第19話 星野夢さんがやってきた
バレンタインデーと言う大イベントが終わり、俺もいつもの日常に戻っていた。
今日は今まで作った事のない料理に挑戦するつもりだ。
小町先輩も今日の放課後は部室に来ると言っていたので、一緒に料理を作る約束となっていた。
俺は昨日の内に二人分の材料の下準備は終えているので、今日は料理をするだけになる。
しかし残念な事に、急に小町先輩は他校に行く用事が出来たらしく、メッセージには愚痴とお詫びが書かれていた。
授業が終わり、部室に到着した俺はスマホに新しいメッセージが入っていないか確認をする。
だが小町先輩から新しいメールは入っていなかった。
「急用だから仕方ないけど、二人分の材料があるんだよな…… まぁ…… 余ったら家に持ち帰ればいいか」
料理も二人で作る予定だったので、残念にも思っていた。
しかしすぐに気を取り直して料理に取り掛かり始める。
「さて、どんなアレンジで試してみるか? サラダとか、ステーキとか、後は揚げ物にしても面白いかも」
俺は調理法を考えるのが好きで、考え出すときりがなく、止まらなくなってしまう時がある。
「そうだな…… 最初は定番のトマト添えのカプレーゼを作って。んでアクセントでバジルを振りかけてみるか。まさに定番だけど素材の違いが分かっていいよな」
最初に作る料理が決定したので、早速作業へと取り掛かる。
カプレーゼとは、イタリア発祥のサラダの一種で、一般的にはトマトとモッツァレラチーズ、バジルの3つを使う。
材料さえそろえればあっという間に作ることができる簡単な料理だ。
俺は冷蔵庫を開き昨日の内に下準備を終わらせていた食材を取り出す。
メインの食材はキッチンペーパーに包んだ後、ボールに入れ網の上に載せた状態だ。
ボールの中には水が溜まっている。
キッチンペーパーを開くと白くて四角い物体が姿を現した。
「水分量は…… おっ良い感じに減っているな。指ざわりでいったらチーズより少し硬いな?」
初めてにしては上出来だろう。
包丁で薄くスライスしてみるとブロックチーズと同じ感覚が包丁から手に伝わる。
「遠くから見ただけじゃ本当にチーズに見えるな」
今回、俺は塩豆腐を使った料理に挑戦していた。
塩豆腐の作り方は簡単で、豆腐に塩をまぶしてキッチンペーパーに巻き、ボールに入れて冷蔵庫に一日保管しておくと浸透圧で豆腐の水分が抜けてチーズに近い触感に変わる。
モッツァレラチーズのような味わいや舌触りになるらしい。
料理本には、豆腐のヘルシーさはそのままで、一度食べるとその濃厚で癖のある味に、やみつきになってしまう人もいるとまで書かれていた。
慣れた手つきで皿に盛りつけを行い。スライスした豆腐の上にスライストマトを乗せていいく。
ドミノを倒した後の様に盛り付けを行った後、上からオリーブオイルとバジルを混ぜて作ったバジルソースをかける。
「よっしぁ、これで一応完成だな」
見た目も美しく満足いく仕上がりである。
試しに一枚だけ食べてみると、豆腐の水分が抜けた事により本当に豆本来の旨味が凝縮されていた。
舌触りはチーズに近いといった感じだが、滑らかで食べやすい。
合わせたフレッシュトマトの酸味とバジルソースが上手くに混ざり合っており、とても美味しい。
「うっ美味い!? 塩豆腐……恐るべき!!」
最初は試しだったので三枚だけ作っていたので、追加でもう少し作ろうかと考えた。
「いや、待てよ。同じ料理を食べるより、調理方法を変えた方が絶対に面白い。次はステーキに挑戦して…… こんがりと焼いたステーキに大根おろしとポン酢を添えてみるか?」
俺がそんな事を考えていると、部室のドアがゆっくりと開く。
(えっ? 用事が終わって小町先輩が来たのか?)
そんな予想をしていたのだが、入って来たのは予想とは違う人物だった。
「あ~っ、ここに居たんだ! やっと見つかった!!」
部室に来たのはバレンタインデーの日に自転車で駅まで送り届けた
さっきの言動から推測するにどうやら俺の事を探していたらしい。
「星野さん、俺を探していたんですか?」
「うん。米倉君のクラスも解らなかったから、各クラスで聞きまわっていたら、予想以上に時間がかかっちゃった」
星野さんは部室の中へと入ってきた。
眼鏡を掛けており、可愛らしい笑顔を浮かべている。
髪は肩まで伸ばしており、毛先だけが身体の内側に流れていた。
眼鏡の奥に見える瞳は大きく、光が当たると緑色に見えたりしてとても綺麗だ。
髪と眼鏡で隠されているけど、星野さんはとても可愛らしい顔をしている。
バレンタインデーの時は、顔に文字が書いてある事に驚いしまっていたので、ちゃんと見ていなかった。
間違いなく小町先輩に劣らない美少女だ。
ここまで可愛いと、住む世界が違いすぎて相手にならないと悟ってしまうので、変に緊張したりせず、冷静に対応が出来るから不思議だ。
「それでどうしたんですか?」
俺はそう言いながら、近くの椅子を引くと星野さんを座らせた。
「バレンタインデーは助けて貰ったからお礼に来たの。あの時は本当にありがとう」
「間に合ったんなら良かったです。お礼を言う為に俺の事を探し回ってくれたんですか? なんだか申し訳ないですね。あっそうだ紅茶でも入れましょうか?」
「ほんと!? 米倉君を探してて結構歩き回ったから、丁度喉が渇いてたの。じゃあお願いしてもいい?」
「はい、お気遣いなく。ストレートティーとレモンティーどちらにしますか?」
「じゃあ、ストレートティーで」
俺が湯を沸かしていると、星野さんが話しかけてきた。
「あの後、大丈夫だった?」
あの後とはもちろん警察に怒られた事を言っているのだろう。
「ちょっと怒られましたが、その場限りで何とか許してくれました」
「私の為に本当に御免っ!!!」
星野さんは椅子から立ち上がると勢いよく俺に向かって頭を下げてきた。
「気にしないでください。それよりもコンサートはどうでした? 楽しめましたか?」
「うん。米倉君のお陰で全力が出せたよ。みんなもすっごく楽しんでいて、ハッキリ言って最高だった」
「それは良かった。楽しめたなら俺も送った甲斐がありました」
「それでお礼なんだけど、何が欲しい物とかない? サインとか特別にツーショットチェキとかでもいいよ?」
(折角買ったグッズを分けてくれるって言ってくれてるのかな?)
ハッピーエンドは人気でコンサートには何万人と人が集まるって聞いた事がある。
そんな場所で手に入れたグッズを分けて貰うのは流石に申し訳ない。
それにぶっちゃけると俺はハッピーエンドの事はあまり知らないので、グッズを貰っても困ってしまう。
ここは正直に言った方が良いかもしれない。
「そう言ってくれるのは嬉しいのですが、遠慮しておきます」
お湯がブクブク音を上げて湧き上がってきた。
「そうなの? あっ、そっか推しが違うのか! あんなに必死になってくれてたから、てっきり私のファンなのかと……」
「星野さん、紅茶入りましたよ。砂糖とミルクはお好みでどうぞ」
俺は淹れたての紅茶セットを星野さんの前に並べる。
「あっありがとう。でも砂糖もミルクもいらないかな。一応、私も体型には気を付けているんだよね」
そう言いながら星野さんは苦笑いを浮かべる。
(別に太っている訳でもないのに、女性はやっぱり大変だな)
「実は私って太りやすかったりするんだよね。だから日頃から食事には気を使っているの」
「それは大変ですね」
「うん。ダンスの練習がキツい時なんて、お腹が空いちゃうから我慢するのが大変で……」
(星野さんはダンス部に入っているのか……)
その時俺は良い事を思いついた。
「星野さん、もし良かったらなんですけど」
「何?」
「今、豆腐料理を作っているんですが、参加する予定の人が来れなくなったんで、材料が余っているんですよね。豆腐ならカロリーも低いから最適だと思って、良かったら食べてみませんか?」
「豆腐? 豆腐って味がしないから余り好きじゃないのよね」
「それは買って来た豆腐をそのまま食べているからそう思うんですよ。豆腐ってひと手間加えるだけで全く別の食材になるんですよ」
「本当~?」
星野さんの表情を見れば完璧に俺を疑っている事がわかった。
だがそんな顔をされると逆に美味いと言わせたくなってくる。
「豆腐は美味しいです。これは本当の話です。さっきも言ってましたけどダイエットにも最適な料理なんですよ。なので良かったら作り方を教えますんで一緒に作りませんか?」
「私が料理を!?」
「はい。これはさっき俺が作った豆腐のカプレーゼです。一つだけで良いので食べてみて下さい。これ一つで俺の計算で言えばカロリーは60kcal以下です」
「へぇ~ 意外と少ないんだね。じゃあ一個だけ」
俺が皿を差し出すと星野さんは二つ残っていた内の一つを箸でつまみ口に運んだ。
「……嘘 これ本当に豆腐なの????」
「はい。お豆腐ですよ」
「すっごーい。美味しんだけど」
「何て言うの? 滑らかな食感なんだけど、豆の味が濃くて、とにかく美味しい!!」
予想以上の高評価を受けて俺も大満足である。
「どうですか? 次は豆腐のステーキを作ろうと思っているのですが、良かったら一緒に作りませんか? 油を使いますが100kcal以下になると思いますよ。ボリューム感もありますし覚えて損はない筈です」
日頃から食事制限をしている星野さんにとって低カロリーと言う言葉は相当魅力的だったのだろう。
その証拠に星野さんの顔には【豆腐のステーキを作りたい】と言う文字が浮かんでいた。
さっきまでは文字なんて浮かんでいなかったのですっかり忘れていたが、文字を見るとやはり星野さんも俺の【運命の女性】で間違いないのだろう。
小町先輩もそうだが星野さんも可愛らしく、どう考えても俺には釣り合わない【高嶺の花】ばかり。
母さんも綺麗と言われているし、もしかして米倉家の男は全員面食いなのだろうか?
一人でつまらない事を考えていたが、星野さんは既に料理を作る気になっていた。
「じゃあ、作ってみようかな……?」
こうして俺と星野さんは一緒に【豆腐のステーキ】を作る事となった。
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