第113話 彼氏彼女事情式 ⑨

 黒川くろかわさんママとの会話が終わり、その最後の言葉に深いため息が出た少し後。体育館に生徒総会の様子を見にいった養護教諭の帰りが、「そういえば遅ないな」と思った時だった。

 隣に置いてあったスマホから着信音が鳴り、「なんだ。移動中じゃないのか?」なんて黒川さんママからだと思ってスマホを取ると、着信の相手は黒川さんママではなく体育館にいるはずの姫川ひめかわさんから。


 僕は数秒その電話に出るかを考えたのだけど、なんで電話を掛けてくるのか不思議で電話に出た。

 そしたら僕が一声も発する間もなく。かといって姫川さんが喋ったわけでもなく。聞こえてきたのは歓声、、なのか悲鳴、、なのか判別できない大勢の声。とてもではないが生徒総会の最中に聞こえるだろうものには思えなかった。


 どうしたのかと必死に問うも聞こえるのは歓声のような音ばかりで。スマホを耳に当てたまま走り出しても聞こえるのは悲鳴のような音ばかり。

 そして自分で目にした体育館は何故だか暗幕が下がっていて、なんだかすごく嫌な予感がした。

 もしかしたら生徒総会でプロジェクターを使うところがあったのかもしれないけど、外にいても聞こえる中からの声がそうではないと語っていたからだろう。


 だから僕は体育館の正面の入り口に向かうのをやめ、最も近くこれも何故だか開いていた体育館横の扉へと足を向けた。

 そしたら扉のところにいた彼ら、、が遠目からでも目に入り、その後ろから走って現れた彼女、、も目に入った。


「あれっ、一条いちじょうくん? ずいぶん遅かった。いや、ちょうど、、、、よかった、、、、のかな?」


 彼女は僕に気がつくと小走りに近づいてきて、とても普段の彼女からは想像できない様子で僕に話しかけてきた。

 その様子は普段の彼女はもちろん先日体育館で僕をからかった時とも違っていて、まるで違う人なんじゃないかと思うほどだった。


「ふふっ、すごいよね。笑っちゃう」


 振り返って体育館の方を見る彼女はすごく楽しげで、同時に何かゾッとするものを感じさせられた。

 これは彼女の普段とのギャップがそう感じさせたのだと思うけど、黒川さんや姫川さんの悪戯顔とは違う。まるで悪意、、を含んでいるような気さえした彼女の表情がそう思わせたのかもしれない。


「どうしたの? あぁ、二人、、は私に協力してくれただけだよ。でも、一条くんも甘いよね。裏切り者、、、、はちゃんといるのに途中で犯人探しをやめちゃうんだもん。おかげて須藤すどうくんも途中でやめたわけだけど、実はその道が一番正解に近かったんだよ」


 最も近しい友人たち、、、、を裏切り者と言われからか。急に彼女の行動の全てが僕を誘導するためのものだったように思えたからか。あるいは今度は少しも悪意を隠そうとしない彼女が恐ろしくなったからなのか、僕は結局一言も返すことができなかった。

 そんな僕の前に扉を閉めた赤津あかつくんと和也かずやがやってきて、立ち止まっている彼女の頭を後ろから引っ叩いて「急げ!」とだけ言い、彼女はまるで我に返ったように慌ててそれを追いかけていってしまった。


「──じゃあまた教室で! あ、あと有紗ありさちゃんをよろしくね。それと今のは変なテンションだったというか、ハイになってしまっていたというのか……。あ、あまり追及はしないでもらえると嬉しいかな?」


 だけどこの最後の台詞と、再び赤津くんに「急げって言ってんだろ!」と急かされての反応は佐々木ささきさんぽくて、僕は余計に混乱するしかなかった。

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