思わぬ出会いと新たな発想
タカズカ
第1話
私が何をしたと言うのだ、この世に生れ、ただただ生きてきた。周りと同じように勉強をしそれなりの大学に入った。大学では大して勉強はしなかったが、それでもそこそこの生活はしていた。彼女が一人居て、大学の友達の数は十人前後。多少の退屈はあったけれど楽しかった。
皆と同じようにそこそこの所に就職をして販売員になり、さあ人生これからだ!と思っていた。そう思っていたのだ。
最初に配属された所では、真っ先に上司に目を付けられた。大したミスはしていない。しかしここぞとばかりに精神面や人柄を注意され、こちらが非を認めるまで説教は続いた。私が「すみません」と言うと満足そうに解放する。
そんな様子を見ていた先輩達は私を疎ましく思い、私だけを食事に誘わず、そこで私がいかに駄目な新人であるのかを力説し、相対的に自分の評価を上げることに注力していた。そうして私と言う体の良いサンドバックが出来上がった。これらは事は入社して二ヶ月間での出来事である。
職場では私だけ仕事をちゃんと教えられず、「教えて下さい」と頼むと「何でその話しを今するの?手が空いてるならこれをやってくれない?」とはぐらかされる。
陰口は尾ひれ背びれを付けて誇張されていく。身に覚えの無いミスを叱られたこともあった。恐らく先輩達がミスをこっそりなすりつけていたのであろう。
それでも私は頑張った。一生懸命働き入社して二年経った頃には「売り上げ前年対比110%、予算対比105%」を毎月のように出せるようになっていた。
しかし、ボーナス査定で私は絶望する。私の評価は「C判定」。そう、最低評価だった。何故こんな事になってしまったのであろうか。頭の中が真っ暗になった。
意気消沈のなか私はコンビニに寄った、そこで違和感に気が付く。財布の中身が少ない?取り敢えずレジで会計を済ませた私は車に戻り財布をもう一度確認する。やはり2000円ほど無くなっている。どういうことであろうか…
後日上司にお金が盗まれた事を報告し監視カメラの映像を確認したいと言った。しかし上司は「何で?て言うか今何やってるの?」と言ってきたのだ。その後は今やっている作業にいちゃもんを付けられ、また説教をされた。
財布からお金が無くなってから一月程経ったある日、先輩の一人が転勤するということで職場の皆での送別会が開かれた。酒に酔った職場の皆は昔の悪自慢や、武勇伝を語っていた。そんな中急に最近の仕事の話になり、一人の同期の男が上司から説教を食らった。その場の空気はそこまで悪くはならなかったが、同期は悔しそうな表情を浮かべていた。そのとき何を思ったか急に同期の男が言葉を突いた。
「なんか、今の俺なら財布から2000円抜かれても気づかないくらい落ち込んでます」
この言葉に皆がドッと湧いた。「なんだその例えは!」と皆が笑い出したのだ。しかしここで私はハッとした。(なぜここでその発想が出るんだ?まさか…)
私の頭は一瞬で全てを悟り怒りで一杯になった。しかしここで暴れても自分が警察のお世話になるだけなのでここは耐えた。
上司と先輩には完全に疎まれ、同期からはお金を盗まれてしまった。私の頭の中はもうおかしくなっていた。どうしてこんな事が起こるのか…私は何を間違えたのか…、果たして私は本当に間違えたのか…。ただ運が悪いだけではもう納得がいかない!
