第107話 彼氏彼女事情式 ③
始めに感じたのは薬品のようなにおい。
目を開けると自分の部屋とは違う色の壁。
……それもそのはずだ。ここは保健室だった。
僕はどのくらい寝ていたんだろうか?
「えーと……十四時過ぎか。生徒総会は半分終わったかどうかくらいかな?」
生徒総会は途中で一度休憩が入って後半が始まるから、合流するのにはちょうどいいくらいの時間と言える。
だが、頭は痛いしお腹も痛いしなんなら気分も悪い。寝たのは間違いないはずなのに全然寝た気もしない。許されるならもう一回寝たいところだ。
保健室って二度寝してもいいのだろうか?
「──起きた? 大丈夫そう?」
時間を確認するために取り出したスマホとにらめっこしていたら、急に仕切りになっているカーテンが開き養護教諭が顔を出す。
足音がしなかったのがどういうわけかと思えば養護教諭は椅子に座ったままで。どうやら椅子に付いているキャスターを使って滑ってきたらしい。
「普段から保健室での移動はそれなんですか?」
「そんなわけないでしょ。誰もいなくて椅子に座ってる時だけです」
「それは確率にするとかなり高いのでは?」
「そんなことより体調。どうなの?」
そんなこと?まぁ、そんなことか。そんなことだな。
椅子にキャスターが付いているからといってその移動方法はどうかと思うが、確かに今はそんなことより体調が悪いという生徒のことだろう。
しかし、僕が体調を正直に言った場合、生徒総会に合流していいとは言われないな……。
「大丈夫です。寝たらすっかり良くなりました!」
「……ダメってことね。ベッドに戻りなさい」
「なんで!? 大丈夫って言ってるのに!?」
「大丈夫だと答えたらきっと調子悪いのを隠してるからって
だ、誰だ。そんな余計なことを言ったのは!?
余計なことと言って真っ先に思いつくのは
そうなると
「ゆい……
「違うわ。
余計なことをしてくれたのは
黒川さんと一緒にいてくれたというのはありがたいが、今日の彼女は本当に余計なことばかりしてくれる。いったいどういうつもりなんだ。
「どうする。病院行ってみる?」
「えっ、いや、もう少し寝てれば大丈夫かなーと」
「なら大人しく寝ててください」
「あっ、ズルい! そのやり方はズルい!」
「熱はないし元気もなくはないから、やっぱり精神的なものからしら? 彼女のことでいろいろあったでしょうし」
なんてことだ。はいと答えても、いいえと答えても結果は変わらなかった。たとえ何も答えずに沈黙していようと同じだっただろう。
有紗さんが養護教諭に余計なことを吹き込んだ時点でこの結果しかなかったのだ。
あ、有紗さんめ。本当に余計なことをー。
「あと、お家に連絡するから連絡先教えて」
「えっ!?」
「みんなそんな反応するけど決まりだから」
「いや、それは、ちょっと……」
「言わなくても職員室に行けばわかるわよ?」
家に連絡されるのはまずい。体調が悪くて保健室にいるのが母にバレるのは非常にまずい。
たぶん怒られることはないと思うが間違いなくすごく心配されるし、それが二度目となれば怒られる可能性もなくはない気もする。
もしそうなったら。なってしまったら。いろいろと結ちゃんの比ではない……。
「何も悪い事をしたわけじゃないんだから。寝て回復しない時は迎えも必要でしょう?」
その通りだけど心配しているのはそこじゃない。
父に連絡したところで父のことだから母に連絡するし、伯母さんを頼ったところで母に伝わるのは目に見えてる。
どうする。いったいどうすればいい……一つ思いついた。一か八かだけどやってみる価値はある。
「家には誰もいないかもしれないので、携帯に僕からかけてもいいですか?」
「えぇ、もちろん。そうしてくれるなら助かるわ」
「じゃあそれで……」
僕から電話をかけるということは「養護教諭に代わる」と言う必要が生じ、あとはそこに至るまでに上手く要点を伝えることができれば、
伝えるべきは状態と状況。多少不自然でも構わない。
「もしもし! 実は学校にきてから調子悪くて今保健室にいるんだ。頭痛くてお腹も痛くて気分も悪くて。それで保健室で寝てたんだけど、養護教諭の先生が家に連絡しないといけないからって言ってて。だから今から代わるね!」
あまり好ましくないやり方だとは自覚している。
しかし、責任がないとは言えないと思うので、正しくはないが間違ってもいないということになると思う。
とはいえ、このま落ち着いて見てもいられない……。
「──ちょっとトイレにいってきます」
一度保健室を出て通話が終わった頃に戻ってこよう。
ついでに自販機にいって飲み物を買ってくるのもいいかもしれない。ブラックコーヒーは見飽きたので違うやつにしよう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます