第20話 同級生じゃん
二人で料理を作る事が決まった後、俺は部室の壁際に据置されている大きな棚の引き出しを適当に空け始める。
俺の行動が理解できずに星野さんはただ俺の行動を見つめていた。
「あった。先輩が置いて行ったと思ってたんだけど、あって良かった!」
見つけた物に顔を近づけて俺は臭いを嗅いでみる。
「うん、臭くもないから大丈夫だ」
一番大きな引き出しに入っていたのは、料理部の先輩が使っていたお古のエプロン。
これは予備として先輩が置いていってくれたものだ。
エプロンは身に着けるものなので、自分のエプロンがあるならそれを使う方が良いに決まっている。
しかし今回は急だったので、これを使うしかないと判断した。
「このエプロンは卒業した先輩が残してくれてたものだけど、良かったら使って下さい」
「えっ、いいの?」
「今の服装のまま料理をしたら、たぶん制服が汚れてしまうので、エプロンは着た方がいいです。もし他人が使った物が嫌って言うのなら仕方ないですが……」
「あ~っ 私そういうの全然気にしないから! ありがとう」
エプロンを手に取ると星野さんは上着だけ脱ぎ、エプロンを身に着ける。
その後両腕の袖をボタンを外すと、肘より上あたりまでシャツをまくり上げた。
「よしっ準備完了!! それで何からやるの?」
ニシシと笑顔を浮かべた星野さんはやる気十分って所だ。
「それじゃ、まずは手を洗って下さい」
「あっそうか、ゴメン、ゴメン! でも手を洗わない方がご褒美になったりして……」
星野さんは下から見上げながら舌を出しながら俺の顔を覗き込んでいた。
「何を馬鹿な事を言っているんですか? 生野菜だって触るんですよ」
俺の反応が予想外だったのか?
星野さんは慌てた様子で場を和ませる。
「も~ そんなに怒らないでって、ちょっとした冗談じゃない」
「おこってませんよ。それでは塩豆腐のステーキを作りましょうか」
「お〜っ!」
星野さんは拳を握ると威勢良く突き上げた。
俺は二つ並んでいるガスコンロにフライパンを一ずつ置く。
コンロの横には使用する材料が並べられている。
「まず最初に俺が手本として作るってみるので、星野さんは俺の真似をして下さい」
「おっけ~」
星野さんは親指と人差し指で輪を作りポーズを取りながら了解してくれた。
「まずはフライパンに油を引いて……」
その後、俺の真似をしながら星野さんはステーキを作り始めた。
星野さんはとても器用で見ただけなのに、俺の動きを完璧に真似している。
小町先輩とは大違いだ。
「星野さん、ニンニクはどうしますか?」
(星野さんは女性なので、ニンニクの臭いは嫌うかもしれない)
「うーん、今日はオフでこのまま家に帰る予定だから、全然大丈夫なんだけど。やっぱりニンニクを入れた方が美味しいよね?」
「そうですね…… 俺はニンニクを入れるつもりです。俺には星野さんの好みがわからないので」
「エプロンもそうだけどさっきから、気を使わせちゃってるよね?」
「それ程じゃないですよ。俺は普通の事しかしてないと思いますよ」
「それに米倉君って私を色眼鏡で見ないじゃない? なんかこういうのって久しぶりで楽しい」
「そんな変な目で見る訳ないじゃないですか!? もしかして、コンサートに…… ハッピーエンドの事を言っているのですか? だったら俺は全然気にしてません」
(最近は女性が女性アイドルの追っかけをやっている話もよく聞く。だからそんな事で偏見を盛ったりはしない)
「ふーん。そっか!」
星野さんはジッと俺の目を見つめた。
小町先輩にもされたのだが、余り見つめられる事に慣れていないので、見つめられるとすぐに目をそらしてしまう。
「はい。おしゃべりは此処までです。ステーキが出来ましたよ。盛り付けして試食と行きましょう」
「うん」
俺は油にニンニクとバターを加えて味をととのえ、表面をカリッカリに焼き上げた塩豆腐ステーキをお皿に載せる。
その上からジャガイモをベースにトマトを加えて作ったソースを上からかければ完成だ。
塩豆腐に含まれている塩分によってトマトの甘味が引き出された上に塩はジャガイモとの相性も良い筈である。
「それじゃ食べましょう」
「うん。今まで忙しくて料理なんて作って来なかったけど、料理を作るのって楽しいね」
「自分でアレンジを考えるのも楽しいですよ」
「私も料理やってみようかな」
そんな雑談を数回交わした後、箸を手に取り手を合わせる。
「「いただきます!!」」
豆腐ステーキに箸を入れると、焦げ目の部分は表面は適度な弾力があり、その皮を突き破ると中から湯気がフワッと立ち上がる。
湯気が鼻に掛かると、香ばしいニンニクの香りが食欲を増大させた。
俺はゴクリと生唾を飲み込むと、分離した豆腐を箸で掴み口に放り込む。
口の中でホクホクの豆腐が解けていくのを感じる。
ニンニクバターの強めの味とジャガイモの控えめな甘さがマッチし、とても美味しいと感じた。