私は会社を辞めることにした。しかし辞めてからの当てなど無く、辞めることを上司に伝えると「今辞めたら生きていけないよ。ハーバード大学出身だったっけ?違うよね?それくらいの学歴が無いと転職は出来ないよ、死ぬの?」と言われた。またしてもとんでもない事を言われたが不思議と腹は立たなかった。あと何回か会ったらもう二度と会うことの無い人間に腹は立てない。
私は頑として辞める姿勢を貫き会社を辞めた。しかし本当に当てが無いので上司が言った通り生きていけるかが不安であった。
私は今、取り敢えずハローワークに失業手当を貰いに行くことにした。転職活動を開始するのである。
ハローワークからの帰り道、私はふと一人の少女が目にとまった。小学校低学年ほどの女の子が道端で一人で立っているのである。
「どうしたの?迷子?」
私はできる限り目線を合わせるように、屈んで語り掛けた。少女は無言で首を縦に振る。どうやら迷子のようだ。
「お母さんとは何処ではぐれたの?ここ?」
少女は無言のまま首を縦に振る。
「そっか、お兄さんと一緒に交番へ行こうか」
少女は少し怯えた顔をしてこちらを見る。このご時世だ、親御さんからは知らない人にはついて行ってはいけないと言われているのだろう。しかし不安げに佇む少女を見て放っておく訳にもいかないだろう。
少し困った顔をしている私を見て、少女が初めて口を開いた。
「ねぇ、お兄さんも迷子?」
思わず吹き出してしまったが、冷静に答える。
「違うよ、お兄さんはこれからお家に帰るところだよ」
今度は少女がこちらをじっと見つめてくる。
「何をしていたの?」
少女の純粋な質問に心が痛む。
「お兄さんはお仕事を探しているんだよ」
「お仕事をしていないの?どうして?」
「どうしてか……」
「ずっとお仕事してなかったの?」
「いいや、この前までお仕事をしていたよ」
「今はしていないの?」
「そうだね」
「どうして?」
少女の質問に段々心が辛くなって来たが、純粋な目を向けてくる少女に見栄を張っても仕方が無い。
「周りの人から嫌がらせを受けたんだ、もうあそこには居られなかったよ」
「大人なのに嫌がらせをするの?」
「そうだね、大人なのに嫌がらせをするんだよ。どうしてだろうね」
「私のクラスでもいじめがあるよ。でも先生達はいじめをしてはいけませんって言ってたよ」
「そうだよね、いじめは駄目だよね。いじめはその人の人生をおかしくしちゃうからね」
「先生や、お父さんお母さんは、いじめをしてはいけませんって私にいつも言うよ。大人は皆いじめをしないと思ってた」
「そうだよね、お兄さんもそう思っていたよ」
「辛かった?」
「まぁ、そうだね」
すると少女は俺の頭に手を伸ばしてよしよしと頭を撫でた。私は思わず驚いたが不思議と悪い気はしなかった。
「ははは、ありがとう。優しい子だね」
少女は少し照れた様に笑って見せた。初めて見る笑顔に私は嬉しさを覚える。久しぶりである。もう何年も笑顔を見ていなかった気がする。
「お兄さんも優しい人だね」
少女の何気ない一言が心に染みる。優しい事は良いことである。職場では優しいとバカを見るような風潮があったが、本来優しい人が幸せになるべきである。どうかこの子が大人になる頃には、世の中がそうなっている事を願うばかりである。
「お兄さんはこれから何がしたいの?」
「何だろうね、今考えている所だよ」
「じゃあさ、サンタさんになったら?」
満面の笑みでこちらを見てくる少女の発言に、驚きと面白さが込み上げてくる。
「ははは!それは良いね!なれたらいいなぁ」
「なれるよ!優しいもん!」
「優しいからか…。そうだね!素敵な考え方だね!」
「へへへ」と笑う少女の純粋さに感服していると少女が叫ぶ。
「あ!お母さん!」
嬉しそうに手を振る少女の目線を追うと、丁度俺の背後から三十代半ば程の女性が走ってくる。
「何処行ってたの!心配したじゃ無い!すみませんうちの子が…」
「いいえ、私は大丈夫ですので。良かったね!お母さんが見つかって」
「うん!」
輝く少女の笑顔を見送りながら、私は帰路に着く。帰りの足取りは軽い。少女の純粋さと柔軟な発想を元に、私はこれからの人生を考えていきたい。
思わぬ出会いと新たな発想 タカズカ @Takazuka
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