第13話 レアチーズケーキと次の約束
今日はレアチーズケーキを作る日だ。
授業を終えた俺は部室で一人、今日の準備を始めていた。
今思い返せば、小町先輩と出会ってまだ一ヵ月も立っていないのに、一緒にデザートを作る事になるとは想像すら出来なかった。
小町先輩と初めて会ったのは、冬休みが終わってから少し経った頃だった。
それから既に二週間が経過している。
季節は冬、2月に入りこの時期が一番教室が寒いと感じる時期だ。
先輩と出会った時の事を懐かしみながら、俺は使用する道具や必要な材料をテーブルの上に並べていく。
部室に入った時は寒さで俺も身体を震わせていたが、準備している間に身体が温かくなってくる。
俺は先輩が到着するまでに準備を終わらせておきたいと思っていた。
一人で準備を続けていると、スマホから音が聞こえてくる。
その音はラインの着信音で、画面を見なくても相手が小町先輩だと分かった。
スマホを手に取り、ラインを起動させ送られていたメッセージを読む。
「今は部室に向かっている最中か、ならタイミングは丁度良さそうだな」
一通りの用意は先ほど終わっていた。
それから数分後、部室のドアが勢いよく開かれる。
「米倉君!」
「小町先輩、待っていました。用意は既に済んでいますよ」
「もう準備を終わらせてくれてたんだ。準備も手伝おうって思ってたのに」
「時間があったんで、気にしないでください。じゃあ早速エプロンを着て作業に取り掛かりましょう」
「お~!」
俺はブレザーの上を脱いで、エプロンに着替えた。
小町先輩も俺と同じようにブレザーを脱ぎ始める。
気温が低いので小町先輩先輩はブレザーの下に薄いカーディガンを着ていた。
だがカーディガンを着ているにも関わらず、身体のラインがあらわとなり、俺の視線も自然に小町先輩へと向かう。
豊かな胸から細い腰へと流れる美しいラインに一瞬だけドキッとしてしまう。
小町先輩はとても着瘦せするタイプの人のようだ。
その後、小町先輩はフリル袖が付いたドレスの形をした新品のエプロンに着替える。
「えへへ。実は昨日の帰りに買ったの。米倉くん…… あのね……」
「はい」
小町先輩は下を向いて神妙な雰囲気を出していた。
そして大きく息を吸い込み、思いを吐き出す。
「私!! 実は料理が得意じゃないの!! だから迷惑を掛けちゃうかも知れないの!」
黙っていて御免なさいといった感じで、小町先輩は俺に頭を下げてきた。
「それなら大丈夫ですよ。神妙な雰囲気を出していたので、一体どうしたんだと思ったんですが、その程度の事で良かったです」
「それにエプロンも持ってなかったから、昨日別れた後に買いに行ったの。私って今までずっと勉強ばかりだったから全然料理とかした事がなくて、それで昨日の夜、動画をみて勉強したんだけど、上手に出来る気がしなくて」
小町先輩は料理が出来ないと告げた小町先輩は、申し訳なさそうに身体を小さくしている。
「小町先輩、僕が隣で作り方を教えますから安心してください」
「米倉君、ありがとう」
しかし心配する事はない。
レアチーズケーキは基本、材料を混ぜるだけで作る事が出来る。
焼いたりする作業は無い。
基本のレシピを忠実に守れば誰にだって上手に作る事が出来る……
筈だったのだが。
どうしてこうなるんだ?
