第33話 正しき者と正しからぬ者

 雲水翁は初めからこうなることが分かっていたのではないか、とミドルは思い始めていた。老師の周りに集まってくる同年の弟子たち。同じ学校の同じクラスでともに学び、鞄を放り出してからは、厳しい鍛錬に励む。


そして、あの男。アカーキー・アカーキエビッチ。


《おぬしら、何かいらぬ心配をしておるようじゃが、雲水流は活人拳であることを忘れるでないぞ》

 雲水流は、相手を屈服させるのではない。向かって来た相手を改心させ、和合する拳である。




「なんかさ、どんな極秘指令が出るのかと思ったら、ちょっと拍子抜けだよな」

ススムは、左拳を一呼吸で10往復させた。


「わたしはまだ信用していないわね、あの男を」

いったい、ウィルとアカーキーのあいだに何があったのだろう。


「ウィリー、あたしはそこまでよこしまなモノは感じなかったわ」

キョウ子はあだ名を付けるのが好きなのだろうか。


「赤秋少佐の話は俺も納得だったけどね」

ここにもいた。


「ああ、あれな。軍人っぽくはないよな」

アカーキーは、闘う者の心構えを四人に説いた。


「王様の耳はロバの耳、ね」

怒りをコントロールするには、気持ちだけで押さえ込もうとしても到底無理である。だが、ところかまわず喚き散らして攻撃的になっていては、自分の立場を追いやられるだけである。


「『一人きりになった時に、ありったけの大声で怒りを爆発させろ』と、少佐は言った」

高速道路を移動中の車内なら、具合は良いだろう。布団にくるまって叫ぶのも良いかも知れない。


「それは言えてるかもね・・・」

悔しいが、因縁の相手は正しいことを言っているように思えた。


「言わなきゃ良かったって思うこと、あるわよね」

キョウ子は、拳の上に顎を載せた。


 直接相手に言っている訳ではないので、現実は何も変わらない。多くの人がそう思うだろう。だが、一人で怒りを発散させた後、自分自身の精神状態は大きく異なっている。力で制圧したところで、こんどは自分が攻められる立場になる。ガスが抜けた後は、件の相手への対応もクールダウンしていることだろう。


「最近よく思うんだけどさ」

ミドルが口を開いた。


「絶対に変わらないと思っていたものが、ドンドン変わっていってる感じがするんだよね。良くも悪くもなんだけどさ」

歩み始めることで、地球の景色は移ろいでゆく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る