第16話 運命のバレンタインデー その②
俺は前方を走る女生徒の後を追いかけて行く。
女生徒は校門を出た後、大通りまで全力で走りきると道沿いで手を上げていた。
「何でこんな時に渋滞しているのよ!! 全然車が進んでいないじゃない!」
女生徒は大きな声上げている。
「すみません。どうしたんですか?」
少しの遅れで追いついた俺は躊躇する事なく、女生徒に声を掛けた。
「なっ何!? 貴方は誰よ? 貴方には関係ないでしょ!? 私は今時間がないの、貴方に構っている暇はないから放っておいて」
そう一蹴すると必死に手を振り上げた。
「タクシー何て捕まりませんよ。道路は大渋滞じゃないですか?」
俺は女生徒の顔を見てそう答えた。
もちろん彼女の頬には【タクシー】の文字があったから。
だが道路は大渋滞で車が全然進んでいない。
「渋滞かも知れないけど、私にはどうしても行かなきゃ行けない場所があるの!!」
女生徒は真剣な表情を浮かべている。
「事情があるのは分かりました。もしかしたら俺でも力になれるかもしれません。よければ行先だけでも教えてくれませんか?」
俺がもう一度そう告げると、女生徒は言葉を詰まらせた。
しかし頬には【ワイルド記念ホールに行きたい】という文字が浮かぶ。
彼女は駅裏の【ワイルド記念ホール】に行きたいと願っている。
目的地が【ワイルド記念ホール】なら何とかなるかもしれない。
それに彼女が【ワイルド記念ホール】に行きたい理由も予想できた。
「わりました。駅裏の【ワイルド記念ホール】に行きたいんですね。それなら俺に良い考えがあります」
「えっ!? 私、何も言っていないのに、どうして行きたい場所がわかるのよ?」
女生徒は驚きの表情を浮かべている。
「それは顔に書いているからです。じゃ俺は一度学校に戻りますがすぐに戻って来ます。もしその間にタクシーが拾えればそっちに載って貰ってもいいので」
「顔に書いていたですって!? 貴方馬鹿じゃないの?」
俺は女生徒のキツイ突っ込みをスルーしながら一度学校に戻り、自転車に乗って元の場所に戻る。
俺の予想通り、女生徒はまだタクシーが拾えていないみたいだった。
「俺の自転車の荷台に座って下さい。自転車で送って行きます」
「だから私に構わないでって言ってるでしょ!」
見ず知らずの俺の事を女生徒は完全に拒絶していた。
「ですが7時までに着かないといけないんでしょ? 時間が余り無いですよ。自転車で飛ばしても片道40分は軽く掛かるんですから!!」
俺の言葉を受けて女生徒は反論できずに言葉を詰まらせた。
俺は【ワイルド記念ホール】と言うキーワードを見た瞬間ピンと来ていた。
この女生徒は今日開かれるアイドルユニットのコンサートを観に行きたいのだと。
「このままもしタクシーが捕まらなかったら…… もしタクシーに乗れたとしてもこの渋滞じゃ…… これはもう背に腹は代えられないかぁ……」
女生徒は下を向いてぶつぶつと独り言を呟いていたが、顔を上げた時には意を決した表情を浮かべていた。
「それじゃ、悪いけどお願いしてもいい? 頼るとなったら私も遠慮しないよ! 準備もあるから出来るだけ急いでくれないかな」
(準備かぁ…… 制服のままだと入れないから着替えと、後グッズ購入とかもあるかも!)
