第17話 秋田小町の最低だけど、最高に嬉しいバレンタイン
【バレンタインの日に米倉昌彦に告白する】、秋田小町はそう決心した。
そう決めた日から、小町はすぐに準備へと取り掛かる。
昌彦に渡す手作りチョコを作り、それを可愛くラッピングした。
次に雑誌や恋愛映画を何本も見て、告白のシュミレーションを何通りも用意する。
「よしっ! たぶん完璧!」
昔から小町は勉強でも運動でも予習を欠かさない真面目な性格で、それは恋愛においても同じであった。
そして迎えたバレンタインデー当日、予想外の事が起こってしまう。
小町が緊張のしすぎで朝から失敗ばかりしてしまうのだ。
今日まで全校生徒、数百人が見つめる前で物おじせずに発表や演説などを行ったり、全国模試でも自分の実力を100%出し切ってきた。
しかし意中の男性に告白するというだけで、ここまで自分を変えてしまうとは想像すら出来なかっただろう。
小町は午前中に先生に提出しておかなければいけない書類を、放課後の事で頭が一杯になっていた為、うっかり提出し忘れてしまう。
その事に気付き慌てふためいてた後、別の先生に確認してみると担当の先生はお昼から学校外の用事があるらしく、返って来るのは午後5時前後になると教えて貰った。
「あ~っ何やってるのよ!! 今からこんな調子じゃ、告白の時だって失敗するに決まってるじゃない!!」
書類は今日中に渡しておく必要があったので、昌彦と会う時間を変更しなければいけない。
小町はすぐに昌彦に時間の変更を告げるメッセージを送った。
「もう、私の馬鹿!! これでもし米倉君に用事があって、断られたらどうするのよ!」
しかし返ってきた返事は時間の変更を了承する言葉だった。
胸を撫でおろした小町は気合を入れ直し、その後の授業へと臨んだ。
そして授業が終わり、担当の先生がいつ帰って来るか確認してみると、午後5時前には戻って来れると連絡が入っていた。
「良かった~ 5:30分には間に合いそう。えへへ、米倉君にも連絡してた方がいいよね」
【予定通りの時間に行けそう。待ってもらってごめんさない】
「これで、大丈夫かな? あーーーっ 緊張してきた!」
その後、全ての用事を終わらせた小町は5:30分前に部室の前に来ていた。
昌彦に気付かれない様に忍び足で、ドアの傍に近づくとドアの隙間から室内を覗いてみる。
「あれ? 米倉君の姿が無い?」
小町は不思議に思いドア開いてみた。
「やっぱり居ないよね……」
姿が見えない事で急に不安がのしかかって来る。
「あっ机の上に鞄が置いてある! もしかして何か買いに出ているのかな? それともドッキリとか……」
小町は人が隠れる事が出来そうな教壇の下や、カーテンの束になっている部分などを探してみたが昌彦の姿はない。
壁掛け時計は17:35分を指しているので、約束の時間は過ぎている。
「おーい。米倉君。何処にいるのよ?」
小町はメッセージで昌彦が何処にいるのかを聞いてみたが、10分たっても既読すらつかなかった。
「どうして返事返してくれないの? ねぇ、私どうしたらいいのよ?」
次はライン経由で電話もかけてみたのだが、昌彦は電話にもでない。
こんな状況なんてシュミレーションしていない、小町はただ椅子に座る事しか出来なかった。
今日まで告白する為に頑張って来たというのに、こんな仕打ちは余りに酷く感じた。
だからだろうか座った椅子から小町は微動だに出来ずにいた。
昌彦が連絡の一つでも送っていたなら、小町がここまで不安になったりしなかっただろう。
もしかしたら、事故や事件に巻き込まれているかも知れない。
時間が経過する毎に色んな事を考えていた。
その結果、小町は身動きが取れずに誰も居ない部室で待つ事になる。
再び時計に視線を向けると時間は6時15分を過ぎていた。
最終下校時間は平時は7時と決まっているので、後1時間も居られない。
【米倉君のバカ…… 本当に最低…… もう知らない】
メッセージ作成画面を開き、そう打ち込んで送信しようとしたのだが、送信できなかった。
恋愛は惚れた方が負けと言ったりするが、それは【高嶺の花】である小町にも当てはまる。
好きな人には嫌われたくないと考えてしまい。
昌彦が悪いにも関わらず。
