第6話 小町先輩とデザート
小町先輩と呼び始めて2週間が経過していた。
先輩は二、三日に一度のペースで部室に顔をだしており、その都度何やら食材を持ってくるので、食材のストックが減る事はなかった。
小町先輩が持ってくる食材を見て、俺が小町先輩が作って欲しい料理を予想するのが一連の流れとなっている。
だけど俺には先輩が食べたい料理が分かっているので、正解率は今のところ100パーセントだ。
どうやら小町先輩は俺の事を料理名人と勘違いしてくれているので、すべて正解しても怪しむ事はなく、ただ素直に喜んでくれている。
小町先輩との関係も先輩と後輩という垣根もあるが、少しづつ気心知れたものへと変わりつつあった。
そんな先輩が今日は食材を持たずに部室にやってきた。
「米倉くぅーん」
今日は土曜日で選択授業のみで、授業は午前中で終わっている。
甘えた声を出しながら部屋に入ってきた小町先輩はいつもの指定席に座ると、そのまま机の上に崩れ去った。
「小町先輩、今日はいつも以上にお疲れのようですね。生徒会の用事が忙しいのですか?」
「うん、そうなの。生徒会行事だけならいんだけど、勉強もあるでしょ?」
小町先輩は全国模試で毎回順位が一桁の才女である。
平凡な俺が想像すら出来ない苦労のがあるのだろう。
俺の前で屍と化した小町先輩の為に俺は読んでいた本を置き、ポットがおいている方へと移動する。
再沸騰のボタンを押して、お湯を沸かしている間に戸棚からティーカップとガラス容器に入ったはちみつを手に取る。
次に冷蔵庫を開き、レモンを一つ取り出すとそのまま半分に切り分けた。
片方をプレス式の絞り機で挟み込み、用意したティーカップに果汁だけを搾り取り、残りの半分を等間隔にスライスしておく。
その後、生生姜を取り出し、茶こしの上に生生姜をすりおろして下準備は完了だ。
準備が整った後は、最初にティーカップにはちみつを適量分注ぎ込みレモン果汁となじませた後、すりおろした生姜が入った茶こしをセットする。
その間にポットの湯が沸いたので、ティーカップにお湯を茶こしを通しながら注ぎ込み、よくかき混ぜれば生姜入りホットレモンの完成である。
まず最初に自分用の分を作り、はちみつの量を確認する。
材料のバランスを確認した後、俺は小町先輩の分を作り上げた。
味見をした感じで言えば最初レモンの酸味が口に広がり、殆ど遅れることなく、はちみつの濃密でとろける様な甘みが口内を刺激する。
予想以上の美味しさに俺も満足していた。
俺は作り上げた先輩用のホットレモンにスライスしたレモンをカップ淵に差し込み、うつ伏せ状態で疲れ果てている先輩のそばに置く。
「たっぷりとはちみつを混ぜたホットレモンです。疲れた時には最適ですよ」
俺はうつ伏せの状態の小町先輩に声を掛けた。
俺の声とはちみつとレモンの合わさった涎がたまる香りに反応して、今まで屍と化していた小町先輩がバッと顔を上げる。
「米倉くぅぅぅん。ありがとぉぉぉ~」
泣き顔を浮かべた小町先輩はカップを手に取ると、息を吹きかけ表面温度を下げながらゆっくりと口をつけた。
のど部分が動くのが見えホットレモンが食道を流れていくのがわかる。
「温かいし、おいしぃぃぃっ!! これは癒される~」
はちみつの甘さとレモンの酸味を堪能した小町先輩は満足した表情を浮かべた後、大きく息を吐いた。
本当に疲れているのだろう、目をつぶりながら堪能しているかの様に、ゆっくりと何度もティーカップを口に運んでいる。
今回使用したはちみつは糖分が高めなものなので、砂糖を使う必要もなくはちみつ本来の甘味と旨味を堪能できるだろう。
更に生姜には体を温める効果があるので、飲み終わった後は身体を温かくしてくれる。
レモンは香りも良く、さっぱりとした酸味ではちみつと生姜の味を引き立たせてくれていた。
ホットレモンを考えた人は天才だと俺は思っている。
「はちみつには疲れをとる効果があるらしいですよ。それに疲れた時は甘いものを食べると落ち着きますもんね」
俺は美味しそうにホットレモンを飲む小町先輩を見た後、味見用に作っていた自分用のホットレモンに口をつける。
「うんうん、それは間違いないよ。だって米倉君が作ってくれたホットレモンを飲んでいるだけで、不思議と元気が出てくるんだもん」
俺の意見に小町先輩も全力で答えてくれた。
「そうだ。僕でよければ、今度デザートを作りましょうか? 今までは料理ばっかりだったので、次は少し趣向を変えて……」
