第36話 ジャガーノート・オン
「悲しいけど、喧嘩を避けようとしすぎると、余計に関係がこじれるのよね」
いまが平穏な時代とは、とても言えない。
「強者が下の立場の人間をいいように使うってよくある図式だけじゃなくて、言いがかりのようなクレームで社会がめちゃくちゃになってるよね。非暴力なんだろうけど、その後のダメージはとてつもないよ」
政治家の重鎮や企業のトップ連中が頭を下げる映像ばかりを見せられて、感覚が麻痺してしまっている。
「その反旗を翻した人間が新しい組織を作っても、どうせ内部分裂するのは目に見えてる。アカーキー少佐の話を聞いてよけいにそう思うようになったぜ」
悪魔的支配者にとっては、一国内で揉めていた方が都合が良い。
「武道や軍隊で体罰が問題になるくらいだもんね。わたしの道場はスパルタ式だったけど」
キョウ子の親は、実の娘にも容赦しない。
休憩時間が終わると四人は立ち上がり、二人一組になった。
「俺さ、雲水師範に一度も突きを当てれたことが無いんだよ」
高速の連続突きを誇るススムでも、雲水にはかすりもしない。
「・・・おれは1度だけあるぜ」
ミドルはにやりと口端をつり上げた。
「ええっ、あんたすごいじゃないの!」
これにはウィルも驚いた。
「どうやったのよ、ヒッショー?」
キョウ子は組み手を中断した。
「う~んと、まずはやってみたほうが早いかな」
ミドルは左手を前に広げ、右手を内側に捻るファイティングポーズを取ると、ススムに以心伝心した。
左ジャブ、右ジャブを上中下ランダムに繰り返し、時折蹴りを挟むのだが、傍目から見て、攻撃しているススムに余裕が無いように感じられた。
ミドルが重心を前に起こすと、何も無いススムの左中空に拳を突いた。ススムは意図がつかめず怯んだ。つかめないのは無理も無い。ミドルに意図など無いからだ。
体を狙われていないのに、その牽制パンチのせいで、ススムには動きを制限される感覚があった。囲碁の布石のようである。
「あっ!」
すばしっこいススムの右頬を、ミドルの左フックが捉えた。ウィルはストップウォッチの電子音よりも大きな声で、時間終了を告げた。
「まったく訳分かんないわね。ヒッショーは闇雲に突いてるように見えたけど」
キョウ子は鉢巻きからこぼれている長い前髪を払った。
「まいったな、こりゃ」
尻餅をついたススムが起き上がった。
「俺はさ、相手の仕草や目の動きで出方を読むんだけど、ミドルは何考えてるのかまったく分からないんだ。逆に俺の動きがミドルに読まれている感じだったな」
ミドルのほうが戦闘力は上に思えるが、時と場合によってはそうとも限らない。
「なんかの時代小説で読んだことがあるんだけどさ。こうやってどつこう、ああやって倒そうって考えてると、悟り能力のある敵にはまったく役立たないんだ。で、そんなことも考えずに、木こりの仕事をしてる最中に斧が折れて、飛んでった刃先が敵を捉えてやっつけるってエピソードがあったんだよ」
これぞ、拳聖の領域である。
「理詰めである程度は有利にもってけるけど、勝負の決着はそうしたことが鍵を握ってるのかもね」
科学者のウィルは、非科学的なことを否定するだけでなく、解明したいと考えている。
「関係ないことをやってみる、か。俺も真似してみるぜ、ミドル」
軽く伸ばしたススムの拳が、ミドルの顎にクリーンヒットした。
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