俺は理解を超えた惨劇を前に頭を抱え一人で唸っていた。
小町先輩は簡単に言えばとても不器用な人だった。
最初はクッキーを押しつぶして粉々にする作業から始める。
俺はジップロックにクッキーを入れて、めん棒と一緒に手渡しながら作業の説明をする。
めん棒とはうどんの生地を伸ばしたりするときに使う道具だ。
「この袋に入ったクッキーを粉々にすればいいの?」
「そうです。袋の上からこのめん棒を押したり転がしたりして、出来る限り細かく潰して下さい。その方が固まりやすくなります」
「わかった。任せて」
小町先輩はクッキーが入った袋をテーブルの上に置くと、めん棒で押しつぶすのではなく、和太鼓を演奏するが如く上からたたき始めた。
部室内には豪快でリズミカルな音が鳴り響く。
「待ってください!! やり過ぎです。テーブルが悲鳴を上げてるじゃないですか!?」
「でも、見て! 粉々になった」
先輩は粉砕された袋を持ち上げ俺に見せて来た。
「確かに粉々になってますが、ハッキリ言ってオーバーキルです」
この時点で俺は嫌な予感をしていた。
次の作業は数種類の材料を適量分づつ混ぜ合わせるだけなのだが、小町先輩が混ぜると何故か量がおかしい事になっていく。
ゴムヘラで混ぜても、ハンドミキサーを使っても先輩がやると何故か混ぜた材料の何割かが周囲に飛んでいくのだ。
「こりゃ、俺の方でフォローした方がいいな」
小町先輩が今作っている分は最後まで先輩にやってもらう事と決めて、俺は残りの材料でチーズケーキを作り始める。
そして日も暮れた頃、俺達は何とか両方のレアチーズケーキを潰したクッキーを底に敷いた型に流し込む事ができた。
「ふぅ、これで完成です。後は冷蔵庫で冷やして置けば明日食べれますよ」
「やった。初めて作ったんだけど料理を作るのって意外と楽しいね」
エプロンに材料をいっぱいつけた小町先輩は満足した様子だ。
最初はどうなるかと怖くなったが、最終的には喜んでくれたので俺も胸をなでおろした。
「それじゃ、最後に片づけましょうか…… 時間は掛かりそうですけど」
「それ! ほんと…… ゴメン」
悲惨な状態と化したテーブルの見て俺と小町先輩は下校時間ギリギリまで清掃する事となった。
◇ ◇ ◇
今日は昨日作ったチーズケーキを食べる日だ。
小町先輩も今日は早くこれると言っていたので、そろそろ来てもおかしくはない。
俺はその間に冷蔵庫に入れていた型をテーブルの上に出して並べた。
しばらく待っていると小町先輩がやって来た。
「米倉くーん」
「小町先輩、お疲れ様です」
「今日はいよいよ。実食だから楽しみ」
「きっと美味しく出来ていると思いますよ。それじゃ早速、型から外してみましょう」
最初に型を外すのは、小町先輩が担当した型だ。
俺はアルミ製の型の周囲に熱いタオルを巻いて、冷えて固まっている型枠の温度を上げた。
そしてゆっくりと型を引き上げると、プルンと震えてながら、白く美しいレアチーズケーキが顔を出す。
「ちゃんと出来てるぅぅ~ 私、嬉しすぎて泣きそうなんだけど」
小町先輩は感動して目に涙を浮かべていた。
「だから大丈夫だって言ったんです。全部型抜きしてしまいましょう」
俺は残りの型も同様な方法で取り外すと出来上がったレアチーズケーキを並べて行った。
「じゃあ、切り分けますね」
俺はそう言うと、最初に小町先輩が作ったレアチーズケーキに包丁を入れた。
最初は直径15cmの円形の型分の配合で作り始めたのだが、途中で三分の一位は無くなっていたので、一回り小さい直径10cmの型に変更していた。
一つが一口サイズだが、仕上がりは紛れもなくレアチーズケーキだ。
お皿に載せて先輩に渡した後、俺達は同時に食べてみる。
「う……うっうんまぁぁぁい。どう美味しいでしょ!? 米倉君!!!」
小町先輩が言う様に小町先輩が作ったレアチーズケーキは想定通りの味だった。
分量がおかしくなっていたので、もしかして失敗しているかもと不安を覚えていたのだが、この出来なら十分だ。
「はい。とても美味しいです」
「でしょ? 私、料理の才能もあるのかな? 」
「かも知れませんね」
「うふふ。違う料理も作りたくなってきちゃった」
小町先輩は上機嫌となっていた。
「小町先輩、これをケーキの上にかけてみて下さい。イチゴとブルーベリーで作ったジュレです」
俺はトッピング用に買っていた果物でジュレを作っていた。
レアチーズケーキの上に掛けるだけで、色々な味を楽しむ事が出来る。
「イチゴも美味しぃぃ」
「ブルーベリーもいけますね」
俺達は笑い合いながら、作ったケーキを食べていった。
その時間はとても楽しく、あっと言う間に時間は過ぎて行く。
その後、全部のケーキが綺麗になくなったので今日はお開きとした。
俺と小町先輩は互いに食器などを持って片付け始める。
「米倉くん…… ちょっといいかな?」
片付けの途中、おもむろに小町先輩が俺に話しかけてきた。
「なんですか?」
「来週の金曜日なんだけど、部室にいたりする? 用事があったりしない?」
「来週の金曜日ですか? 特に用事はないですが、どうかしたんですか? 」
「良かった。じゃあ、来週の金曜日に私も部室に行くから部室にいて欲しいの。いいかな?」
「わかりました。先輩が部室に来るって訳ですね」
「絶対だよ」
「わかりました」
片付けを終えた俺達は学校を後にして、家に帰る。
その途中、俺はスマホを取り出してカレンダーを開く。
「来週の金曜日って言ってたよな。一応メモっておくかな」
そしてカレンダーを見た瞬間、手が止まる。
「来週の金曜日って…… 2月14日!? その日ってバレンタインデーじゃないか!!! えっ!? それじゃ…… まさか」
恋愛なんてして来なかった俺でも流石に期待せずにはいられなかった。
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