第121話 本当の私 ④

「──だってそうでしょう。私しかそうしようとしない!」


 私が奏音かのんの台詞に疑問、、を持ったのは直後のことだったのだけど、その違和感、、、をきちんと言葉にするには少し時間が必要だった。

 奏音も奏音で声を荒げたのを気にしたのか黙ってしまって、そんな場合ではないはずなのに二人ともが黙ったままの時間があった。


「「……」」


 二人して沈黙した状態では気にしないと言ったはずの残り時間、、、、に自然と目が向き。陸上部が意外と持ち時間いっぱいを使ったことや、すでに次の出番のボランティア部の話が始まっていることに気がついたりした。

 ボランティア部はプロジェクターを使うらしく体育館の中が暗くなっていることや、そのためにステージ上の明かりがおさえられていることもこの時に気づいた。


「そっか。時間切れか……」

「……えっ?」


 そして残り時間、、、、が先になくなったのは追い詰められていた私ではなく、追い詰めていたはずの奏音であることもこの時に知った。

 だけど大きな発表があって出番が最後になっている調理部より、ボランティア部の方が出番が先になっている自然さ、、、に、何かしらの疑問を持つことは誰もできなかっただろう。


 奏音の身近に生徒総会での出番の順番を操作できる人がいて、その人はテレビが入るという滅多にない状況を最大限利用しようとするとわかるのは企てを理解した後だからだ。

 生徒会役員でありボランティア部部長でもある彼女、、

 そんな彼女が珍しくボランティア部の発表の場にいなかったのは、生徒総会での役割があったからというだけでなく、その役割すらも自らの企ての仕上げに必要だったから。

 具体的言うと、自分が担当しているテレビ局の撮影を途中で止められるようなことのないようにするためだったのだろう。


「──有紗ありさちゃんごめんね。本当は最初からわかってたんだ。全部。私は有紗ちゃんがどう答えるかもわかってて意地の悪いことをしてた。ごめんなさい」


「奏音?」


「本当はね。黒川くろかわさんのことは最初嫌いだったんだ。誰かを彷彿とさせる出で立ちも、ずかずかと他人に踏み入ってくる性格も。噂通りのそんな子が一条いちじょうくんに何しにきたのかって最初は思ったし、それこそ最初は追い返してやろうとさえ思ったんだよ」


「奏音、急にどうしたの? わかるように言ってよ」


「でもね、話すうちに黒川さんの人となりがわかってね。彼女はいつだって本気なだけなんだってわかったの。そしてその熱量、、っていうのかな、そのに私も当てられてた。気づいた時には私は黒川さんを応援してた」


 私は急に饒舌に話し始めた奏音に困惑するばかりで言葉の意味を理解できなかった。

 その言葉が奏音がこの場にいる理由で、行動全ての理由だとわからなかった。

 奏音は黒川さんのことだって好きで、黒川さんのことだって本気で助けようとするってわからなかった。

 私はよく一条のところにきていた黒川さんが、その度と言っていいくらい奏音にも話しかけていたのを見ていても。黒川さんが奏音に話しかける理由なんて特別ないだろうにと思うくらいで、奏音がどう思うかとか黒川さんがどう思っているのかとか考えたことがなかったから……。


「わかってた? なら、あんたは私に何を求めてたの。どんな答えを期待してたっていうの!? ……いや、そもそもだ。そもそもあんたは私に何を言う必要もないじゃない。全部一人でやれたはず。そうしなかったのは何故?」


「……」


「嫌な奴を蹴落とす機会は今までいくらでもあったでしょう。それなのに今まで何もしなかった理由はなに? 今ここにいる理由が黒川さんのためなんだとして、なんで今になって行動しようって思ったの?」


 私が感じた違和感は奏音はいつでも行動に移せたはずだというもの。

 仮に自分一人でできないと言うなら裏サイトを使えばいいはずで、そうするだけの憎しみと力を持っているのに、これまで少しも行動に出ることがなかった理由が私には理解できなかった。

 そんな私は奏音がそうすることが、、、、、、、できない、、、、理由も理解できるはずがなかったんだ……。


「……なんで……」


「それはいま私が言ったことでしょう?」


「なんで……。なんで私の信じる人たちがそれをしないのに、私がそうすることができるの? 私は、私に優しくしてくれた人を裏切ってまであいつらと同じになんてなりたくない!」


「…………えっ?」


 奏音にとって嫌いなものを憎い気持ちより、好きな人を想う気持ちの方が強く大きかった。

 だから自分が信じる人、自分を信じてくれる人を裏切ることができなかった。

 何より大切な信じるものを裏切ってまで、憎しみを選ぶことなんてあの子にはできなかったんだ。


「私は有紗ちゃんが困ってるのに少しも気づかない、あんな友達がいのない奴らとは違う。私は友達が困ってたら助けたいし力になりたい。そのためなら手段は選ばない」


 しかしそれと同時に、一条も、黒川さんも、私も、誰も自分のようにしようとしないことを理解することもできなかったのだろう。

 だから奏音は私を通じて答えを得ようとした。

 自分が式を間違えている、、、、、、ことに気づかないままで、その間違った式を証明しようとした。


「大丈夫だよ。私が助けるから。大丈夫。雑音、、なんて私が全部かき消してあげるから」


 私は誰にも何も相談しなかった。これは大きな間違いだった。

 私は自分一人で抱え込まないで情けなくとも誰かに頼るべきだったのだ。

 もしそうしていたなら誰かは私を助けてくれたはずで、もしそうしていたなら奏音は自分の間違いに気づけたはずだから。

 たとえどれだけ薄っぺらい友情だったとしても、友達がいのないなんてことは決してないんだと奏音に教えてあげられたはずだから。

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彼氏彼女の事情『ビッチと噂の黒川さんとお付き合いします!』 KZ @KZ_19890609

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