第7話 待ち合わせ

 下校途中にデパ地下へ行くのは問題があると言う事になり、俺と小町先輩は一度家に帰って着替えた後、デパートの前で待ち合わせをする事になった。

 

 俺達が向かうデパートは駅前にある一番大きなデパートで、デパートの地下には多くの食料品店や飲食店が並んでいる。

 

「三時にデパートの前で待ち合わせって話だったな。はぁ~ 時間はまだあるんだけど、俺は何を着ていけばいいんだよ。まさかこんな所で躓くとは……」


 今まで服に全く興味を持っていいなかった為に、家に帰っても着ていく服が決まらずに困っていた。

 普段は母さんが買って来てくれていた洋服を何も考えずに着ていただけだ。

 しかし似合ってもいない服装で小町先輩と会えば、俺と一緒にいる先輩が笑われてしまうかもしれない。

 俺はこんな事になるのなら、もっと早く服に興味を持っていれば良かったと今になって後悔をし始める。

 

 俺が一人で唸っていると、母さんが俺の傍にいた事に気づく。


「うわっ 母さん!? なんだよ? いつの間にいたの?」


「少し前から見ていたわ。昌彦ちゃん、さっきから服を引っ張り出してきて何をしているのかな?」


 嫌な所を見られてしまったが、これは逆に良かったのかもしれない。

 母さんは洋服のセンスもいいので、アドバイスを貰った方が早く服を決める事ができるだろう。


「実は、今から友達とデパートに行く事になったんだけど、何を着ていけばいいか迷ってて」


「ふーん。友達ねぇ…… 着ていく服を悩む友達って一体どんなお友達なのかしらね?」


 意味深な笑みを浮かべられた。

 やはり聞くんじゃなかったと後悔する。


「そうねぇ…… 昌彦ちゃんはお父さんと違って体格も崩れていないんだから、シンプルにカジュアルなパンツと薄目のセータでいいと思うわ。後、今日は寒いからセーターの上からコートを着れば完璧よ」


 そう言いながら俺が散乱していた服の中からテキパキと数着選んで並べてくれた。

 その中から俺は今の気分に合った服を選んだ。


 今回は母さんのおかげで何とかなったが、今後も先輩と出かける事もあるかもしれない。

 料理だけじゃなくて、ファッションも勉強しておこうと俺は密かに誓う。


 とにかく着ていく服が決まり、制服から着替えた俺は最後にニット帽を深めに被る。

 着替え終わった俺は財布が入ったウェストバックを肩から掛け、家から飛び出した。

 ニット帽を被ったのはもちろん身バレを防ぐ為だ。

 ニット帽だけでどれだけ誤魔化せるかわからないが、変なトラブルから身を守る為の小さな抵抗である。


 待ち合わせの時間は午後三時。

 今の時間なら約束の時間より三十分前には到着できるだろう。

 俺ごときがあの小町先輩を待たせる訳には行かない。


 デパート前に到着した俺はまず最初に周囲を見渡して小町先輩がいないかを確認する。

 約束の三十分前と言う事もあり、待ち合わせ場所には小町先輩はいないようだ。

 作戦は成功と言った所で、俺はそのまま小町先輩を待つ事にした。

 

 取り合えずスマホを取り出して、ラインを確認する。

 俺と小町先輩は出会えなかった時の事を想定して、お互いをラインのともだちに登録していた。

 これでもしもお互いの場所がわからなくなったとしても、いつでも連絡を取り合う事が出来る。


 案の定、ラインに連絡は入っていなかった。

 

 学校で小町先輩と連絡先を交換している男子は何人居るのだろうか?

 連絡先を交換した時は少しだけそんな事を考えて、優越感に浸ったりもした。


 だが今はさっきから変な汗が止まらないくなっている。

 その理由は簡単で、女性と待ち合わせなんて初めての経験だからだろう。

 緊張は頂点に達し、意味もなく何度も周囲をキョロキョロと見渡してばかりいる。

 周囲の人達から不審者に思われているかも知れない。


 すると少し離れた場所から俺を呼ぶ声が聞こえてくる。


「米倉くーん」


 その声は間違いなく小町先輩で、声が聴こえる方に顔を向けた瞬間、俺は固まってしまった。


 小町先輩は各部にふわふわが付いた膝下位の長さの白いコートを着ており、頭にも白いカチューシャを付けている。

 膝下丈のコートの先からは黒タイツを履いた細くしなやかな足が見えている。

 足の先には白系の可愛らしい靴を履いているので、今日の先輩は白を基調としたコーディネートなのだろう。

 ハッキリ言って天使以外に見えない。


 その証拠に、すれ違う男の殆どが小町先輩に惹かれ、後姿を追いかけている。

 

「ごめーん。もしかして…… 待った?」


「いえ、全然待っていませんよ。小町先輩も時間通りですし、俺が早く着いていただけですから気にしないでください」


「それならいいんだけど。米倉君の私服姿初めて見たけど…… 似合ってるね」


「ありがとうございます。小町先輩もとても似合っていますよ」


「うふふ。ありがとう」


 俺達はそんな定番の言葉を交わし合う。

 そしてさっきから周囲の男達の視線が痛い。 

 こんな場所からは早く逃げ出したかった。

 

「米倉君、さっそく行こうか。実は私待ちきれなくって」


 小町先輩はそう言うと、なんと俺の腕を掴んで引っ張り始めたのだ。

 その瞬間、周囲から向けられていた痛い視線に殺気が込められた。


「小町先輩! 腕っ、腕を組まないでください! 人目があるんですよ」


「引っ張ってるだけじゃない。米倉君は気にし過ぎだって! もしかしてテレてるの?」


 小町先輩は小悪魔的な笑みを浮かべると、更に俺を掴む手に力を入れた。


「あぁぁ…… もう駄目だ。これは早く移動した方がまだマシだ……」

 

 観念した俺は素直に先輩に引っ張られながらデパ地下へと向かった。

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