第35話 鉄棒先生

 雲水翁の道場には、トレーニングマシンの類いは置いていない。代わりに、原始的な自重鍛錬向けの器具がある。


「俺が思い描く理想の肉体美は、断然体操選手なんだよな」

彼らは、ウェイトトレーニングを一切しない。


「飛んで跳ねて、捻って回って、わたしたちが学ぶことも多いわね」

バルマンもそうであったが、ハローデン王国の人々は、俊敏性が優れている。ウィルもかなりはしこい。


「体操選手に倣うなら、鉄棒が取っつきやすいわよね。身近だし」

キョウ子の道場では、天井からぶら下がっているロープに逆さ伝いで上り下りするウォーミングアップがあった。


「鉄棒なら得意だぜ」

ススムが一歩前に出た。


「へえ。見せてもらおうじゃないの、アーミー」   

キョウ子は、登場人物すべてにあだ名を付けるつもりだろうか。


自信たっぷりの笑みを見せると、ススムはぶら下がりの腰つきを始めた。

「よっ」

なんなく蹴上がりを決める、切り込み隊長。


「からの~」

ミドルが合いの手を入れる。


「リューキン!」

F難度の大技を決めるススムに、ウィルが歓声をあげた。


続けざまに体を伸ばしたまま、後方へ2回宙返りひねりを演じた。

「もっとやって、ミヤーチ!」

キョウ子もすっかり観衆の一人である。


大味で荒削りだが、オリンピックでもほとんど見られない大技は、ここに受け継がれていた。


「ススムは中1の腕の太さじゃないからなあ」

夏場は因縁をつける連中もいないだろう。


「ミドル、あんたも負けてらんないんじゃない?」

ハッパをかける、若きプリンセス。


「これは見ものね」

親指と人差し指で顎を触るキョウ子は、熊手というより猫手だった。



 大車輪で助走を付けるミドル。兄妹弟子たちの大方の予想は、どうせ遠くへ飛びすぎてしまうだろうというものだった。


「ちょっと、ちょっと! いつまで回ってんのよ!」

延々と大車輪を続けるミドルに、ウィルがしびれを切らした。


「それがさ、手がくっついて離れないんだ!」

磁気体質が裏目に出た。


「これでは道化ね」

あきれるキョウ子。


「失望した! 読者の期待を裏切る主人公に失望した!」

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