嫌われたくない一心で、惚れた相手に不満を伝えることができない……
文章を一旦消去し、新しい文章を書き込む。
【急用が入ったなら、連絡だけ欲しかったです。今日は帰ります】
その文章を見つめていると、急に涙があふれて来る。
「何でこうなっちゃうのかな……」
今日まで頑張ってきた事を思い出せば出すほど、涙は止まらない。
ハッピーエンドを予想していた分、反動が大きかった。
小町が一人で泣いていると、突然スマホから曲が流れ出す。
その曲はメッセージが届いた時に流れる曲である。
小町はスマホを手にとり、メッセージに目を通す。
もちろん送り主は昌彦だ。
「急用が出来てしまって、連絡ができませんでした。本当に、本当に、本当にすみません!! 俺は今から学校に戻ります多分7時位になります。今日の事はまた後日謝らせて下さい」
「やっぱり、急用だったんじゃない!! 米倉君のバカっ! どうして連絡くれなかったのよ」
メッセージを読んで、不思議と少しだけ心が軽くなった。
それは文章を読んで、昌彦が小町を嫌ってドタキャンしたんじゃないと分かったからだ。
文章からは昌彦が本当に謝罪しているという想いが伝わってくる。
「それにしても酷過ぎるんじゃない? どんな急用だったか理由を聞いて納得できなかったら、文句言ってやろう」
いつの間にか小町の涙は止まっていた。
そのまま小町は自分と昌彦の鞄を手に取って正門の前に移動する。
それは下校時間が近いから教室で待つよりも良いと判断したからだ。
一時間以上も待たされたというのに、今は心が弾んでいる。
どうして、こう気持ちがコロコロと変わるんだろ?
「私ってこんな性格だっけ!? まぁ仕方ないかぁ~」
小町は考え、自分が昌彦に嵌ってしまっている事を再確認する。
スマホで時間を確認すると7時10分を過ぎていた。
さっきまでは下校時間ギリギリに帰る生徒たちが何人も通り過ぎて行ったが、今は人影は見当たらない。
そんな状況下で待っていると、遠くから自転車が近づいて来るのが見えてきた。
その瞬間、小町のテンションが一気に上昇する。
外灯しかなく周囲は暗いのでハッキリ確認はできないが、近づくシルエットだけで自転車に乗っている人物を小町は瞬時に理解する。
「ほんと遅いんだから」
自転車が近づくにしたがって昌彦の顔もハッキリと見えてくる。
昌彦の額には大量の汗が浮かんでおり、冬だと言うのにジャンパーを腰に巻いていた。
さらに上着のボタンを全部外している。
その姿を見れば、昌彦が必死に自転車を漕いで学校まで戻って来たという事くらいは小町にも理解できた。
「小町先輩…… あの…… すみませんでした!!」
正門で小町の姿を見つけた昌彦は小町の前で、自転車を投げ捨てると駆け寄り頭を下げた。
「連絡もないなんて、酷過ぎない? 私一人で待ってたんだよ!!」
「すみません!」
「それで何をしてたの?」
小町は腕を組んで、顔を背けたままである。
本音を言えば昌彦に会えた事が嬉しくて、遅れた事はどうでも良かった。
だけどそれでは納得できないという気持ちも在ったので、すぐに許したりはせずに理由を聞いてみる。
「えっと、急な用事ができて…… あっ急な用事ってのは、知り合いの人がどうしても駅に行かなきゃいけなかったんですが、道が大渋滞してたので俺が自転車で送っていました」
「それなら事前に連絡をくれたら良かったのに…… 連絡さえ貰えてたら私、全然待ってたよ?」
「はい、小町先輩が仰る通りです…… 余りにも急だったので、目の前の事しか見えてませんでした。俺が全部悪いです。本当にすみません」
昌彦はさっきからずっと頭を下げっぱなしである。
一度として頭を上げていない。
その謙虚な姿を見ていたら、小さくなって頭を下げている昌彦の事が可愛らしく思え、逆に弄りたくなってきた。
「米倉君にとって、私ってその程度の存在だったの?」
「えっ!? それって……?」
「私はもっと仲良くなれてた気がしてたんだけどなぁ~」
拗ねた感じで言ってみる。
昌彦がどんな反応を返すのだろうと心が弾む。
「そんな事ありません。俺だって小町先輩の事を大事に思っていますよ」
予想以上の返しに、小町の心臓が張り裂けそうな程大きく鼓動する。
そしてチャンスは今しかないと小町の本能が告げた!
