第112話 彼氏彼女事情式 ⑧
「──以上で彼氏彼女事情式のお話は終わりになります。ご清聴ありがとうございました」
そう言って画面の向こうの
まだ話が続くと勝手に思っていた僕としては普通にもっと聞かせてもらいたいところなのだが、気づけばそろそろ黒川さんを迎えに家を出ないといけない時間になっていて、ここで僕が話を引き延ばすのはよろしくないとわかっている。
わかってはいるのだが……。
「最後に一つだけ。その式。彼氏彼女事情式の解には、
黒川さんママが僕を黒川さんの彼氏として信用、期待しているというのはよくわかった。最近の僕に対するヒヤリングも式の証明をするためだと知れば納得もできる。
だけど同時に証明式が途中な理由が姫川さんにある気がしてならなくなった。
式が途中なのは答えを出すのが早いというだけでなく、計算できる(しなくてはいけない)要素がまだあるから途中なんじゃないかと思ってしまった。
もちろん僕の勘違いである可能性もあるが、黒川さんママが姫川さんをどんなふうに思っているのかを知ってしまったからには、直接違うと言ってもらわないと安心できない。
「そうよ。よく理解してくれたみいでよかった。
「……よろしくって、僕は黒川さんとお付き合いしているんですけど?」
「それはそれこれはこれでしょう。思うに難しく考えすぎなんじゃない? 美咲ちゃんにも
確か黒川さんも似たことを言っていた。
自分優先じゃないとダメだけど姫川さんとも遊んでやってほしいと。
だけど言われた僕は今だに納得できていない。
僕は黒川さんとお付き合いするという選択をしたのだからそのためだけに誠実であるべきだし。僕だって姫川さんに思うことがないわけではないけど、それでもやっぱり「はい」とは言えない。
「もちろん私は娘を一番に応援してる。君のことも娘の彼氏が君でよかったと本当に思ってる。でもね。美咲ちゃんのことも同じくらい応援したいし、君みたいな子が彼氏だったらいいのになとも思ってしまうのよ」
「……ですが」
「まだ答えを出さないだけでいいの。美雪と付き合っているからという理由で答えを出さないだけで。じゃあそろそろ迎えに出る支度をするから。あっ、今の話は美咲ちゃんはもちろん美雪にも話しちゃダメよ?」
僕の答えを待たずに会話を切り上げようとするのは時間が押しているというのもあるが、難しいことを言っているという自覚もあるのだろう。
これを良い返事ができない僕としてはありがたいと思ってしまうけど、姫川さんの気持ちに答えを出さないとならない時は確実にくるのだ。
たとえ僕の気持ちが変わらないんだとしても。
「これは参考までに聞くんですけど黒川さんパパとはどうやって、その、出会ったというか。お付き合いすることになったというか。ご結婚されたのかなんて」
「美雪の言うところの運命ってやつね。そうね。向こうの大学で出会って、特に何もないまま卒業までいって、私は誘われてた向こうでの就職を断って日本に帰ってきた。私からするとこれだけね」
初彼女の僕にはあらゆる恋愛に関する知識が足りていないから、外国の人と恋愛し結婚した黒川さんママからは間違いなく得るものがあると思ったのだけど、得るものどころか話がもう終わったのだが?
あと運命的な何かは一切なかった気もするのだが? むしろそれでどうやって付き合うことになるんだろう?
「──それでどうやってお付き合いすることに、」
僕が言い切るより前に黒川さんママは画面の前からいなくなる。
喋っている間にも時間は進んでいるわけで、支度して家を出るまでも時間が必要だとはわかるが、せめて今のところを話してからでも、あっ、戻ってきた。
「彼は私からしたらボーイフレンドの一人でしかなくて、向こうからしてもそうだとしか思ってなかった。私に対するアプローチにしても、どうせみんなにやってるでしょうくらいにしか思ってなかった。何かが変わったのは彼が私を追いかけて日本についてきたところからね」
「えっ、追いかけきたって。別に付き合っているわけでもなくてですか?」
「そう。しかも向こうで就職も決まってたのによ。彼は全部を放り出して私を追いかけてきたの。そこでようやく私は彼が本気なんだってわかった。だから私は、あの子が本気だからこそ君にもちゃんと向き合ってもらいたい。本気でやってそれでもダメなら諦めもつくでしょう?」
淡々と語る黒川さんママだけど本気という言葉に秘められた熱量を感じる。
相手が真剣ならば自分も真剣に向き合うべきだというのも間違いない。
本当にそれはそれ、これはこれ。別な問題だ。
そして黒川さんパパすごい。本当にすごい。
黒川さんママは淡々と語ってはダメだと思う。
例えば黒川さんがパパの故郷に引っ越すことになったとしよう。
僕はそれを是が非でも追いかけていきたいと思うだろうが、そのために実際に行動するとなれば障害の数はちょっと計算できない。
それなのに黒川さんパパは黒川さんママと付き合ってすらいないというのにそれを実行したのか。
どれだけの本気があれば実行できるのか想像できない……。
「まぁ、実際には今だに彼の家族とは疎遠だし。なんなら私の方とも疎遠だったりするわけだけど。これもそれはそれ、これはこれよね。自分だけがいい思いをするためには犠牲も必要だからね」
「……それはどういう」
「好かれるというのはいいことばかりでないという教訓と、やっぱり何かを得るには相応の代償が必要になるという教訓。じゃあ今度こそ支度するから。また後で」
今度こそ本当に話は終わりで、後に残ったのはいい話で終わってもらいたかったと思う僕一人。
あのままいい話で終わってもらいたかったけど黒川さんママだから仕方ないな。
やっぱりそんなに甘くはないということだろう……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます