14.ガラド大森林

 一時間くらい経過すると、クエストボード前の人混みは解消されつつあった。

 冒険者たちが目的のクエストを選び、それぞれの場所へ出発しているからだ。

 逆に今の時間で残っているのは、クエスト争奪に失敗した冒険者か、俺たちみたいに割の良いクエストを求めていない人たちだけだ。


「奇麗になくなっちゃった」

「人も依頼書もね」

「元々の数が気になる」


 クエストボードの前に立つ三人。

 ボードの高さは、俺の身長よりも高い。

 幅は四人で両腕を広げても、全然足りないくらいに広い。

 おそらくだけど、このボードだけで数百件の依頼書が掲示できるんじゃないかな。


「あっ、ちょこっと残ってるよ」

「あっちにもあるわね」

「適当に持ってこればいいの? お兄さん」

「ああ。大森林のクエストをね」


 俺がそう言うと、三人がボードに残っている依頼書を確認し始める。

 今日は最初から、割の良いクエストなんて求めていない。

 何せ俺たちは、二日前にこの街へ来たばかりだからな。


 待っていると、三人が俺の元へと戻ってくる。

 アリアの手には、一枚の依頼書がある。


「これなんてどうでしょう?」

「ありがとう。えっと、ヒール草の採取か。うん、これならにピッタリだね」


 そう、下見だ。

 俺たちはこれから、ガラド大森林の下見に行く。

 知らない街で、初めて行く危険なエリア。

 前情報はあっても、実際にどんな場所かを知らないと、痛い目をみることがある。

 だから、本格的にクエストを受ける前に、ざっとエリアを確認しておくことにしたんだ。

 

「クエストも決まったし、出発しましょう!」

「ああ」


 気合たっぷりのアリアの声掛けを合図に、俺たちはギルド会館を出ていく。

 ガラド大森林は、この街に来る前に通り過ぎたエリアだ。

 出入り口の門を潜れば、すぐ目の前に森が見える。

 来た時に通った街道とは別に、森へ入るための道が用意されていた。

 道と言っても、人が通れる程度の間隔が空いているだけ。

 俗にいう獣道というやつだ。


「森に正確な地図はない。ここは特に広いから、迷うと何日も出られないかもしれないな」

「それは嫌だなぁ……」

「そうならないために、こうして下見に来たんでしょ?」


 ティアがそう言うと、マナがうんうんと頷いていた。

 モンスターに襲われる恐怖より、帰れない恐怖のほうが、人によっては強いこともある。


「まぁたぶん、そこまで心配しなくてもいいけどね。ほらあそこ」


 俺は一本の木の下を指さす。

 そこには看板が立てかけられていた。


「何あれ?」

「出口までの道順を示した物だろうね。先人が色々と残してくれてるみたいだ」


 ガラド大森林には、毎日のように冒険者がやってくる。

 多くの冒険者が残した迷わないための目印が、今でも残っているみたいだ。

 自分が助かるために残した物が、知らない所で誰かを助けている。

 冒険者をしていると、助け合いの大切さが何よりわかる。


 そうして、俺たちは森の奥へと進んでいく。


 ガラド大森林には、様々なモンスターが生息している。

 冒険者にとっては絶好の狩場であり、一般人にとっては魔の巣窟とも言える場所だ。

 ただ、広大な自然が育む命はモンスターだけではない。

 動物や植物も、たくさんの種類が生息している。

 俺たちが捜している『ヒール草』も、そのうちの一つではある。


 森を歩きながら、アリアが俺に言う。


「ヒール草なら、私たちの住んでた村にもありましたよ」

「そりゃね。珍しい薬草じゃないし、ある所にはあると思うよ」


 ヒール草。

 名前から察せれると思うけど、薬草の一種だ。

 ポーションの材料に使われたり、そのまますり潰して塗り薬に使ったり。

 効き目は薬草の中でも普通だけど、用途が多くて万能薬草なんて呼ばれている。

 今回のクエストは、ヒール草の採取。

 採取量によって報酬が若干変わる。


「最低は五百グラムでしたよね? だいたい何本分くらいなんですか?」

「う~ん、大きさにもよるけど二十本くらいかな?」

「結構な量ですね」

「そうでもないさ。育ちやすい場所さえわかっていれば、たくさん手に入るし」


 ヒール草を見つけるポイントはいくつかある。

 一つは、程よい湿気のある場所。

 二つ目は、他に雑草が生えていない場所。

 そして、最大のポイントが――


「日の光が多く差し込む場所だ。ヒール草は、普通の草よりも多く日光を必要とする。だから、森の中でも、ちゃんと日が差す場所じゃないと育たない」

「そうなの? 意外と繊細」

「ああ。あと、根元からちゃんと引っこ抜かないと、すぐに枯れちゃうからね」

 

 ヒール草のことは、覚えておくと冒険に役立つ。

 臨時の回復手段としても、一時的なら食糧にもなる。

 かなり苦いけどね。


「あーそう、あの木とかも特徴があってね――」


 それから一時間半。

 俺たちは森の中を探索した。

 ヒール草の採取は、最初の四十分くらいで目標数をクリアしている。

 途中からは役立つ知識とか、モンスターの痕跡を辿ったり。

 クエストで来たというより、ほとんど探検している気分だった。


 ある程度の探索を終えた俺たちは、出口の方角に進みながら歩く。

 その道中、隣で歩くアリアが言う。


「ユースさんは何でも知ってるんですね」

「別に何でもじゃないよ。調べてわかったことしか答えられない。むしろ、知らないことのほうが多いと思う」

「そんなことありませんよ。私なんて、今日教えてもらったほとんどが初耳でしたよ」

「はははっ、俺も最初はそうだったよ」


 特に俺の場合は、戦闘で役に立てることが少なかったからな。

 知識とか道具、手段で補うしかなかった。

 だから、毎日欠かさず勉強したり、いろんな人から話を聞いたりして。

 

 ああ……思い出すと、ちょっと懐かしい。

 大変だったけど、今にしっかり根付いている。

 こうして彼女たちに教えられることが、何よりの証拠だ。

 努力した過去の自分が誇らしく思える。

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