第106話 彼氏彼女事情式 ②
「いい加減にして。もう諦めて保健室にいって!」
ブラックコーヒーをいくら飲んだところで思ったほどの効果がないと気づいたから、ならいっそ授業間の休み時間を全て仮眠に使おうと思ったのに。
こう頭の上でやかましくされては眠りたくても眠れないではないか……。
「どう見ても具合悪いよね!? 保健室に行って診てもらってきて!」
しかも今回はいよいよ本気らしい。彼女は寝るために机に頭をつけている僕を無理矢理に引き剥がそうとしている。
……どうするべきか。このまま黙って寝たふりをするのも一つの手だが、彼女のせいで先生たちにもクラスメイトにも「大丈夫か?」と心配されているわけで。
そうなるとこれ以上の騒ぎになるのはよろしくない。
「大丈夫だって。今日の授業は午前中だけで。それもあと一時間だし。ちょっと眠いだけだから……」
「休み時間のたびにコーヒー飲んで、ふらふらして歩いてるヤツが大丈夫なわけあるか! なんだってこう言う事を聞かないの!?」
それについては概ねその通りなんだけど、それなら僕も自分はどうなんだと彼女に言いたい。
しかし、それは一つも聞き入れてはもらえないというのに、どうしてそれで自分は言う事を聞かないなどと言えるのだろう。不思議だ。
「ちょっと! もう……。そうだ、
「嫌よ。散々言われて本人が大丈夫と言い張るんだから放っておくべきよ。仮に無理矢理運ぶにしても私と貴女じゃ左右のバランスが悪いでしょ。どうせ頼むなら一人で連れてける男子に頼みなさいよ」
「そっか。そうする」
こういう時。姫川さんのドライな反応はありがたくもあり、余計なことをわざと言っている気もして迷惑でもある。
せっかく
「姫川さん。今わざと余計なこと言った?」
「どうでしょう。ただ、いい加減に鬱陶しくなってきたから、原因の方をどうにかするのがいいとは思ったわね」
「わざとじゃん。具合悪くて保健室に行ったなんて知られたら、あとで
もう約束の昼休みは目の前なんだぞ。
ここで保健室にいって「帰れ」とでも言われたら黒川さんはどうするんだ?
綾瀬さんは午後からの生徒総会の司会で、昼休みからはそっちの用意に回るから黒川さんの面倒は見れないと言われているのに……。
「──あら。これは流石に……」
やはり黒川さんを助けてくれる人が黒川さんの近くにいないのだから、どうあっても僕が具合悪いなんて言ってる場合ではないのだ。
有紗さんが誰を連れてくるかはわからないが断固として抵抗しよう。授業が始まってしまえばそれまでだ。そこまで持ち堪えさえすれば、
「アホか、具合悪いなら保健室にいけよ!」
「痛っ、なっ、綾瀬さん。なんでここに!?」
「廊下を通るのが見えたから連れてきた。こっちのが
「連れてきたって、黒川さんは?」
割と強めの衝撃を頭に受けたと思ったら綾瀬さんが目の前に立っていて、その後ろには黒川さんもちゃんといらっしゃる……。
僕を叩くのに使ったのだろう持ち物から察するにどうやら二人は移動教室らしく、その道中に有紗さんに呼ばれたというところだろう。
「
「……バカ。具合悪いなら具合悪いって言えよ!」
僕は必死に頑張っていたのだから不思議なのだけど、綾瀬さんと黒川さんの二人から怒られている気がしてならない。いや、怒られている!
そして、怒られているからなのかはわからないが。急に寒気がするというか。気分が悪いというか。お腹も痛い気もする。
これはちょっとまずいかもしれない……。
「──いつだったかも同じような事をして周りに迷惑をかけた事がありましたよね、
「ゆ、
一瞬。有紗さんが結ちゃんの真似をして喋っているように見えたが、有紗さんが横にずれると結ちゃんがちゃんと立っていて、表情と声色からは感情を察せないがその目は間違いなく「怒」を表している。
あと僕と同じ危機を感じ取ったのだろう姫川さんは早々に知らん顔をしている!
「少し確認したい事があって訪れたらこれです。痩せ我慢に気づいてくれる人が近くにいてよかった。司、黒川さんは私に任せて保健室にいきますね?」
「……はい」
「皆さん、お騒がせしました。ほらいきますよ。あなたたちも気持ちはわかりますが、授業には遅れないようにしてください」
断固として抵抗しようと思ったわけだけど、相手が結ちゃんでは無理だ。僕の中では運動部の男子より結ちゃんの方が何倍も強い。
それに、たとえ結ちゃんに抵抗したところで黒川さんも綾瀬さんもいては抵抗は無意味。これが無理ゲーというやつだ。大人しく連行されよう。
◇◇◇
「まったく……。結果は出したが自分が倒れるでは意味がないでしょうに。寝不足だと言うのなら眠って、そのあとで体育館にきなさい。それまでは私が黒川さんと一緒にいますから」
結ちゃんならてっきり「帰れ」と言うのだと思ったら、そんなことはなくかなり甘い対応をされた。
おそらく僕の気持ちを汲んでくれたのだろう。
養護教諭にも僕が帰らなくてもいいよう話してくれていたし、授業に遅れても僕に付き合ってくれた。
「黒川さんは周りの目が気になるよですから、私と一緒にステージ裏にいるのがいいでしょう。そもそも黒川さんとクラスが違うのに、いったいどうするつもりだったんですか? 普通に考えて先生に相談するか私に相談するべきでしょう」
始めはお説教モードな結ちゃんに見通しの甘さを指摘され、僕はぐうの音も出なかった。
だけど冷静に考えてみれば、体育館ではクラス毎に椅子に座り。その椅子も人数分しか並んでおらず。別なクラスの黒川さんを連れてくるのも、自分が別なクラスにいくというのも難しいかったと気がついた。
そしてそんなことすら言われるまで気づかなかったのだともだ……。
「今日も黒川さんが学校に来ている。これが何よりの結果でしょう? 本当によく頑張りました」
最初がそんなだったからか、これまであまり結ちゃんに褒められた記憶がないからか、「結ちゃんに褒められた!?」とかなり衝撃的だった。
最も、次の瞬間にはベッドから飛び起きてしまい、結ちゃんと養護教諭の二人から怒られることになったけど……。
「黒川さんのお母様から
僕が寝ている間に行われる生徒総会の内容については、委員会と部活動のことが前半。十月にある学園祭のことが後半で、その中に急遽ネットリテラシーの授業の話があると説明された。
これに近い内容は黒川さんママに出した企画書の中にあったのだが、あくまで僕たちが主導するのだからこんな本格的なものであるはずがなく。黒川さんママには大人の力というか、ちゃんと理解してくれていたのだと思い知らされた。
あと「そんなこと昨日一言も言ってなかったよね?」と、改めて黒川さんママには昨日のことを聞かなくてはならない気がした。
それが言わずとも今日になればわかるからだったのか、僕をからかうのに夢中で忘れていたのかは特に聞かなくてはならない。
もし後者だった場合は黒川さんばりにキレようと思う次第だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます