第32話 苦しみの中の苦しみよ

「ねえ、ミドル」

ウィルが神妙な面持ちだ。


「なんか難しそうな顔してるね、ウィル」

エアマスターのミドルは、空気から人の心を読む。


「あなたが背の高くて顔のいかつい外国人と話していたのを見掛けたんだけど、なにか危ないことに首を突っ込んでいないかしら?」

口うるさいのは、ミドルが大切な存在だからである。


「え~と、そう言えばそんな人に道を訊かれたことがことがあったかな?」

武道家に必須のポーカーフェイスが出来ない、ベビーフェイス。


「ミドル!」

ウィルはミドルの肩を前後に激しく揺さぶった。


「わたしはあの男を知ってるわ! 絶対に関わっちゃ駄目!」

いつも強気なウィルの目が、潤んでいる。


「ウィル。21世紀はもう誰も闘う必要なんてない。そう誰もが思ってるよね。でもさ、形を変えて人と人との争いは至る所で起きてるんだ。原因は様々だけど、それが巧妙にカムフラージュされてるから、人からどんどん気力が失われてるんじゃないかって、俺はそう考えてる」

いつになく多弁なミドルに、才女も戸惑う。


「ウィル、止めても無駄だぜ」

話を聞いていたススムが、岩陰からあらわれた。

ミドルの異変は、兄弟弟子もいち早く気付いていた。


「この数年でさ、男らしさが袋だたきにされて、偉そうにするなとかパワハラだとか叫ばれるようになっただろ。確かにそれで悪しき習慣が正された部分もあったけど、指示系統は崩壊してみんなが好き勝手やった結果が、いまのこの世界の現状だぜ?」

抵抗する気力も失せるような遠大な計略が、数十年前から用意されていたのである。



「リトルプリンセス」

アカーキー・アカーキエビッチが、八角堂の入り口から声を掛けた。


「あなたにそう呼ばれる覚えは無いわ!」


「ミドルや。それにススム、ウィル。よく聞くが良い」

雲水伯楽が、アカーキーの背後から、あたたかくて低線な声を発した。


「キリアテ・ヤリムのはこを死守するのじゃ」

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