第3話

「おはようございます。えー連日の残業ご苦労様です。今週も繁忙期に差し掛かり、忙しい日が続くと思われます。また皆さんの力を借りる事になると思います。本日も残業出来る方は、宜しくお願いします。最近風邪が流行ってるようですが、健康には充分注意して頂いて、今日からまた一週間頑張って行きましょう。私からは以上です」

「本日も宜しくお願い致します」

「お願いしまーす」

このムカツク、フロアー担当者が大声で皆を鼓舞する形でこの儀式は終わる。俺達、バイトもチラホラ挨拶し、各々でテンションを上げる。この会社は、CDやDVDといったマルチメディア商品の取次ぎの会社。メーカーと小売店の間に入り、在庫センターの役割を担っている。商品管理も請け負っている。いわゆる、マージンで利益を上げてる会社。一日の流れとしては、商品の搬入があり、入荷チェック。検品してから、それを各決められた棚に入れていく。午前中はもっぱらこれに費やす。午後はこれを抜き取り、(ここではピッキングと言う)それを検品してから箱に詰める。(要は梱包)そして下でスタンバってる運送会社に出荷してもらう。大体こんな感じで一日が流れてる。

「おはよう」

「おはようっ大山さん。昨日、飲みに行ったんでしょ。今日来てないみたいだけど、こう太からメール来ましたよ。昨日、大山さんと飲んだって」

「おう、あいつさー嫁に持たされた携帯。キャバクラで飲んでんのに電源切っとかねえんだぜ。それでふざけた女の子が、嫁からの電話取っちゃって、こうの奴、慌ててさ、あん時のあいつの顔マジ笑ったぜ、おっ、噂をすれば何とかで、こう太だ、おはよう、こう、早くこっち来いよ」

「ちわーす」

来てたんかい。こう太君。この二人はバイトを楽しく過ごす為の大事な仲間だ。袖で振り合うのも他生の縁て奴。大山うーんと下の名前は何っつったけな。まあ、いっか、大山さんって呼んでるし。それとこう太。上の名前は山井だっけ。俺ってマジ適当。大山さんは、30前で格闘技に傾倒している。打撃、間接、何でもありで、総合格闘技の道場に通ってるらしい。どこまで本気か分からないが、今でもプロでやりたいらしい。あっ思い出した下の名前は第久。ベートーベンの第九から採って付けられた名前らしい。若さって肉体の年齢だけでそれを言ってたらつまらない。心の年齢にして置きましょう。アラサーでもアラフォーでも。

「元気かー」

俺の背中を叩く。痛いっすよ。マジで。あなたは手加減を覚えましょう。その横で屈託のない笑顔で側にいるのが、こう太こと山井こう太。今流行りと言ったら、誤解を招くが、いわゆる出来婚て奴だ。まだ、24才で二人の子がいる。更にもう次が奥さんの腹ん中に、凄いよこう太。俺には無理っす。出来ない芸当っす。芸能人とかが出来婚の後すぐ別れたりして、イメージもマイナス傾向にあるが、正直言って、当人同士が幸せでいられるならそれも有だなと素直に思う。子供欲しいのに、運命によって授かんない場合もあるから、孫が早く見たいって嘆く親もいるし、世間的にはどうか分からんが。結局は愛だろ。愛。だって結婚してから子供出来たって、別れる奴は別れます。最終的に愛する二人とその子供が幸せになれればいいんだ。育てられないんなら、ちゃんと避妊しなさい。ってこんないい加減な俺でも、そんなことをマジで思います。欲だけに走るな。でも互いが互いを想い合えれば、どっちにしろ幸せになれる筈。彼の屈託のない、優しい笑顔はそれを俺に教えてくれた。彼の心の底までは覗くことは出来ないけれど、とにもかくにもこう太は物凄くいい奴だ。こう太。頑張れ。応援してるぞ。自分がこいつらとなら、何かを学べるし、一緒にいたら楽しそうだ。一緒にいたいかもと思った時だけ、握手なり抱擁なり、何でもやって仲間になる。逆に薄っぺらく、人間も悪いそんなムカツク奴らとは、一緒にいたくない。と少しでも思うのなら、ワザワザ頭を下げて、仲間に入れてもらう必要などない。

昼休み。コンビニで買ってきた弁当。パクつくっていうより、時間が来たから口に入れるってそんな感じ。その時、食堂でTVを見ていて、目に飛び込んで来たニュース。また、悪い話だ。インサイダー取引。世の中に泥を塗る。約束なんて言葉はもう死にかけてる。エリートの定義だと。そんなの馬鹿馬鹿しい。生まれつき高い資質。支配層。有名大学出身。いい加減、目を覚ませ。俗物共。いいか良く聞け。愚者共よ。エリートとは、公の場でモラルを守り、世の中を少しでも良くしようと日々、努力している集団を言うんだ。言うまでもなく、あんたらはそのリストには載っていません。どんなに優秀で仕事が出来ても、困った時、誰も助けてくれないような人間的に嫌な奴じゃ、社会人として真っ当な大人として合格点は貰えない。有名大学出のインテリを気取る、どこぞの皆さん。だが、あなた方は、いて欲しくない奴には変わりない。人格に問題がある。効率を欠いてはNG.組織的且つ有機的。パッチワークじゃない。適材適所。それはごもっとも。だが、人間の根っこ。善悪。そこから見直しましょうぜ。

—リーダー達よ。そんなに高飛車にならないで、あなたの部下の話しを良く聞きなさい。意見の違いは正しければ褒めて、間違っていれば、何が違うか教えなさい。批判をする者もいるでしょう。それはリーダーであるあなたも間違える時もあるからです。それを肝に銘じてことを運んで下さい。独裁は身を滅ぼします。狂気は人を遠ざけます。孤独に支配されるでしょう—

 残業。それは暗くて重い響き。イメージする言葉はどれも最悪。決して強制ではないが、空気を読む力が試される。会社の社員に代わって、社内委託(俺らを派遣してる会社)の社員が一人ひとり残業出来るか、出来ないかを訊いて回る。名簿を持って回るので、その名簿を手にした時が“本日残業有”のサインとなる。今日はもうそろそろの筈だけど、PM五時終了の業務終了30分前くらいに訊きに来る。あっ今、一人の男が名簿を手にしました。姉さん事件です。今日の犯人、いや失敬、担当は誰だ。訊いて回る担当は日替わり。♪誰が出るかな、誰が出るかなテレテテンテン、テレテテン♪出ました。スマイリーこと大沢徹。今日はあいつが担当か。うーん微妙。というのは、人によっては断り辛い奴もいる。で、あいつはホンと微妙。態度がコロコロ変わるんから。おまけに二重人格だし。早速こっちに向かって来ます。ここでスタジオお返ししまーっす。ってどこにも返せねえよ。

「今日、残業お願いしたいんですけど」

「えー昨日もしたじゃないですか?」

「そこをなんとかお願いしますよ」

でたな。スマイル。怪しく嘘臭い微笑み。さあ、どうすっかな俺。悩むなあ。今日、最近付き合い始めた彼女に、今日、お前ん家行くからって言ってあるし。

「すいません。今日はちょっと用事が」

「おいっマジかよ。一時間だけでもいいからさー、なっ」

声のトーンが変わった。勿論、顔も。漫画、キン○マンに置ける“アシュ○マン怒り”かお前は。

「すいません。明日なら出来るんですけど」

「明日?明日は土曜だから、そんな仕事量多くないんだけどなあ」

「本とすいません山さん」

「もういいよ、じゃあまた今度頼む。ちぇっ」

って何でキレ気味なんすか?今、ワザとこっちに聞こえるように舌打ちしたろ。スマイリー改め、キレキング大沢。

「また、キレてたね」

「そうっすね。さすがスマイリー」

そう言ってきたのは、岡崎さん。もう彼女とは長い付き合いだ。あくまでこの職場での話だが。もう2年くらいになる。岡崎さんは、年齢を聞いてビックリ。30代後半の花の独身。だが、同棲中のカレシ有。その男と結婚したいらしいが年下の彼に対し、バツイチの彼女からは、そんな重い話、恐れ多くて言えないらしい。このお姉さん。少し気の強いところもあるが、中身は繊細で女性らしいし、それに中々良い人だ。

「スマイリー、あいつ本と嫌な言い方するよね」

「ですよね。空気読んで残業やったり、やらなかったりで上手くやるしかないっすよ」

「俊君、昨日やったもんね」

「はい、やりました。岡崎さん。ちなみに今日は帰りっすか?」

「そりゃ当然、帰るわよ。今日彼、帰り早いから、ごはん作って待ってなきゃいけないし」

「そっちのが大事ですもんね」

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