第118話 本当の私

 結論から先に言うと佐々木ささき奏音かのんのことを私は何もわかっていなかった。

 私は自分の目で見えるものと、自分がそう思うことしか本当、、には信じれていなかったからだ。

 自分の解釈のみでものを考えて、その尺度で他者を理解しているつもりになっていた。

 そんな私にあの子の本当、、がどこにあるのかなんてわかるはずもなかった……。


 私がどれだけ何もわかっていなかったかは、真意を知ることができた今だからわかることだけど。出来事を最初から考え直してみれば、あの子が初めからそのつもりだったのだと気づかされる。

 もしそのつもりがなかったのならご丁寧に企みを話す必要なんてなくって、わざわざ姿を見せる必要はもっとないからだ。


 あの子にしたら黙ったまま裏で事を成した方が絶対よくて、間違いなくその方が取り返しがつかなかったはずなんだ。

 でも、佐々木奏音はそうしなかった。

 放っておけば勝手に取り返しがつかなくなったことを放っておかず。無理をしてまで。自らを危険にさらしてまで姿を見せた。

 この行動こそがもうあの子の本当、、だったんだ。


「──わかってないな、本当に。私は有紗ありさちゃんにも感謝してるんだよ?」


 あの子は放っておいたら取り返しがつかなくなってしまうから、自分が表に出ることで取り返しが、、、、、つくように、、、、、したかった。

 私がステージ上で黒川くろかわさんのことを喋れば誰も後には引けなくなってしまうから、そうさせないために私を止めに助けにきた。

 起きたことから余計なもの、、、、、を取り除くとそう見えるようになる。そうした後に残ったものこそが本当、、だったということにもだ。


 けれど、あの子にとっては余計なものそれこそが重要で、絶対に譲ることができないもう一つの本当、、でもあったのだ。

 きっとあの子は確かめたかった。

 あるいは試したかったのかもしれない。

 どっちがより正しいのか、あるいはどちらが間違いなのか。

 自分は本当はどうしたくて、どうするのがいいのかを知りたかった。


 そしてそれは黒川さんでも一条いちじょうでもなく、私からしか答えを得られなかったんだ。

 二人よりも自分に近い存在である私からしか答えを得られなかった。

 だからあの子は私がどうするのかを間近で見て、自分がどうするべきなのかを判断しようとしていた。

 その憎悪を向ける先を見極めようとしていたんだ……。


「──全部壊してしまいたいって思う私が間違ってるのかな……。嫌な奴なんてみんな消えてしまえばいいって思う私がおかしいのかな……。だってそうでしょう? 私しかそうしようとしない!」


 もし私が誘いに乗っていたなら、あの子は本当に全てを滅茶苦茶にしていただろう。

 自分という悪者を生み出して。やっぱりそこが憎悪を向けるべき先なんだと思って。私の想像なんかよりずっと大きな力、、、、、、、で全部を壊してしまっていた。

 これはあり得た最悪の展開の話だけど、そうなる可能性は低くなくあった話ということも忘れてはいけない。


 でも結局。佐々木奏音はそうすることができなかった。

 しなかったんじゃなくできなかった。

 どれだけ憎悪が本物でも、そうじゃないものだって本物だったから。

 どちらか一つしか選べないなら、憎悪を選ぶことがあの子にはできなかった。

 あの子にそのまま言葉を返すことになるけど、あの子には向いていなかったというほかにない。


 ……けど、あの子の抱える憎悪が消えてなくなったわけでもない。

 今回は自分のことより私たちを優先したというだけで、どうなるかはわからないし、私はむしろこれから先の方が心配になった。

 だってあの子が振りまく光が強いほどに、その影は濃くなるはずだから。


「──大丈夫。雑音、、なんて私が全部かき消してあげるから」


 佐々木奏音は逃げ道をなくした私を助けたし、黒川さんの一件にも間違いなく終止符、、、を打った。

 黒川さんへの陰口はすぐにはなくならないだろうけど、それをあの子への注目度は簡単に上回るだろうから噂話はそっちに全部向く。

 そうなれば私たちが望んだ通りに黒川さんの噂話なんて消えてなくなる。


 問題は新たに発生したであろう佐々木奏音に対する噂がどの程度、どのくらいの影響があるのかがわからないこと。そしてあの子がそれをどうするのかがまったく読めないことだ。

 あの子は見せかけだろうと強くなったけど、その心まで本当に変わったわけじゃない。

 不安定なバランスの上にあるようなあの子の心は、その光と影が簡単に入れ替わってしまう気が私はするんだ。

 これを杞憂と言うにはあの子はあまりに危うすぎる。


「──そこで見てて。まだ何者でもない私だけど。本当の私を。今の私を」


 あの子がステージの上にいることがシナリオの内である以上、そこから気持ちをうかがい知ることはできないのだけど、その言葉、、が大勢から支持されるというのだけはよくわかる。

 あれは偽りのない本当の言葉だから。

 綺麗事じゃなくて、痛みすら本物で、だけど確かにを表現している。私たちの誰にだってある当たり前だからこそ響くのだろう。


 でも、本当の言葉であればあるほど、込められた気持ちを理解させたれた方は苦しくなる……。

 聞こえているのはみんなと同じ言葉のはずなのに、共感と理解は違うのだと知ってしまったから。

 だからステージ下のみんなのように熱に浮かされることもない。あの子が誇らしいとさえ言ってくれたのに素直に喜べない。頭の中がぐるぐると見つからない答えを探して巡る。


 佐々木奏音の行動はみんなを救うものだけど、佐々木奏音自身は決して救われないものだ。

 この先あの子が何者かになったとしても、あの子が救われることはないだろう。

 ねぇ、奏音。私はどうしたらいいのかな?

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