第15話 運命のバレンタインデー その①
今日は2月14日、バレンタインデーである。
天気は晴れだが、気温かなり冷えると天気予報が言っていた。
学生服の上からジャンパーを羽織り通学の準備を俺は、冷静を装いながら学校へと向かう。
すでに通学路には多くの学生達の姿が見えている。
俺は通学用の自転車をわざわざ押しながら徒歩で通学する。
そして近くの学生たちの会話に聞き耳を立てていた。
当然だが男女問わず一つの話題で持ち切りだ。
「お前、今日は何個チョコ貰えるんだよ?」
「そんな事わかんねーって。でも咲ちゃんはくれるって言ってたな。だから一つは確定だ」
「いいよな~ 俺なんて貰えるかどうかもわからねぇってのによ。こうなったら、今からコンビニ寄って逆チョコでも買って、綾瀬さんに告白するのもありだな」
男子達は何個貰えるかの話で盛り上がっている。
「恵は佐藤くんに本命チョコ渡すんでしょ? そのまま告るの?」
「えぇぇ~ 渡すけど義理チョコだって!!」
「ごまかさなくても、恵が佐藤くんの事を好きなのはバレてるって!!」
「だから勘違いだって!」
周囲からは恋バナばかりが聴こえて来ていた。
去年までの俺ならイヤホンを装着し、ボリュームを上げて周囲の情報を完全シャットダウンする筈だが今日は違う。
今日は小町先輩と放課後部室で会う約束をしていた。
そしてそこでチョコをくれるんじゃないかと期待もしている。
もちろん義理チョコと言う事は分かっているのだが、問題はそこではない。
俺は小町先輩からチョコを貰った時に、自分がどういうリアクションを取ればいいかわからないのだ。
チョコを貰って両手を上げて喜べばいいのか? しかし義理チョコ如きで、そこまで大袈裟に喜んだ場合、小町先輩が引いてしまうかもしれない。
それじゃ軽くお礼を言って流す方が良いのか? いや、わざわざ時間を作って渡してくれるのだ。失礼過ぎるんじゃないか?
経験値が圧倒的に少ない俺は、悩んだ挙句これといった答えは出なかった。
なので今はどんな些細な情報でも取り入れたかった。
自転車通学の癖にわざわざ自転車を押して通学している理由、それは学生達から情報を得る為だ。
運よくチョコを手渡す場面などに遭遇出来れば助かるのだが……
「そういえば今日はハッピーエンドのライブがあるんだろ?」
「そうそう。バレンタインフェスだろ? 駅裏のワイルド記念ホールで19:00から開演らしいぜ」
「ハッピーエンドのチケットって物凄い倍率だから手に入れた奴って幸運だよな」
「そうだな。倍率10倍は軽く超えてるってネットニュースで言ってたからな」
バレンタインデーとは関係のない話も聞こえてくる。
ハッピーエンドとは今大人気の三人組の女性アイドルユニットの名称である。
本格的な歌と激しいダンスを売りにしている。
俺でも名前位は知っており、歌番組で見る事も多い。
しばらく進んでいると通学中にチョコを貰った猛者がいる事がわかった。
(くそっタイミングが悪い! 渡すなら俺の目の前でしてくれ)
しかしそんな都合の良い事は起こらず、俺は特別な情報など何も手に入らないまま学校に到着してしまう。
教室に入ってみると、クラスの男達もいつもと違って落ち着きがなかった。
誰もがバレンタインと言うチョコに翻弄されている。
それは俺も同じなので文句は言えない。
授業が始まり時間が過ぎて行き、時間の経過と共に段々と緊張してくる自分がいた。
ブー、ブー
昼休み、スマホのバイブレーションが数回だけ振動し、メッセージが入っている事を俺に知らせる。
俺がメッセージを確認してみると、メッセージを送った相手は小町先輩だった。
「米倉君、急な用事が入ったんだけど、すぐ終わるから待ち合わせ5時30分位になっても大丈夫?」
「はい、大丈夫ですよ。俺は部室で本を読みながら待っているので、小町先輩の用事が終わったら来てください」
「ありがと。本当にごめんね(>_<) それじゃ、5時30分位に部室に行くから」
「わかりました」
授業が終わり、俺は約束通り部室にいた。
俺の授業は午後3時30分に終わったので、5時30分まで2時間近くある。
最初は部室で本を読みながら待っていたのだが、どうにも落ち着かない。
普段は気にもならない壁掛け時計の秒針が動く音がやけにうるさく感じる。
「あぁぁ、駄目だ耐えられない。待ち合わせ時間まで後30分位あるし、気晴らしに自販でジュースでも買いに行こう」
俺はそう言うと、部室から出て靴を履く為に玄関へと向かう。
自販機は学校の食堂内に一つと体育館へ行く屋根付き通路の途中に一つ設置されている。
陳列されている商品が違う為、俺はいつも外に設置されている自販機でジュースを買う事が多い。
外に出ると風が吹いており、かなり気温も下がっていた。
俺は身震いしながら自販機の方へ向かう。
自販機でホットコーヒーを買っていると、近くのベンチに座っている眼鏡を掛けた女性がスマホで喋っている声が聴こえた。
「一体いつまで待たせるつもりなのよ! えっ嘘でしょ!? 間に合わないってどういう事!! どうするのよ?」
どうやら何かトラブルが起こっている様子。
「わかったわよ。こっちも今からそっちに向かうから!!」
投げ捨てる様に電話を切ると、女性は立ち上がり俺の横を通り、校門の方へと駆けだしていった。
一瞬だけ彼女と目が合った瞬間、俺は持っていたジュースを手から落とす。
「えっ嘘だろっ!? ちょっと待って!!」
そして遠ざかる彼女の背中に視線を向けた俺は彼女の後を追いかけ始めた。
俺が彼女を追いかけた理由、それは彼女の頬に【助けて】と書かれていたからだ。
助けを求めるその文字を見た俺は、その驚愕の事実を冷静に考える前に自然と身体が動き始めていた。
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