「わかりました! なら全力で行きますからしっかり捕まってて下さいね」
俺は女生徒を後ろに載せて全力で自転車をこぎ始める。
俺が進む場所は歩道では無く、道路の路肩部分に青色で塗られた専用通路。
この青く塗られた場所には自転車専用と言う文字が書かれている。
この場所を通っていいのは基本的には自転車のみ、車幅も2メートル位確保されているので、前に別の自転車が走っていても余裕で横をすり抜けられた。
「うぉぉぉぉ~」
俺は一分一秒を争う競技選手の様に全力で自転車をこぎ続けた。
「キャーッ! ちょっと大丈夫なの? 速すぎない?」
「何言っているんですか? 準備があるって言ってたじゃないですか。一分でも早くつける様に頑張りますよ」
「それはそうだけど……」
しかし調子が良かったのは最初だけで、道路は平坦な道ばかりではなく信号もあれば上り坂もある。
自転車専用通路は駅までは続いているので、体力さえあれば問題は無いのだが…… その体力が俺にはなかった。
上り坂に入ってすぐ、俺が漕ぐ自転車のスピードは歩くのと変わらない位の速度まで落ちていた。
「ぐぎぎぎぃ、ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ……」
「大丈夫? 坂道だから私、全然降りるよ」
女生徒は申し訳なさそうな表情を浮かべていた。
「いえ、もしここで体力を使ってしまったらコンサートを全力で楽しめないじゃないですか」
「えっ、それじゃ、やっぱり貴方って私の事気付いてたの?」
「もちろんですよ」
(コンサートに行きたいんでしょ? その位わかってますよ)
「だから全力で助けてくれたんだね。本当にありがとう」
「貴方がいないのに始まってしまったら。残念過ぎるでしょ?」
「そうだね。貴方の言う通りだ」
なんとか坂道をクリアーするとしばらくは平坦な道が続く、地獄から解放された俺はテンション高めにスピードを上げる。
「やっと解放された~ スピード上げますよ」
「お願い!」
その後もペースを落とさず俺達は駅へと向かう。
しばら走っていると視界には駅の姿が見えて来た。
ここまでくればもう安全圏だと言える。
もしここで自転車が壊れたとしても、歩けば十分間に合う距離だ。
「やりました。このペースなら、6時過ぎには駅に到着できそうです。【ワイルド記念ホール】は駅から歩いても15分位で付くので、ギリギリ間に合いますよ!」
「うん、本当に助かった。何度も言うけど本当にありがとう。そうだ貴方の名前って何て言うの?」
女生徒は俺に名前を聞いてきた。
「米倉昌彦です。同じ学校の一年ですよ」
「そっか同じ年なんだね」
「同じ年だったんですね」
「知らなかったの?」
「はい。知りませんでしたけど?」
生憎と初対面の女性の年齢を見ただけで見抜ける特技を俺は持っていない。
しかしそんな事より、名前を聞かれたら聞き返さないと失礼に当たると考え、俺は彼女の名前を聞いてみる事にした。
「それじゃ、お返しに教えてください。貴方の名前は何て言うのですか?」
「えっ私の名前? 米倉君知ってるんじゃ…… あっなるほどね。 私の本……」
その時俺達の背後から大きなサイレンが鳴らされた。
瞬時に後方を振り返るとパトカーが渋滞にならんでいる。
「そこの自転車の二人乗り、直ちに降りなさい!」
「やばっ警察だ。すみません急いで降りて下さい! 後の事は俺が対応します。だから貴方はここから【ワイルド記念ホール】に向かって下さい!!」
「それじゃ、米倉君一人が悪者になっちゃうんじゃ……」
「そんな事は気にしなくていいです。今、貴方がいるべき場所はここじゃなくて【ワイルド記念ホール】です」
「うん…… そうだよね。本当に本当にありがとう。このお礼はきっと返すから!!」
「お礼なんていらないです。俺が勝手にやった事なんですから」
俺達の少し後ろでさっきのパトカーが路肩に駐車しているのが見えた。
「急いで!! 警察官の人が降りてこっちにが来るかも知れない!」
「うん、あっ私の本名は【
星野さんはそう言うと、カバンから小さな袋に入ったチョコを取り出すと俺に押し付けてきた。
それはコンビニでも売っている一口サイズのチョコのお菓子だ。
「今はこんな物しかないけど、米倉君にあげる。ハッピーバレンタイン!」
星野さんは極上な笑顔を浮かべ、手を振りながら駅に向かって消えて行く。
「あんなに嬉しそうにして、本当に間に合って良かった……」
俺はその後、警察官にこっぴどく怒られたが、何とかその場だけの注意で許された。
星野さんを送り届けた事で俺はホッと一息をつく。
「ふぅ~ これで星野さんもコンサートを無事に楽しめるって訳だ。後は…… えっ、あぁぁぁぁ~!!!」
その時になってやっと俺は小町先輩との約束をすっぽかしている事に気付いた。
すぐにスマホを取り出し時計を見ると6時20分を回っている。
そして画面にはメッセージが届いているという通知が表示されていた。
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