殺し屋君はニートな年上お姉さんを養っている。
あげは
第1話 殺し屋とニートなお姉さん
今から向かう先は戦場。
澪にそう言われた。故に気合を入れていかねばなるまい。
相手は強敵揃い。油断しているとやられてしまうそうだ。
だが、これでも組織ではトップレベルの
どのような任務でも確実にこなしてみせる。
――――時刻は15:59。
もうすぐ開戦の狼煙が上がる頃だ。
周囲を見ると、いかにも強そうな奴らが集結している。
だが、負けるわけにはいかない。
そう――。
「――――16時になりました! ただいまよりタイムセール開始です! 卵二パックで百円! 卵二パックで百円です!!」
目の色を変えた主婦たちが、一斉に早足で駆け出していく。
誰も走ることはない。それは弁えているのだ。
くそっ! スタートで出遅れたか!
だが、何も問題はない。これまで培ってきた全ての技術を結集し、群がる主婦を超えていく。
今夜の夕飯のために――――。
◇◇◇
「ふむ。今日は勝利か」
ここは日本の首都東京。
都内とは思えないほどの閑静な住宅街を歩く。
もう少し別の道を進めば、喧騒に包まれる渋谷のセンター街付近に出るのだが、こうも人気に落差があるとは不思議でならない。
そんなことを思いながら、俺は今日の戦利品を確認しつつ家路を進む。
この住宅街を抜けた先にある高層マンション。そこの十五階にある一室が俺の家である。
この部屋は俺の仕事を評価してくれた組織の幹部により与えられたものだ。
家賃もなく光熱費水道代全て組織持ち。なんと素晴らしい。
「卵二パック確保。代償にビンタ三発……か」
主婦の間をすり抜け、卵を手に取った俺の両頬は、近くにいた主婦数名に鬼の形相でビンタされた。
なかなかの威力に思わずよろけてしまったことは言わない。
これも名誉の負傷というものだ。
レジのマダムに心配そうな目を向けられたが何も問題あるまい。
これが日常というものなのだ。俺はそう確信している。
「今夜はオムライスだな」
卵を確保したことで今晩のメニューが決定した。
同居人の喜ぶ顔が目に浮かぶ。
飛び跳ねて部屋の中を転がり足の指をぶつけるところまでセットだ。
右手に付けている腕時計で時刻を確認。もうすぐ18時だ。
待ちくたびれているだろう同居人のために、俺は足を速めた。
マンションのエントランスにある機械を操作。専用のキーを翳し自動扉を開く。
セキュリティは万全だ。どんな
エレベーターのボタンを押し十五階へ。
十五階には部屋が二つあり、そのうちの一室は空き部屋だ。
落ち着いて生活できる環境というのは素晴らしい。
部屋のカードキーを差し込みロックを解除。
ガチャっという音が鳴り、鍵が開いたことを知らせる。
ドアを開けて中へ――。
「おっかえりなさーい♪ 待ってたよぉ」
玄関で待ち構えていたのは同居人の女性。
長い綺麗な黒髪、そこらのモデル顔負けの整った顔とスタイル。……一部分残念なのは言わない。怒るから。なぜ怒るのか理解できないが。
彼女は神宮寺澪。俺の家で引きこもる自称ニートな年上お姉さんだ。
「で? どうだった? どうだった??」
「問題はない。卵二パック確保した」
「やたー! じゃあじゃあ、今日のご飯は?」
「要望通り、オムライスを作ってやろう」
「わーい! お姉さん、嬉しい♪」
両手を高く上げ、飛び跳ねる。
そのままリビングまでスキップで戻り、カーペットの上で転がる。
そして――。
「っ!? いったーい!!」
案の定、ソファーの足に小指をぶつけている。
澪が涙目で俺を見上げてくる。
世の男はこういう女性に弱いと聞くが、俺は違う。
なぜなら組織のハニートラップで慣らされている。
この程度で俺の心を動かすことなど不可能だ。
