第31話 エアマスター

 五大所山の切り立った崖から、直下の草っ原まで、約20メートルある。マンションの6~7階の高さに相当すると考えてもらえば、差し支えないだろう。


 ススムが飛び降りると、ものすごい地響きとともに、大地が足形に窪んだ。


「力業だな~、ススム!」

上からミドルが軽口を叩いた。


「いいからお前も降りて来いって!」

ススムはノーダメージである。


「よっ!」

上から15メートル付近まではV=gtの法則通りであったが、ミドルが磁気をコントロールすると落下速度は緩やかになり、10.00の着地に成功した。

※10点満点方式は、この世界でまだ生き続けていた。


「ミドルがうらやましいわね」

工学的サージカルオペレーションを受けているウィルだったが、ミドルのような能力は生まれなかった。


「飛んでるのも同じだわ」

ウィルの誘いで、キョウ子もこの場に加わっている。


「『空気の流れを読むこと』って老師がおっしゃったけど、なかなかうまくいかないなあ」

ススムは首を捻る。


ミドルの周りに、三人が集まってきた。


「雲水翁は何も特別なことじゃないってお話されてたわね」

さしものウィルも、重力に抗う術を、そうやすやすと導き出すことは出来なかった。


「悔しいけど、私たちにご教授願えないかしら、ヒッショー?」

キョウ子は必勝ヒチカタが読めず、ヒッショーと発音してしまったため、この呼び方が定着した。


「う~ん、そうだなあ。"気"ってさ、いまウィルが言ったように、オカルトチックでもなければ、一般人とは縁遠いモノって訳でもないんだよ」

勉強を教わってばかりのミドルが、今度は講義をする立場に入れ換わった。


三人が興味深そうに頷く。


「たとえばさ、家に帰る道筋で考えてみようか」

ミドルが地面に棒ッキレで図を描き始めた。


「クロックポジションで説明するけど、いま自分が中心点のツツ車にいるとする」

ミドルが描いたアナログ時計のど真ん中を、ヒノキの棒でコンコンと叩いた。


「で。12時の方向に、自宅があると仮定する」

「ふむ。なにもなければ、そのまま直進だな」

ススムはすぐ意図を飲み込んだ。


「ミドルのことだから、寄り道しそうね」

ウィルの発言は茶々入れのようでいて、ミドルの言いたいことを先に汲み取っていた。


「そう。俺がまっすぐ帰る前に、9時の方角の駄菓子屋に行ったと思ってくれ」

ミドルはふざけているのではない。


「キョウ子ちゃん。駄菓子屋から家まで、どうやって帰る?」

「それは、またツツ車の中心点に戻ってから、12時方向の自宅へ戻るんじゃないかな」

だが、しかし。


「普通なら、そう思うよね。だけど、それは気の流れからすると、あんまりよろしくないんだ」

ミドルは、小馬鹿にすることも無く丁寧に説明する。


「どういうことだ?」

ススムもキョウ子と同じ考えだった。


「この場合はさ、9時のポジションから北上して、そこで右折して12時の自宅に戻るのが、良質な気の循環を生むことになるんだ」

ミドルのような進路の方針があれば、いまより交通渋滞は緩和されているに違いない。


「なるほどね」

IQは圧倒的にウィルが高いはずだが、ミドルの解説は真を突いていた。


「同じ道を通るのは、できれば避けた方が良いということね」

数日前まで敵意むき出しだったキョウ子も、これには合点がいった。


「そうそう。だからさ、他にもあるんだけど、“失礼します”って言ってその場を離れたのに、また用事を思い出して舞い戻って来たりするのも、やめた方がいいね。ついついやっちゃうんだけど」


 ミドルのエアリーディングは、応用範囲が広そうだ。ちなみに、9時の方向(左舷)に舵を切ることを"取り舵"というのは、方位盤に干支を配列した時に、酉が9時のポジションに来るためである。

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