「これは旨いな」
自然とそんな言葉が出てくる。
俺が視線を星野さんに向けると星野さんも俺の言葉に同意し、口をもぐもぐさせたまま、何度も首を上下に振ってくれていた。
その後、豆腐ステーキはアッと言う間に姿を消した。
「いやぁー 美味かったですね」
「本当に美味しくて、私もびっくりした」
ふと気づいたのだが、結構時間も立っていた。
最初はお礼を言いに来ただけだったのに、随分と拘束してしまったと俺は反省する。
「今日はなんかすみません。俺の相手なんてして貰って……」
「とっても楽しかったよ」
そう告げる、星野さんの笑顔は可愛らしかった。
「あっそうだ。ずっと気になってた事があるんだけど」
星野さんは急な真剣な顔を始めた。
「気になっていた事ですか?」
「それっ!!」
そう言うと俺の顔に向けてビシッと人差し指を指してきた。
「それって何の事ですか?」
その行動に理解ができずに俺は聞き返す事しかできない。
「だから米倉君はどうして、私に対して敬語を使っているの? 私達は同級生じゃん!」
俺が敬語を使っているのは人と話す事に慣れていないからだ。
今までも何度か同じ事を言われた事があるのだが、ずっと直せないままだった。
俺は素直にその事を説明してみた。
「そうなんだ。じゃあ私が治してあげようか?」
「治せるのですか?」
「うん。だけどすぐには無理よ。私も最初はダンスが苦手で、振付を覚えるのも苦労したんだよね。だけど時間をかけてゆっくりと覚えていけば、少しづつ慣れてきて今じゃ苦手意識も無くなったの」
「それは凄いですね」
素直にそう思った。
「こういうのは、いきなり高い目標を立てても難しいの。高い目標の前に小さな目標を立てる。それが達成出来たら、中位の目標に変えて行く。そうやって時間をかけて最終的には大きな目標にたどり着くって訳」
目から鱗が出そうになる。
俺は星野さんの言葉に感動を覚え共感してしまった。
「俺にもできますかね?」
「絶対に出来るよ。まずは出来るって信じる事が大切」
その時星野さんの顔に文字が浮かび上がって来ていた。
【米倉君の力になりたい】と書かれていた。
【運命の女性】の求めている事が見えると言う異能が俺に見せてくれたのは、嘘偽りのない星野さんの優しい気持ちだった。
ここまで俺の事を考えてくれるなら、俺も星野さんの言う通り頑張ってみたいと思う。
「まずは小さな目標を決めよう。そうだな…… あっそうだ。まずは私と二人の時だけ敬語をやめるってのはどう? それなら気も使わないでしょ?」
確かに星野さんの言う通り、周りに誰も居ない状況ならタメ口を試しても恥ずかしくないかも知れない。
「いいんですか?」
「もちろん! 今日から私の事は先生と呼びなさい」
フフンと鼻を鳴らし、腰に両手を添えて胸を張りながら威張っている。
その姿が様になっており、俺はつい笑ってしまった。
「何よ。実は芝居の練習もしているのよ。様になってたでしょ?」
「まぁね」
「明日から時間が空いていたら話しに来るから、連絡先を教えて」
「わかった。よろしく」
敬語にならない様に意識しながら話しているので、ハッキリ言ってぎこちない喋り方となっている。
恥ずかしいけど、これは慣れるしかないだろう。
恥ずかしがっている俺と違い、星野さんは全く気にしていない。
星野さんはそのまま無言でスマホを取り出してきて、俺に突き出してきた。
珍しく恥ずかしそうにしているが、頬には【連絡先を交換したい】という文字が浮かんでいるので、俺と連絡先を交換したいと言うのはわかる。
もちろん俺も大歓迎で星野さんに合わせてスマホを取り出し、連絡先を交換した。
「これでいつでも連絡がとれるわね。空いている時に後でラインいれるから」
「部室とか来るなら、事前に連絡してくれ。それなりに準備をしとくよ」
「ありがと、特別に連絡先を教えてあげたんだから、米倉君からもメッセージを送ってよね」
「えぇー 俺、こういうの慣れてないんだよな。正直に言って用事が無ければ何送ったらいいか分からない」
「何でも良いじゃない。何しているの? とか?」
「無理無理、それを聞いてどうなるんだよ」
「話を広げるに決まっているじゃない。そうだ米倉君は毎日私に挨拶のメッセージを送りなさい。朝と夜だけでいいから! 私も返事は返すからそうやって慣れて行こう」
(えぇー 怠いな。マジでやらないと駄目なのだろうか?)
そう言おうと思ったが、星野さんの頬には【メッセージを送って欲しい】と書かれている。
それに星野さんは俺の事を思って言ってくれているのも分かっていたので、断る事は出来なかった。
「挨拶だけになると思うけど、それでいいなら」
「最初はそれだけで十分」
「最初はって……」
一抹の不安を覚えたが、俺は星野さんに毎日メッセージを送る事となった。
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