バベルの塔

左手が完全に治るまでの数日間は奇妙な出来事の連続だった。

まず食事だが、ケーキの様なモノを出された。

あくまでもケーキの様なモノであり、ケーキではない。

聞けば栄養素のある『マバ』と呼ばれる食べ物らしい。

イモを加工したモノだと言うが、イモにはまったく見えない

後は適量のビタミン剤。

そしてカボチャのスープである。

正直味気ないが、マバは大量に出されたので腹は一応満ちた。


食事は朝昼晩これの繰り返しだ。

そして入浴については大型のカプセル状の容器に入って行われた。

中に入ると扉が閉まり、何やらドロドロのゼリーみたいな液体が出てきて足元から徐々に腰、そして胸、肩、そして頭まで全て液体で満たされる。

目はゴーグルで口は呼吸器で防いでいるお陰で液体が目に入ったり口の中に入ってくる事はない。

そして五分後その液体は下に向かって徐々に流れ落ちて行く。


「………」


足元まで来て完全に流れ落ちれば完了だ。

扉は開き、これで基本的に全ての汚れは洗い流された事になる…らしい。

液体が体に付着し残っている事はなく、全て洗い流されているのが特徴だ。


「………」


扉から出た俺はその前のカゴに入っている新しい衣服を手に取り着始めた。

初日にこれに入った時は焦ったが、中からも手動操作が可能なため何回か試してみて慣れた。

本来はゴーグルも呼吸器も必要無いらしいが、流石にそれ無しではまだ入る勇気はない。

液体の中でも呼吸が出来るという仕組みが理解出来ない為だ。


この洗浄器は主に飼育している動物の為に開発されたモノらしい。

ヒューマノイドが動物を飼育しているのは驚きたが、色々と役立つ事があるようだ。

トイレも同じ様に排泄物を出す動物用に開発されたモノが人間用に改良されて設置されている。


「人間用のサイズはデータに保存されているので作るのは容易いわ」


そう真顔で言うガイノイド。


「人間は何故裸を見られるのが恥ずかしいのかしら?、動物は皆何も着ていないのに」


入浴時にも一緒に部屋に居ようとするガイノイドに対して外に出ていてくれと言った時の反応は実に不愉快だった。


そうして最初はまだ違和感があった手が完全に馴染み、俺の左手は復活した。

手や腕を覆っていたマシーンが取り外された時に見た自分の左手にはある種の感動があった。

動かしてみて、多少の違和感はあるが普通に動く。

右手と比べてみると左手の方が若干若く感じるが、新しいのだから当然の事だろう。



「手はもう大丈夫?」


ガイノイドは俺の手を見ながら言う。


「ああ、違和感は無くなった」


「そう、ならば付いてきて」


「管理者の所に行くのか?」


「そうよ」


「この格好で?」


「着ているモノは関係が無いわ」


人間は着ているモノに拘る。

俺の記憶は今だにうっすらとしか覚えていないが、人間は目上や立場が上の者に会う時はそれなりの服を着て礼儀正しく…という事をやっていた気がする。


「案内するわ」


ガイノイドはさっさと部屋から出て行こうとした。

俺は考えるのを止めてガイノイドの後に付いていった。


俺が使用していた居住スペースを出て通路やエレベーターを上り下りし、更に通路を歩いていく。

そしてエレベーターで上がると外に出た。


「これは…」


外に出た俺は建築物が立ち並ぶ光景を見ながら、その奇妙な街の形に驚いた。


「面白い形だな」


三角形だの四角形だのの形状をした建物が並ぶ。

ヒューマノイドの都市なのだから全て同じ大きさ、同じ高さの建物が規則正しく並んでいると思ったが、実際は統一感はなくバラバラだ。

ただ形状はそれぞれ違うが建物の土地の面積は統一され区分けされている感じを受ける。


「乗って」


飛行機らしきものに乗り込むガイノイド。

俺もそれに乗り込んだ。


「行くわよ」


そう言うと乗り物の扉が閉まる。

俺が中に設置されている席に座ると乗り物は浮き上がり、俺のいた建物から発進した。


「………」


そのまま街の上空をそれほど速くない速度で飛行する乗り物。


「操縦者は?」


俺の疑問にガイノイドは答えた。


「私よ」


「動かしているのか?」


「そうよ」


「操縦桿を握る必要はないのか?」


「そうよ」


「そうか」


「そうよ」


そうして乗り物は暫く街の上を空走する。

俺は窓から下を見た。

大きな道路があるが、歩行者も走行車も見当たらない。

外に出れば映画らしく空飛ぶ車があちこちで飛び交い、街もそれらしい近未来的な服を着たアンドロイドか多く歩いていると思っていたが、まるで期待外れだ。


「誰もいないな」


そもそも俺は目の前にいるこのガイノイド以外とは会った事がない。

先程までいた建物でもその他のヒューマノイドには一切遭遇していない。


「街は無人なのか?」


「居るわよ、理由もなく建物から出ないだけ」


確かにヒューマノイドが散歩する意味はないだろう。


「そうか」


「そうよ」


「どこまで行くんだ?」


「見えたわ」


俺はガイノイドの示す前方を見た。

まだ離れてはいるものの巨大な半円形の建物が見えた。


「あれは?」


「センター、バベルの中枢部よ」


「バベルの塔か」


タワーと呼ぶなら間違ってはいないわね」

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