第111話 彼氏彼女事情式 ⑦

 それ、、をおかしい。変だ。絶対嘘じゃん。と思うことができたのは私一人だけだった。

 その現象、、の説明するにはまず。普通なら。私の感覚としては? とにかく。もうちょっとどうにかならなかったのかと思う、幼馴染二人の関係から話さないといけない。


 この二人を安易に水と油と表現するのは正しくなく、そもそも別な容器に入っているから混ざる混ざらない以前の問題であると私は表現しよう。

 二人は互いによく見える位置にいて。互いのこともよく知っていて。仲良くなる気になればいくらでも仲良くなれるはずなのに、片方にまったくその気がないからまったく変化しない関係なのだ。

 故に私は二人の関係を上のように表現する。


 例えばこれが片方男の子だったなら。今とは異なる関係に発展していた可能性は大いにあると、あると、あると思いたい。

 幼馴染以上の関係に発展する可能性だって……ないか。ないな。一番なかったです。

 たとえどちらかの性別が逆であったとしても、性質が変わらないのであれば生じる関係性も変わらないか大差がないだろう。

 そのくらい二人の持つ性質は強いのだ。


 馬が合わない二人に唯一共通するものがあるとすれば、「あいつには負けらない」というライバル意識のようなものだけ。

 これも互いに関わってのものであれば性質が違うのだろうが、学校も友達も違う二人に関わる機会は家の周りしかなく。互いのことも主に私たち(私と向かいの奥さん)からしか情報を得ないとなれば、それすらも歪んでしまうのだ。


 そんなふうにして出来上がった幼馴染二人の関係の結論を述べると、私たちが悪かったと言う他にない。

 同い年の子だから仲良くできる。仲良くなれると私たちは勝手に思ってしまっていた。

 表向きはそれっぽく見えていたから余計にか。

 あぁ、この子はこういう子だったんだと知った時にはもう手遅れだった……。


「──毎日毎日うざいです。本人に言ってもまったく聞かないのでなんとかしてください。いい迷惑です!」


 まだ二人が小学生の頃。ある日のことだ。

 いつものように一緒に帰ってきた二人は家の前で別れ、うちの娘が家に入っていくのを確認してから、ちょうど外にいた私に彼女はこう言いにきた。

 この時まで一度も見せた事がなかった彼女のその烈しさに、私の中で大人しい女の子というイメージは崩れ去った。


 いや、違う。彼女はこの時始めて本性、、を見せたのだ。そしてそうなると話が変わってきた。

 うちの娘に「みさきちゃん、みさきちゃん」と言われる度に彼女はそう思っていたはずで。それでも私たちの前で決して本性を見せなかったのは、彼女も仲がいいと思われていた方が都合がよかったから。

 あるいは自分の本性を表に出すことに抵抗があったからだと私は考える。


 けれどこの日。彼女の苛々の許容量は限界を超えたのだ。私に直接言いにきたのがその証だろう。

 この前に娘と彼女との間に何があったのかと、どの辺りから彼女が苛々を蓄積していたのかはわからないが、ここから彼女が私と娘に本音を隠さなくなったのは確かだ。


「──なんなんですか。私、貴女たちと違って忙しいんですけど」


 朝夕。家の前で見かけた時に話しかけるとこのくらいの不機嫌さは日常茶飯事で。だけど、私たちもこのくらいの悪態には慣れきっていたから彼女の望み通りにはならなかった。

 きっと彼女はこうしていれば、私たちは自分から離れていくと思っていたのだろう。

 そんなことになるわけがないと知らずに。


 私たちは彼女がなんやかんや放ってはおけない性分だと知っているし。口から出る悪態ほど彼女が悪くないのも知っているから、この程度で彼女への信用は少しもなくなったりしないのだ。

 何より私はそんな彼女のことが可愛くて仕方がない。彼女が大人しい女の子だった時よりずっと。

 なので彼女に悪い虫がついたとなればお節介の一つも焼くし、気になる人ができたとなれば応援したくもなる。


◇◇◇


 ……忘れていたわけではないけど、そろそろ話を前に進めます。幼馴染二人は馬が合わず。その関係は冷え切っていて。あるのは歪なライバル意識だけ。押さえてもらいたい要点は以上です。

 そんな二人が先日おかしな事、、、、、を私に言いにきた。それがどれだけおかしな事かは二人の関係を踏まえてもらえばわかるだろう。


「今日、美咲みさきちゃんと花火大会にいってくるから。帰りは遅くなるけど美咲ちゃんと一緒だしいいでしょう?」

「……まぁ、そういうわけなんで。浴衣出してきてもらえますか? うちで着せるんで」

「うん、美咲ちゃんママがうちに持ってきなさいって。今日はそのまま美咲ちゃん家で遊んで花火いくから」


 高校で学校が同じになっても少しも関係に変化がない二人がだ。唐突に一緒に花火を見にいくなどということが果たしてあるだろうか?

 絶対嘘じゃんと言いたくなる仲良しアピールを含め、全部がおかしいと思うのが普通だろう。

 まぁ面白そうだったから「そうなの? いいわねー」と私は二人に話を合わせて、始めて見る馬が合わない二人の化学反応を楽し……見守ることにした。


 その後。娘からは着付けしてもらった浴衣姿の写真や、一緒に遊んでいます感のある写真がいくつも送られてきた。

 私からはどう見ても無理してる写真だったし、一緒に映画を観ているのも時間を潰すのにちょうどいいんだろうなという感じだった。

 しかしそれは私が嘘でも見たかった光景でもあり、同時に何が、、二人をそうまでさせるのかと考えさせられもした。


「──花火には何人でって、四人だけど? 別に隠すつもりないから言うけど、あーしたちと高木たかぎっちと向こうが地元の人。そう、男の子。学校も一緒。花火大会いけなかったんだって話したら地元のやつがあるよって」


 娘が彼氏、、と花火大会に行きたいのだろうというのはすぐわかったが、美咲ちゃんがそれに協力する理由はいくら考えてもわからなかった。

 もう一人男の子が一緒となればダブルデートとも考えられたが、それも美咲ちゃんが協力する確かな理由にはならない気がした。

 何かが欠けているのではなく、始めから計算が間違っている感じだ。

 こんな時は一度頭の中の情報を書き出して整理し、間違っていると思われる式を全部消して、もう一度最初から考え直すと私は決めている。

 何故なら正解を導き出すコツはとらわれないことだからだ。


「うーん、どれもあの二人が協力する理由にはとてもとても。 ……なるほど。もしかして協力しているようで協力していないのかな?」


 それを二回繰り返したところで私は気がついた。

 二人が協力しているというところにばかりに目がいっていて、根本的な間違いに気がついていなかったのではと。

 二人は協力しているように見えるが本当のところは協力していない。これが一番しっくりきた。

 表向きどうしても必要なところは協力しているけど、その裏では普段通りの二人というのが正解だと私は思った。


 そして正解が分かればおのずと何が二人をそうさせたのかも分かった。

 きっと同じものが欲しいのだと考えが至った。

 一個しかないものだけど二人とも欲しいから協力していて、協力自体にも互いにきちんと利益があって。そしてそれは互いに譲れないけど、そのまま独り占めもできないのだろうと私は考えが至った。

 歪だけど互いを意識している二人だと知っているから。


 これなら馬が合わない二人が協力し合う理由になり。その変化を二人に与えた娘の新しい彼氏には俄然興味が湧き。私は彼氏彼女事情式には証明の式の他に、もう一つ式を書き足さなくてはならないのかもと一人で笑ってしまった。

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