「そっそうなんだ。そう思ってくれるならこれを受け取ってくれる?」
そう言いながら鞄から包装されたチョコレートを差し出した。
その言葉を聞いて初めて昌彦は頭を上げる。
そしてそのまま差し出されたチョコレートに手を伸ばした。
「勿論です! 小町先輩、ありがとうございます…… えっ 小町先輩…… その目は?」
「えっ何、嘘っ! やだ見ないで!!」
チョコレートを手渡した時に昌彦と目が合った。
どうやら大泣きしたので、目が腫れてしまっていた様だ。
腫れあがった顔なんて見られたくないという、羞恥心を抱き小町は昌彦から顔を背けた。
(昌彦君、こっち見ないで!)
そう強く願っていると、昌彦は無言で自転車を起こして小町の前を通り過ぎた所でまで移動する。
「小町先輩、チョコレートありがとうございます。とても嬉しいです」
背を向けた状態で昌彦はそう告げ、そのままの状態で振り向く事はなかった。
小町は自分の事を考えて動いてくれる昌彦の優しさに心を打たれた。
「うん…… 私も貰ってくれてありがとう」
「今日はもう遅いので、俺が送って帰ります。自宅は何処でしたっけ?」
「私の家? 大久保だけど?」
「それじゃ学校から近いですね」
小町の自宅は西南高校から徒歩で約20分位の所にあった。
なので毎日徒歩で通学している。
「俺の自転車の後ろに乗って下さい。実はさっき警察に注意されたんですけど、今は時間も遅いし、早く帰った方がいいと思うで…… 今回だけ」
「自転車の二人乗りは違法なんだよ。わかってるの?」
「ごめんなさい。じゃあ、歩いて送りましょうか?」
その時、小町は二人乗りをした時の状況を思い描いてしまう。
「今回だけだからね」
そう言うと荷台に座り、昌彦の腰に手を回した。
腕を通じて昌彦の体温が伝わってくる。
大好きな昌彦を思いっきり抱きしめる事ができる。
予想以上の嬉しさで小町の頬は緩みっぱなしになっていた。
「じゃあ、行きますよ。しっかり捕まってて下さいね。あと道が分からないのでナビもお願いします」
小町は昌彦に言われた通り、抱きつく腕に力を込めた。
(好き、やっぱり私は米倉君が大好き!!)
小町は心の中で叫んでいた。
告白するなら今がチャンスなのかもしれないが、こんな腫れた顔では告白なんて出来ないと諦める。
しかしまたチャンスを作って、近いうちに再チャレンジするつもりだ。
小町は抱きしめている腕に力を入れる。
(米倉君、私の気持ちわかっているの? もっと引っ付いたら心臓の鼓動とか伝わらないかな?)
そんな想いからの行動だったが、小町が力を入れた事に対して昌彦は違った反応をみせた。
「あわわわ! 先輩、もしかして俺の運転ふらついてます? 実は全力で自転車漕いできたんで、結構足がガクガクなんですよね」
「少しだけふらついているかも。だからもっとゆっくり走って欲しいな」
全然ふらついていないが、今の時間が長く続けばと嘘を付く。
「わかりました。ゆっくり安全運転で行きます」
自宅に付くまで小町は昌彦の後ろで幸せな時間は続いた。
しかし楽しい時間は自宅に到着した事により、終わりを迎える。
「今日は本当にすみませんでした。お詫びは後日します」
「もういいよ。今日は送ってくれてありがとう」
「小町先輩、お疲れ様です」
「それじゃ、また月曜日、部室に行くね……」
「はいっ! ぜひ来てください待ってます」
昌彦は別れの挨拶を終えると、自宅に向かって帰っていった。
家に帰った小町はお風呂に浸かり、今日の事の一人反省会を開始する。
告白は出来なかったが、チョコも渡せて雰囲気も良かったと及第点を出した。
「最初はどうなるかと思ったけど…… うふふ」
最後が良ければ総評も大きく変わる。
「米倉君のあの言い方、もしかして期待しても良い感じとか!? え~っどうしよ。めっちゃ嬉しいんだけど!」
お風呂で一人で盛り上がったせいで、長湯となってしまい、小町は少しのぼせてしまう。
お風呂から上がり、自室に戻るとスマホにメッセージが届いている事に気付いた。
「米倉君だ。良かった、無事帰れたんだね」
そんな事を言いながらメッセージを開く。
【今日は本当にすみませんでした。チョコとても美味しかったです。ホワイトデーは期待して下さい】
何気ない文章なのだが、小町にとっては何気ない文章ではなかった。
「美味しかった!? 手作りにしてよかったぁぁぁぁ。それにホワイトデーは期待してって…… もしかして告白されちゃったらどうしよう。当然OKするけど!!!!」
小町はベッドの上で身悶え続ける。
風呂でのぼせたせいなのか、昌彦のせいなのかは分からないが、その日小町の身体の熱が冷める事はなかった。
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