それはほんの思いつきだった。
料理とデザートは分野が全く違っているので、料理は得意だがデザートを作るのは苦手という人もいるし、その逆も多い。
しかし俺は暇な時間を持て余していたので、料理もデザートも両方を作ったりしていた。
なのでレシピさえあれば大体の物は作る事はできる。
「ほんと!? 絶対だよ。まさか米倉君がデザートも作れるなんて」
俺の思いつきに小町先輩は目を見開いている。
どうやら甘い物も大好物の様だ。
「余り期待はしないでくださいね。作れると言っても趣味の範囲なんですから」
「わかってるって! だけど米倉君が作る料理は全部美味しかったから、デザートだって最高に決まってる筈よ」
キラキラとした表情を浮かべながら、小町先輩は笑っていた。
俺もこの笑顔に報いる為に最高のデザートを作らなければいけないと覚悟する。
「それで、どんなデザートを作りましょう?」
俺はいつものように先輩が食べたい物をリサーチしてみる。
「うーん」
小町先輩は腕を組むと目をつぶり頭を傾け考え出した。
すると先輩の顔に【ショートケーキ】の文字が浮かぶ。
(なるほどショートケーキが食べたいのか?)
俺がそう思った瞬間、【ショートケーキ】の文字が消えて【モンブラン】という文字に変わった。
(変わった!?)
その【モンブラン】の文字もすぐに消えて、次は【シュークリーム】の文字が浮かぶ。
そん後も次々とデザートが浮かんでは消え続けた。
どうやら先輩は食べたいデザートが多すぎて、迷っているみたいだ。
「焦らずにゆっくりと考えてくださいね」
俺はクスリと笑いながらそう伝えた。
「それはわかっているんだけど、食べたい物が多すぎて…… そうだ、実際に見て決めた方がいいかも……」
小町先輩はそうつぶやくと、元気よく椅子から立ち上がる。
「そうだ。実際に今日、デパ地下に行ってどんなデザートがあるか見て回るってのはどう? 私、実物を見た方が絶対にいいと思うの」
テンション高めで小町先輩は軽快に話し始めた。
「それもありですね。それじゃ小町先輩がデパ地下に行って食べたいデザートが決まったら、また声をかけて下さい」
だが俺の返答を受けて、何故か小町先輩は不服そうな表情を浮かべる。
何か変な事を言ったのだろうか?
「私、米倉君が作れるデザートとか知らないから、もし選んだ後になって俺には作れないってなったら二度手間じゃない? だから米倉君の予定がもし空いていたらの話だけど…… 私と一緒にデパ地下に行かない? もちろん無理はしないでね。私はあくまで作る人がいてくれる方がいい的な……感じ? 無理なら全然いいんだけど……」
何度も同じワードを繰り返している小町先輩は普段では決してみられない程取り乱している感じだ。
俺が小町先輩の顔を見てみると、【デパ地下に行きたい】とハッキリ書かれている。
そして意外な事に小町先輩は俺にもデパ地下に付いてきて欲しいみたいだ。
理由は俺がどんなデザートを作れるかわからないとの事。
そう言う理由なら確かに一緒に行った方がいいとは思う。
しかし本音を言えば、小町先輩とデパ地下に行く事は避けたいと俺は思っていた。
その理由は簡単で、行けば絶対に目立つからだ。
芸能人顔負けの美貌を持つ小町先輩が目立たない筈がない。
もしも学校の生徒に見つかった時、先輩と一緒にいる俺が何を言われるかわからない。
学園のアイドル、秋田小町先輩と冴えない陰キャな俺…… 普通に考えて絶対にあり得ない組み合わせで、弱みを握って脅迫しているじゃないかと疑われる事だろう。
しかし俺の不安を他所に、小町先輩は必死に俺を誘おうとしてくれている。
その気持ちが分かっているので、断る選択肢は俺には存在しなかった。
「わかりました。じゃあ一緒に行きましょう!!」
「米倉君、ほんと!? えへへ、やった…… すごく楽しみだね」
小町先輩は本当に嬉しそうだった。
こうして俺は小町先輩と二人でデパートに出かける事となった。
ただ立っているだけでも目立つ先輩との二人だけのデート?
正直に言えば滅茶苦茶嬉しいのだが、最悪の事態も想定しておいた方がいいかもしれない。
俺は先輩と二人で出かける嬉しさと、この事が大事にならないかと言う不安を同時に感じていた。
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