ。
小鳥が楽しそうに飛んでいる様子が見える。
「どうしたんですか?」
「穏やかだなと思って見ていただけだよ」
隣で声をかけてきたアリアに、俺は取り留めのない言葉を返した。
本当は、継承した記憶を思い出していたんだけど、素直に答えても伝わらない。
それに彼らの記憶は、軽々に誰かと分かち合うべきものじゃないと思う。
「ユースさん?」
「何でもないよ。さぁ早く戻ろうか」
「そうですね。モンスターも全然いないみたいですし」
「ああ」
ヒール草はたっぷり集まっている。
あとはギルド会館に戻って、納品するだけでクエスト完了だ。
帰り道は、行きと同じルートを辿る。
目印と記憶を確認しながら、自分たちがどのルートを通って来たのかを振り返る。
明日も来ることになりそうだから、地形の情報は念入りにチェックしよう。
早く戻ろうと言いながら、少しゆっくり目に歩いて森を抜ける。
その頃には西の空に夕日が沈みかけていた。
「思ったより時間が経ってたんだね」
「そうみたいね」
「気づかなかった」
三人とも夢中だったからな。
楽しそうだったし、ひとまず今日は良い感じだ。
それから俺たちは、ギルド会館へ向かう。
街へ戻ると、照明がついていて、人口の明かりが道を照らしていた。
多くの人々が行きかっている。
「ユースさん、あそこ」
「ん?」
気を付けないと逸れてしまいそうだ……と感じた矢先、ティアが泣いている男の子を見つける。
「男の子だね」
「はい。迷子でしょうか?」
「う~ん、ちょっと声かけてみようか」
俺は泣いている男の子に近づく。
見た目は五歳くらい。
近くに親の姿はないし、うずくまって泣いている所を見ると、迷子だろうと思う。
「どうしたの? 親と逸れたのかな?」
「……違う」
おや。
どうやら違ったらしい。
「じゃあどうして泣いているの?」
「……あれ」
男の子は空を指さす。
「あれ?」
「取られちゃったの……僕のカバン」
空を見上げると、そこには一羽の黒い鳥がいた。
口に何かを加えてグルグルと飛んでいる。
見上げながら、アリアが呟く。
「カラス?」
「うん、でもあれ普通のカラスじゃないな」
ステルクロウという、小型モンスターの一種だ。
モンスターと言っても、人間を攻撃しないから安全な部類ではある。
ただ、攻撃はしなくても危害は加えてくる。
この男の子のように、人間の持ち物を盗んだり、壊したりと地味な嫌がらせを。
おそらくカバンに食べ物を入れていたのだろう。
カラスはとても頭が良い。
ステルクロウは、普通のカラスよりも賢いと聞く。
「煽ってるな」
頭上でグルグル回っているのは、盗ってやったという自慢だろう。
「ぅ……僕のカバン……」
「大切な物なの?」
「うん……お母さんから貰ったの」
「そうなんだ……ねぇティア、弓で届かないかな?」
「届くとは思うけど、あんなに小さな的は私じゃ当てられないわ」
アリアはショボンと残念そう。
それを見て、ティアは申し訳なさそうな表情を見せる。
距離的には七、八十メートルくらいだろうか。
肉眼だと小さな点が回っているようにしか見えないし、彼女ではなくとも当てるのは難しそうだ。
まぁ……でも、これくらいならいけそうだな。
俺は泣いている男の子の頭を撫でる。
「もう泣くな。カバンは俺が取り返してあげるから」
「ほんとう?」
「ああ、だから泣き止んで、しっかり見ててくれ」
「……うん!」
男の子は力強く返事をした。
俺は微笑み返して、空を見上げなおす。
「さて――」
俺は左手に魔法弓を展開させる。
そしてこの時、俺は彼女の記憶を思い返していた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
人類と魔族の争い。
圧倒的な戦力差を前に、人類は敗走を重ねた。
残された国はたった一つ。
民も、土地も失い、王城を構える都市だけとなった。
誰もが絶望し諦めてしまう中、希望を捨てずにいた者がいた。
彼女の名はアルテミシア・ローレライ。
選ばれし英雄の一人であり、【女神】と呼ばれた弓兵。
そして、人類最後の国家……その姫でもあった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
魔法弓を発動させた俺は、ステルクロウとの正確な距離を測る。
この弓と同じく彼女から継承した千里眼。
二つのスキルを合わせて使えば、空高く飛ぶカラスだって撃ち落とせる。
俺はそう思っているが、不安げに見つめる視線が一つ。
同じく弓を扱うティアだ。
「あの……本当に出来るんですか?」
「出来るよ」
「でも、あんな小さな的ですよ? 動きだって速いのに」
「大丈夫だから。ティアもしっかり見てると良い」
そう言って、俺は弓を上に向ける。
魔法弓は、弓と矢はそれぞれに性質が調整できる。
連射したり、射程距離を伸ばすことも可能だ。
射程を伸ばしたい場合は――
弓そのものを巨大化させる。
大きくするほど飛距離が伸びるが、同時に移動に制限がかかる。
消費する魔力量が跳ね上がることもデメリットだ。
さらに素早い相手に当てたいとき、矢の速度を上げる。
速度を上げたければ、溜を長くすれば良い。
その分、相手に攻撃を悟られてしまうデメリットがあるが、上昇した分の速度でカバーできるなら問題ない。
後は単純な技能だ。
当てられるかどうかは、弓の腕次第。
魔法弓だろうと、普通の弓だろうとそこは変わらない。
だが、その点の心配はないだろう。
なぜなら――
「さぁ、返してもらうぞ」
これは、女神の弓なのだから。
放たれた矢は、音速を超えて空にかける。
グルグルと回るカラスは、矢を放ったことに気付いただろう。
しかし、気づいた時にはもう、矢は目の前に迫っていた。
「ガァー!」
痛そうな悲鳴と共に、カラスは結晶に変わる。
落下する結晶とカバンを、俺は空を蹴ってキャッチした。
それを男の子に手渡す。
「ほら」
「お兄ちゃん……カッコイイ!」
「そうか? 褒めてくれてありがとう」
男の子はキラキラと目を輝かせていた。
さっきまで泣いていたのが嘘のようだ。
調子が良いとは思うけど、笑顔になったなら良いとしよう。
「凄い……本当に当ててしまうなんて」
「だから言っただろ? 大丈夫だって」
「あ、あの! ユースさんは誰かに弓を習ったのですか? それとも特別な特訓をされていたとか?」
「え、あぁーいや、まぁそこは秘密かな」
思った以上にティアがぐいぐいきて、思わずたじろいでしまった。
同じ弓使いとして、惹かれるものがあったのだろう。
【女神】アルテミシア、彼女の残した伝説。
彼女は王国を離れ、魔族と戦う旅に出ていた時、王国が襲撃にあってしまった。
敵の魔族からその情報を聞いた六人だったが、すでに数千キロ離れた地点に来ていたため、助けに戻ることは不可能。
しかし、アルテミシアは諦めなかった。
千里眼と魔法弓を使い、数千キロの距離を超え、矢の雨を降らせたのだ。
彼女の弓は、たとえどれだけ離れていても、大切な場所を守るだろう。
呪いを受けて命を落とす瞬間まで、国のことを思い続けた彼女の……
その伝説を知れば、誰だって勝利の女神と崇めてしまうはずだ。
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