第116話 ホントウノワタシ ③

「私は自分のしたことの責任、、は自分で負ってもらいたいだけなんだ。だから有紗ありさちゃんがどうしてもステージに上がるというのなら、黒川くろかわさんに関する責任の所在がどこに、、、。いや、本当は誰に、、あるのかを正直に言ってもらいたいなー」


 望む答えだという佐々木ささきの言葉はからかっているようにすら聞こえるけど、その奥に見え隠れする憎悪、、が一切冗談ではないと語っているのがわかる。

 しかも私の置かれている立ち位置を把握した上でそう言うということは、佐々木の頭の中にあるのは私が思う最悪か、それ以上のものということになってしまう。

 佐々木は最悪な結末それこそを望んでいるということになってしまう……。


「もし私が嫌だと言ったら?」


 しかしまだ佐々木の裏サイトでの発言力うんぬんは私の想像でしかない。

 あの場所で大きな発言力を持つ人間は確かに何人かいたし、それが佐々木ではないと言い切れる何かもないけど、そうだと決めつける何かもまたないはずだ。

 情報を得るだけなら発言力はそこまで関係ないのは身をもって知ってるから、ここで退かない私に少しでも動揺するならまだ嘘である可能性はある。それなら、


「うーん。嫌だと言われるとこの場はもうどうしようもないんだけど、それならそれで私もやり方を変えるよ。具体的に言うと私が本気で本当のことを明るみにする。その場合は有紗ちゃんの立場も悪くなっちゃうけど、しょうがない、、、、、、よね」


 なんてここにきてそんなに甘いわけないか……。

 私が覚悟を持ってここにいるように、佐々木もそれと同じかそれ以上の覚悟を持ってここにいるんだろうから。

 そして佐々木は私なんかより用意も周到だ。

 最高のタイミングで自分に従わなければ立場はより悪くなると匂わせてくるんだから。

 でも、だからこそ私にとっては都合がいいとも言える。


「佐々木。あんたは私のことが憎いんでしょう? 私はそう思われて仕方ないことをしてきた。今更謝って済む話でもないこともわかる。だったら私一人だけでいいでしょう。それにあんたが何もしないでも、私はもう逃げられないんだから。だからきっとこの先を見てるだけで気も晴れるよ」


「はぁ……。わかってないな。本当に」


「わかってる! そういうことにしてよ。お願いだから。そうしてもらわないとみんな困るんだから……」


 佐々木は私がステージ上で語ったことを、憶測や噂ではなく真実、、で捻じ曲げるつもりなのだろう。

 もしそんな事になれば黒川さんの件を収束させられるところまできていたのに、事態は振り出しに戻るどころか誰も望んでいない方にひっくり返ってしまう。

 少なくとも見えていた終わりがなくなり、その後どうなるのかは誰にもわからなくなる。

 そうならないために全ての罪を私が負うのが、一番簡単に事態を終わらせられる方法なんだ。


「自分の責任を自分で負えって言うならこれで納得してよ。私一人で終わらせて。私が全部悪いから……。だから私一人で……」


「有紗ちゃん。私はね、有紗ちゃんにはそのままで、、、、、いてもらいたいんだ。そうじゃないとみんな、、、が困るんだよ? だからさ。黒川さんを突き落としたやつらと、黒川さんに振られた腹いせに一番最初に悪口を書き込んだやつこそを吊し上げようよ」


 ……佐々木は藤村のそんなことまで? いや、もうよそう。こいつは本当に全部を知っていて、その上で最悪の結末を望んでる。それでもう十分だ。

 私も。彼も。彼女たちも。こいつに恨まれていて、こいつはその恨みを晴らすちょうどいい機会を得た。それだけだ。

 でも。それでも。これだけは伝えておこう。


「佐々木。そんなこと黒川さんは望んでないよ? 黒川さんは全部わかった上で悪者のいない結末を望んでる。身から出たさびだし、欲しかったものはもう手に入ったからって言ってたよ」


「それが何?」


「何って、どこにそんなことをする必要があるのかって言ってるんでしょう!? せっかく黒川さんが損な役を引き受けてくれて、全部上手く収まりそうなんだよ!?」


「でもそれには黒川さんが痛くて辛い思いをしなくちゃならないよね? もしかして有紗ちゃん知らないのかな? 痛くて辛い思いっていうのはね、本当に痛いし辛いんだよ。死んじゃいたいくらいね」


 見え隠れしていたものが表に出ただけでわかる。

 肌で感じたその深さと重さに思わず息が詰まる。

 今のが避けては通れなかったとはいえ後悔する。

 今更知ったこの子の憎悪がこんなにも大きかったことに。


「私は器の小さい人間なんだと思うんだ。嫌な事を一つも忘れられない、一つも許せないからさ。そしてこうも思うんだ。きっと嫌な奴が転がり落ちていく様は見ていて面白いんだろうなって」


 ころころと変わるその表情が恐ろしい。

 一度も口に出したことのないその心情が恐ろしい。

 悪意しか見えないその笑みが恐ろしい。

 こんなにも強い感情がこの子にあったのを知らなかったことが恐ろしい。


「今回の件で一条いちじょうくんはきっとそれをやってくれると思ってた。だからそうなった時のために魚を泳がせておいたわけだし、いつでもその魚をまな板に置けるようにもしておいた。今日もね。ここには本当は一条くんにいてもらいたかったんだ」


「もうやめて……」


「せっかくだから聞いてよ。私は有紗ちゃんが高木あれを庇ったのだって黙って見ててあげたんだから。本当はついでにあれも転がり落ちてもらいたかったのにさ」


 どこまで憎悪が広く深いのかわからない。

 自分が隣にいればこうならなかったのかわからない。

 この闇を晴らす術がまるでわからない。


「いったい何のためにそんなことするの!? そんなことして何になるの!?」


 普段の佐々木の性格では損なことはいくらでもあっただろうし、嫌なことだっていくらでもあっただろう。

 それが理解できるとしても「何のために」、「何になるの」と言わずにはいられない。


「何のために……? 有紗ちゃんならわかってくれるかな。私みたいなのだって、一度くらいは一条くんを助けたいじゃない」


「……そんなことのために?」


 語られた理由に口では「そんなことのために?」と言いながらも、頭ではその想いを理解できてしまう。

 佐々木だって一度くらいは一条を助けたいと思うだろうと。もしそのチャンスがあったら全力で助けようとするだろうと。


「そうだよ。つまるところ後の事は全部そのついで、、、。好きな人の助けになって、ついでに嫌いな奴が転がり落ちる様を間近で見れる。こんな素晴らしいことって他にある?」


 そして気づく。私たちは望む結末こそ違えど、同じものを見て同じような想いを持っていたことに。

 しかしそれが行き着く先はやはり最悪であることに……。

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