第110話 彼氏彼女事情式 ⑥

 私は自分が好きなことをやってきた人間だから、娘にも好きなことをしてもらいたいと思っている。

 けれど、その「好きなこと」をするためにはある程度の学力なり、能力なりが必要になるとも実体験から知っている。

 なので私はその辺りには口を出すと決めていて。娘が大きくなってその時が訪れた。


「──高等部の入試は国数英の三教科入試。面接もあるけどより求められるのは筆記の点数。合格のラインを一教科八十点として、三つで二百四十点。国語は四十点でもいいわけか」


 家から近いという理由で高校を選ぼうとする娘に代わり、ノーマークだったがその学校の先生と話す機会があって勧められた、市内有数の中高一貫校への編入を私は考えた。

 最終的には親の反対を押し切って留学した私だけど、そこに至るまでの進路は親に感謝していて。

 だから夢らしきものが今のところ見えない娘にも、ここの選択で後々後悔することがないようにだけはしてあげたかったのだ。

 

「入試が五ではなく三教科の試験だってところと、国語だけちゃんと勉強すればいい学校に入れるって言えば乗ってくるかしら?」


 うちの娘は人見知りはしないし友達も多い娘だから、同じ中学からの進学者が一人もいなかったとしても心配いらないのはわかっていた。

 自分の時には今ほど発達していなかったSNSの存在もあり、たとえ学校が別になったところで交友関係にあまり変わりがないだろうというのもか。

 現にうちの娘は私の話に二つ返事で乗ってきた。


「『えっ……』なんて言ってないで、早く国数英のノート持ってきなさい。なんでかって? ノート見ればだいたいわかるからよ。どのくらい真面目に授業受けてるのかがね」


 それから私は国語八割。数学一割。英語一割で娘を勉強させて(塾や家庭教師は娘の性質を鑑みて使わず)、無事に娘を志望校に合格させた。

 この間。二つ返事で私の話に乗ってきたことを娘は悔いているようだったが、地元にある製菓学校にいきそこからの先の夢もあるとか。部活でやってきた陸上を高校にいっても頑張りたいとか。特に尊重するべき理由は一つもないのだから容赦などあるわけがない。


 しかし、私が娘の勉強を見るというやり方は私が仕事から帰ってきてから行えず。放課後からそこまでは自由に遊び歩けるという問題点も存在した。

 娘は部活動を引退してからはその時間も遊びに使うようになってしまい、三教科しか勉強しなくていいという楽な状態もあまりいいものではなかったと、私は後になって気がついた。

 そしてそのツケ、、は娘が高校生になって数ヶ月で回ってきた……。


美雪みゆきちゃんさ。この赤点の数はなに? あれだけやった国語も赤点なんだけど?」


 中高一貫校かつ市内有数の進学校だから、ある程度は予想していたが娘の成績は酷いものだった。

 特に国語までしっかり赤点を取るしまつには驚かされた。

 その赤点の理由も授業がわからないのではなく、そもそも真面目に取り組んでいないのが原因となれば言葉もなかった。デコピンによる物理的制裁も致し方なしだろう。


「ママはボーイフレンドがどうとか言うつもりはなかったんだけど、もう笑えないくらいに酷いのでそろそろ口を出そうかと思います。具体的にはパパに、『美雪ちゃんに彼氏ができて、しかもあまりいい子ではない』と言ってみようと思います」


 年頃の子から色恋の話を取り上げるのは無理だとはわかっていたが、入学以降の娘は少しやりすぎている気がしたから私は対策を講じることにした。

 とりあえず。娘に彼氏がいるなんて一度も知らないパパに心配を伝え、そのパパの過保護によってボーイフレンドを抑制しようと考えた。

 けれど、その辺りのことは私が対策を講ずるよりも先に、誰かが、、、すでに対策を講じていたのだ。


 その誰かとは娘の所属する部活動の部長さんで生徒会長な女の子。

 彼女は問題児として押し付けられたのだろう娘に、「生徒会に入るか。調理部に入るか」の二択をせまり。生徒会なんて絶対にやりたくないであろう娘を自分の部に入れたのだろう。

 そしてその行為自体がもう抑止力にもなっていたのだ。


 私が彼女に会ったのは先生と一緒に娘のお見舞いに来た時の一度だけだが、あの年齢であの落ち着きよう。頭も回るし行動力も度胸もある。それでいて少しも驕っていない。

 そんな彼女の息がかかった娘に近づくのは相当に大変だろうと私でさえ思ったくらいだ。

 だから新たな彼氏。の存在が浮上した時には内心かなり驚いた。

 

「えっ、初日から学校いくの? 今日から夏休みよ? ……そう。てっきりもうちょっと飴か鞭が必要だろうと思ってたのに。今日なんてどうせいかないと思ってたから、洗い物に洗濯に掃除とやってもらおうと全部手をつけなかったのに」


 娘がそれなりに楽しんでいるらしい部活動以外に、いくらご褒美があったとして進んで学校に行く理由は思いつかず、私はその理由を探るため娘の様子を観察し始めた。

 それから何日かして浮上したのが彼氏の存在。

 書斎のホワイトボードになんとなく書いた娘の異変に関係する可能性のある単語と、そこから浮かんできたKの一文字が彼氏彼女事情式の始まりだ。


 新たな彼氏(K)が娘の反応含めこれまでと何か違うのは早々にわかったけど、これまでと違い恋愛関係の話題を出そうと娘はあまり乗ってこず、私は断片的に入ってくる情報しか得られなかった。

 なので私の彼氏(K)に対する認識は想像によるところが大きかった。ある日、、、までは。


 ある日、、、。妙なことというのか、変なことというのか、おかしなことというのかは今も定かではないのだけど、そのどれもを含んでいるようなことが起きた。

 それは私が彼氏(K)により興味を持つことになる出来事だった。

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