涙を引っ込めた澪はブツブツと何かを呟いていた。
「……大丈夫……お姉さんは強いの……ニートでもしっかりしたお姉さんなのよ……泣いちゃダメ。こんなことでへこたれないんだからっ……」
全て聞こえている。
ニートでしっかりした人間とはどういうことなのだろうか。
俺には分からない。
気にしても仕方ないので、俺は早速夕飯を作ることにした。
玉ねぎをみじん切りにし、鶏もも肉を一口大より少し小さく切る。
キノコ嫌いな澪のために細かく刻んだシメジも入れることにする。
好き嫌いは良くないとじじいが言っていた。
原型が分からなくなるほど刻めば澪も分からないだろう。
鶏肉を炒め、色が変化したら玉ねぎシメジを投入。
あらかじめ炊いていた米をさらに加え、盛大に鍋を振る。
軽く味付けをした後、冷蔵庫からケチャップを取り出し大量にかける。
食事は基本澪の好みに合わせている。
澪の好きなものはオムライス、ハンバーグ、甘口のカレー。
まるで子供のようなラインナップだ。
これを本人に言うと拗ねるので言わないようにしている。
そんなことを考えている間に、チキンライスは完成した。
ちなみにグリーンピースは入っていない。澪が本気で嫌がるからだ。
そういうところも子供みたいだと思っている。
「わぁ。お・い・し・そ・う~。お腹減ってきたよぉ。さっちゃん、早く早く♪」
「さっちゃんと呼ぶなと言っているだろう。後は卵だけだ。サラダが冷蔵庫に入っている。テーブルに運んでくれ」
「は~い♪」
鼻歌を歌いながら澪がサラダをテーブルに運ぶ。
尻を振っているのは理解できない。見なかったことにしよう。
卵は盛大に三個使い、綺麗なオムレツを作る。
ボウルに卵を三個割り、塩を一つまみ入れ、フライパンの温度を確認。
温度が大事だと、澪に見せられた動画で言っていた。
バターを投入し、ある程度溶けてきたら卵を入れる。
箸とフライパンを前後左右に動かしながら、卵の形を整えていく。
動画では、中はふわふわ、外は一枚の卵焼きになればよいと説明していた。
俺に不可能はない。完璧な手さばきでふわトロオムレツに仕立て上げる。
澪の要望で、フライパンからオムレツを飛ばし、チキンライスの上に乗せる。
ふむ。やはり完璧。
見事と言っても過言ではない。まさに店で出してもいいレベルだ。
同じ手順でもう一つのオムレツを作り、同じようにチキンライスに乗せる。
やはり俺の手に狂いはない。どちらも完璧なオムライスとなった。
澪がキッチンにやってきて俺の後ろから覗き込む。
「わぁわぁ! 美味しそうだねぇ! さっちゃんさっちゃん! 早く食べよ」
「だからさっちゃんと呼ぶな」
オムライスをテーブルに運び、同時進行で作っておいたコーンスープもテーブルへ。
テーブルでは澪がオムライスにケチャップで何やら書いていた。
大きなハートの中に「さっちゃん」と書かれたオムライスを俺に見せる。
「見て見て! どう? 嬉しい?」
「嬉しいとはどういうことだ? 確かに俺の名前だが、ただのオムライスだろう」
「むぅ。ぷいっ」
澪が頬を膨らませそっぽを向く。
自分でぷいっという女はいないと思うのだが、何も言わない。
これ以上は何を言っても意味ないのだ。つまり、先ほどの俺が間違えていたというのだろう。
ここは澪の望み通りの答えを言ってやるべきだ。
「澪。嬉しいよ。ありがとう」
「! ほんとほんと? 良かった♪ じゃあ、食べよ」
「ああ。そうだな」
二人で向かい合って座り、手を合わせる。
食事の前はこうやってするのだと澪が教えてくれた。
「「いただきます」」
――――これは、日常を知らない
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