第108話 彼氏彼女事情式 ④

 校舎内は学校がある日の日中だというのに静まり返っている。

 これは全校生徒が生徒総会のために体育館に集まっているから当然なのだが、その最中に自分だけが校舎にいるのはなんだか不思議で、どうにも悪い事をしている感が拭えない。


「実際、悪い事をしているようなものなんだけど……。というか、そろそろ終わっただろうか?」


 僕は本当にトイレにいって。自販機にもいって(財布はカバンだと気づいて教室にもいって)。思ったより時間がかかって保健室に戻ったというのに……。

 そっと保健室のドアを開けたら養護教諭が電話で話している声が聞こえ。その声がどちらとも判断ができなかったからそっとドアを閉め、こうして校舎内を歩いてみたりしたわけだけど。流石にそろそろ話し終わっているだろう。

 しかし、万が一ということもあるかもしれないから。先ほどのようにそーっと、


「あっ、戻ってきた。少し体育館の様子を見てこようと思ってたところだったの」

「是非いってきてください、僕はここで大人しくしていますので!」

「えっ、うん、そうしてください。お母さんが迎えに来てくれるから。それまでここで休んでて」


 開けたドアの前にいた養護教諭に驚いて、思わず「お母さんが迎えに来てくれる」と言われたのに「そんなわけない」と正直に返してしまいそうになったけど、ギリギリのところで言わずにすんだ。

 確かに「迎えにくる」と言っていたのを思い出したからだ。もちろん僕を、、ではなく黒川さんを、、、、、だが。


「携帯はベッドのところに置いてあるから。お母さん、すごく心配されてたから大丈夫そうなら連絡してあげて」

「そう、ですか……。そうします」

「少しの間、留守番よろしくね」


 目論見が上手くいったのはよかったが、心配していたと言われてしまうと申し訳ない気持ちになってしまい、今度会ったらキレようかと思っていたのは取り止めにする他ない気がする。

 利用してしまった黒川さんママ、、、、、、には事情も説明しないといけないとだし、すぐに連絡するべきだろう。まだ黒川さんの迎えに来るには早いから電話を掛ければ出てくれるはず。


「──もしもし。一条いちじょうなんですけど、」

「もしもし、お母さん、、、、ですけど。あなたはいつからあんな悪い事を思いつくようになったの! お母さん、そんな子に育てた覚えはありませんよ!?」


 ……これで本当に心配されていたのだろうか?

 第一声が心配する言葉だったなら申し訳ない気持ちのままでいられたのに。自らお母さんを繰り返すあたり確信犯がすぎると思う。

 とはいえ、助けてもらったことには変わりない。

 ここは黒川さんママに乗らず粛々とお礼を述べ、昨日のことについては追及せず黙って水に流すことにする。


「さっきはありがとうございました。ちょっと事情があって母の代わりをやっていただいたわけですけど。もういいんで。普段通りでお願いします」

「……本当に具合悪いのね。大丈夫?」


 僕の反応から察したのだろう。黒川さんママは本当に心配していたのだと思わせる反応をする。

 黒川さんママからしたら僕の体調が悪いというのは僕の嘘という可能性も大いにあったはずで、冗談が最初に出たのはその可能性も捨てきれなかったから。けれど僕の反応から本当のことなのだと判断したのだろう。


「今日はこのまま帰ることにはなりそうですが大丈夫です。土日休みですし寝れるだけ寝て回復させます。ですが、黒川さんにメイク道具が戻らないとこの問題は根本的には解決しないので、黒川さんにメイク道具を返してはもらえませんか?」


 喋りながら頭の中に浮かんだことがそのまま口に出ただけだけど、おそらく黒川さんママは僕の不調を自分のせいもあると思っているはずだから、もしかすると今の要求は通るのではないか?

 もしこの問題が解決すれば僕は黒川さんに恥ずかしい台詞を言う必要性はなくなり、残る問題もスマホ問題のみとなる。なるぞ。そうなる!

 本当に思いがけず。だが、これぞまさに怪我の功名というやつだ!


「うん、最初からそのつもりよ。今は美雪みゆきがわがまま言ってる状態なわけだけど、来週からは正式に復帰するわけだしね。何より、あの子が見つけた自分らしさだもの。当然でしょう? なんなら帰りにスマホも用意してあげるつもりだったわよ?」

「……はっ? …………………………。」


 開いた口が塞がらなくて言葉なんて出ない。

 黒川さんママの言い方だと正式。つまり黒川さんママの決めた黒川さんの学校復帰に合わせてメイク道具は返却され、黒川さんママが休みだという今日の帰りにスマホ問題までも解決すると?

 うん、可能性としてあり得なくはないな。黒川さんママは黒川さんを大事に思っているのはよくわかることだし。

 しかし、しかしだ。そんな素振りはまったくなかったではないか!?

 

「そ、それを黒川さんは知ってるんですか!?」

「知るわけないでしょう。言ってないもの」

「なん、なんでこう、大事なことでしょう!?」

「見てて面白かったからつい。ごめんね?」


 お、面白かったからだと……。

 もしそれを僕たちが知っていたなら、気持ちの持ち方も。それに付属するあれこれも。存在したとしてここまで、、、、ではなかったのではないだろうか?

 例えると、黒川さんに言わなくてはならなかった思い出すだけでお腹が痛くなる内容が。部屋でずっと布団を頭から被っていたくなるような言葉たちが。いくらか、いや、かなり違ってくるのではないか……。


「ふ、ふざけんな! 僕がこの二日間、どれだけ黒川さんに恥ずかしいことを言ったと思うんですか!? 僕はたぶん愛してる以外の言葉を全部言った気がします。あぁ、どうにか避けたのに言ってるし!?」


「是非そこら辺を詳しく」


「言うわけないでしょう!? あー、もう。僕は本当に具合が悪いんで寝ますので。学校に着いたら連絡してください!」


 黒川さんママとの通話を一方的に切り、ちょうど目の前にあった布団を頭から被って、ベッドの上でおそらく過去最高に悶える。

 どう考えても頭の中がぐちゃぐちゃで寝れるわけがないのだがそれでも眠らなくてはならない。どうにかこの感情を鎮めなくてはどうにかなってしまう。


「──って、今度はなんだ!?」


 放り投げたスマホが光っているのが布団の中で見え、画面には通話の表示ではなくショートメッセージの通知が目に入る。その文面もだ。

 黒川さんママからは「どうしても見せたいものがあるからビデオ通話して」とある。

 僕が今の状態で応じると思っているのだろうか? この状況で見せたいものがあるなんて言われたところでだ……。

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