第3話 生徒会長が部室に訪ねてきた

 その日の放課後、俺は一人で部室に入ると料理本を読んでいた。

 料理部の活動は一人でも続けている。

 一人になってからは料理を作っても食べきれないからという理由で料理本を読む事が多い。


 そんな時、廊下を歩く足音が聴こえ始める。

 足音は料理部の教室の前で止まり、次の瞬間ドアがノックされた。


「あっはい」


 学校でノックをして入る奴がいるのかと驚いたが、入って来た人物をみて俺は更に驚く事となる。


「秋田先輩!!!」


「米倉君、お邪魔してもいいですか?」


「あっはい。どうぞ」


 俺は失礼が無いように空いている椅子に案内する。

 どこでも空いているので好きに座って貰ってもいいのだが、今は俺の真正面に秋田先輩が座っている状態だ。

 今朝、文字が書いてあった頬には今は何も書かれておらず、きめ細かく綺麗な肌しか見えない。

 至近距離から向かい合っているだけで、恥ずかしさから俺は自然と秋田先輩から視線を逸らした。


「実は今朝のお礼でお邪魔したの。あんパンとても美味しかったわ、ありがとう」


 そう言うと、秋田先輩は頭を少し下げて俺にお礼を伝えた。

 

(食べてくれて良かった)


 俺は素直にそう感じた。


「いえいえ。喜んで貰えたのなら良かったです」


 秋田先輩は真っ直ぐに俺を見つめている。

 長く滑らかな髪は絹の様に滑らかで、顔の造形は芸能人の様に整っている。

 自分に厳しく周りに優しいと評判の秋田先輩の瞳は大きくてとても力強かった。


「実は貴方の事を調べさせてもらったの。私一応生徒会長をやっているから、少し位なら生徒の情報が入るのよ」


「そうでしょうね。それで俺が料理部だと知った訳ですか?」


「そうね。それで今朝のお礼でもないのだけれど、教えてあげようと思ってお邪魔したの」


 秋田先輩の表情は決して優しいものではなく、逆に厳しい感じを受けた。


「二か月後に開かれる部活総会の時点で部員が三名以下の部活は廃部となるわ。この料理部は現在米倉君が一人だけだから、少しでも早く部員を集めた方がいいよ」


「なんだ。その事ですか…… その事は前任の部長から引き継いでいますよ。だけど俺としてはもういいんです。無理に部員を探すより、残り二か月を自分なりに過ごせたらって感じです」


「そうなの? 自分でそう判断をしているのなら、私としてはそれでいいんだけどね…… 聞いた話だと部員はたった一人だというのに毎日部室にも顔を出して、ちゃんと料理も作っているらしいじゃない。真面目に部活動をしているのならきっと部活を存続させたいのかと思っていたの」


「まぁ、確かに料理を作る事自体は好きなんで、ただ…… 他人に何かを強制するってのは好きじゃないんですよね。それに真面目に部活に出ているって言っても、一人だから量がある料理は食べきれないから作れないので、本を読んだりしている事の方が多いですよ」


 そう言って、俺は学校のキッチン台の上に置かれている料理本を指さした。


「へぇ~、そうなのね。その本を少しだけ読ませて貰ってもいいからしら」


「どうぞ、どうぞ。もし気になった料理があるなら作りますよ」


 俺は冗談っぽくそう言った。


「うふふ。そんな催促はしないわ。貴方にこれ以上の借りは作りたくないもの」


 少し笑いながら、秋田先輩は積まれた料理本の中から一冊を選びペラペラとページを捲り始めた。

 

 本を読む姿も様になっており、優雅に本を見つめる秋田先輩はとても綺麗だと思った。

 流石、学園一の美少女と呼ばれるだけはある。


 つい俺も見惚れてしまっていた。

 しかし俺は特に目立つ所もない陰キャな一学生で、高嶺の花は愛でるだけが一番だと知っている。


 その時、先輩の頬にまた太い文字が浮かび上がっていた。


【オムライスが食べたい】


 そうしっかりと書かれている。

 文字の太さが朝よりも太く見えるのは気のせいだろうか?


 ツンと澄ました様子と顔に書かれた文字のギャップに俺はつい笑ってしまう。

 

「どうしたの? いきなり笑い出して、何かおかしな事でもあったのかしら?」


「いえいえ、単なる思い出し笑いですよ。それより今朝のお返しとして俺のお願いを聞いてはくれませんか?」


「お願い? まっまさか、エロい事じゃないでしょうね」


 秋田先輩は身の危険を感じたのか? 両腕で自分の身を守る仕草をする。


「違いますよ。ずっと一人だったんで料理を作る機会が少なくなって、学校に持ち込んでいる食材の減りが遅いんですよ。まだ傷んでいないんですが、そろそろ使い切った方が良い食材があるんで、今から簡単な料理を作るので、良かったら一緒に食べて貰えませんか?」


 俺は先輩にオムライスを食べさせる為に体の良い嘘を並べた。


「私に米倉君が作った料理を食べろですって!? ねぇ、一体私に何を食べさせるつもりなのよ」


 秋田先輩は警戒心を強めている。


「怪しい物じゃないですって。それに作る所を見ていたら俺が変な物を入れていないかチェックできるじゃないですか」


「それもそうね。それで何を作るの?」


 秋田先輩は少し警戒心を解いてくれた。

 自分が納得したらちゃんと受け入れてくれる広い心を持っていた。


「オムライスですよ!!」


「オッオムライスですって!! もぅ…… どうして君は毎回、毎回、私が食べたい……」


 秋田先輩の顔に書かれている文字が濃くそして太くなった。

 どうやら顔の文字は太さによってどの位欲しいか分かる様になっているみたいだ。


「お願いします。食材を捨てるのは嫌なんで」


 適当に話を合わせてみた。

 嫌なら断る事くらい簡単な筈だ。


「……仕方ないわね。私も資源を捨てるってのは好きじゃないから、そのお願いを聞いてあげます。もちろん今回限りよ。それに作っている所はしっかりとチェックさせて貰いますからね」


「はい。それで結構ですよ」


 そう言うと俺はエプロンを取り出し、手をしっかりと洗い料理を作る準備を始める。

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