第119話 本当の私 ②

 奏音かのんと話していて改めて思ったことは、やっぱり彼女は自分を表現するの下手だということ。

 思っていることを伝えることすらろくにできず、思いを心の中に溜め込んでしまうその在り方はさぞ生きにくかっただろう。


 たぶん佐々木ささき奏音と自分らしさ、、、、、という言葉は最も遠い位置に存在している。

 自分らしさというのは自分らしく在ること、自分らしく生きることだと私は考えるが、極度の引っ込み思案な奏音にはどちらも難しいという具合だ。


 そんな自己表現も自己主張も苦手なあの子に自分の話をさせるのは流石に骨が折れた。

 残り時間も少ないというのに話が始まる気配がなくて焦ったし、逃がさないようにと抱きついたままの体勢が悪いのかと思って離れれば、それは違ったらしくさらに状況は悪化するしでそれはそれは大変だったりした……。


 結局。ステージ横にあるピアノの椅子に二人で座り、互いに少し落ち着くまではかなり時間がかかった。

 それでも話し始めれば受け答えはしてくれるからわりとスムーズに、あの子にしたら難しいことだったろうによく頑張っていたと思う。


 でも、苦手なことだから。難しいことだからこそ意味があったのではないかと思うんだ。

 これは自分が経験したから言えるんだけど、どこかで抱えたままの気持ちを吐き出す必要はあったはずなんだ。そうしなければわからないことが確かにあったはずだから。


「──私さ。全部一人で背負うって決めて、これで自分はお終いなんだって思った時ね。すごく怖かったけど楽でもあったんだ。もう周りのことばかり気にしなくていいって考えたらすごく楽だった。なんて言うんだろう。そう、最後だって思ったらあれだけ避けてた一条いちじょうとも前みたいに話せた」


「……」


「佐々、奏音にこんなふうに話してるのだって、これまで必死になって取り繕ってきたのが全部剥がれてしまったから。 ……いや、そうじゃない。あなたの本当の気持ちを知りたいからだ。本当はどうしたいの?」


「……」


「……このまま出番になってももういいよ。私は奏音のことを優先するって決めたから。でも、あなたが本当のことを話してくれるまでは絶対この手は放さないからね」


「……有紗ありさちゃんってそういうとこあるよね……」


「やっと喋ったと思ったらなに? 自分のことじゃないし、軽くディスってくる感じ?」


「馬鹿みたい。みんなのため、みんな仲良くとか言うくせに、ひとつも個人個人のことを見てない。都合良く使われてるってわからないのかな?」


「えっ、本当になに? 本当のことって毒吐いてくれって意味じゃないんだけど……?」


「私のことにしたってそう。私が有紗ちゃんを憎いって? そんなわけないでしょ! わかってないな、本当に。私は有紗ちゃんにも感謝してるんだよ? それに私は有紗ちゃんが頑張ってるのを間近で見てきた。無理してるのも知ってる」


「私は無理なんて、」


「してるでしょう。無理してないなら黒川くろかわさんを突き落とした奴らの頼みを断れたはずだよ。何より、自分一人で罪を背負おうなんて馬鹿なこと考えるほど追い詰められるわけがない」


「それは……」


「本当に馬鹿みたい。有紗ちゃんも履き違えてるけど、他も全員が履き違えてる。一人で学校全部をまとめられるわけないし、一人にその責任を負わせていいわけもない。そんなこともわからないから、いつまでもあの人、、、のいた頃と同じだと思ってる」


「奏音。あなたそんなふうに思ってたの?」


「有紗ちゃんには悪いけど私はあの人が大嫌い。あんな人が生徒会長なんてやっていたのが全ての間違いだとさえ思う。いつだってそう、、、、、、、


「いつだって? どういう意味?」


「……喋りすぎた……」


「いや、喋ってくれないと困るんだけど!? それにどういうことなのか説明してよ。一度だって生徒会長がどうとか言ったことなかったよね?」


「……ノーコメント……」


「奏音、もしかしなくてもわざとやってる!? 時間切れでもいいとは言ったけど、それは故意にそうしていいってことじゃないからね!?」


「……」


「も、もう一回最初からとか無理だから! 喋りたくないならもう今の話はいいから。だから思ってることを話して!」


「そう?」


「やっぱりわざとやってる!?」


「……そんなことないよ」


「ならなんで顔逸らしてるの。それにちょっと笑ってない!?」


「そういえば有紗ちゃんって意外とポンコツだったなと思っただけ」


「はぁ!? 私のどこが、ちゃんとやってるでしょ!?」


「うん、そうだね。今の姿とは比べようがないくらいちゃんとやってると思うよ」


「褒めてるようでそんなことない気がする……。でも、そんなふうに思ってたんだ」

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