第105話 彼氏彼女事情式
お付き合いするにあたって告白までのハードルが高いとすれば、そのあとのお付き合いはそれと比べてハードルが低くあるべきではないのだろうか?
仮に次にハードルが高くなる時があるとするなら、それは彼氏彼女の関係が発展する時であり。そこを越えればまたハードルは低くなるというのが、僕が思っていた彼氏彼女というものの在り方だった。
だが、現実にはハードルは高いまま。
なんならハードルが高くさえなっている。
低いハードルなんて一つもありゃしない。
これが彼氏彼女の現実だったようだ……。
「
「ふ、ふざけんな! 用が済んだら帰って。早く帰って迎えの時間にはちゃんと来て!」
「あらあら。
「かえれ! 早く帰れーー!」
今朝。学校まで
あの人への感謝は昨日の分も含めて取り下げる。
だって、断片からでも正解を導けるならフォローするだけでいいとわかっているずなのに。わざわざからかっていく辺り性格が悪すぎる。
それでなくても僕は二日続けての恥ずかしい……黒川さんの説得でもう本当にいろいろ無理なのに。
今も眠気と羞恥心と責任感とのギリギリのバランスの中で、どうにかこうにかいつも通り過ごしているというのに。
と、言ってはみたもののダメだ。やっぱりすごく眠い……。
そうだ。授業が始まるまでもう少しあるし、眠気覚ましに顔を洗ってこよう。それと外の自販機までいけば缶コーヒーが売ってるから買いにもいこう。
確かコーヒーはブラックのやつがあった気がするからそれだ。この際、味は気にしてられない。
先ほど
「──っと!」
「きゃっ! あぶな……」
廊下に出て誰もいなかったからそのまま右側を歩いていたら、角のところで向こうから来た人にぶつかりそうになってしまった。
いや、向こうが避けてくれなかったらぶつかってた。ぶつからなくてよかっ、
「あ、
「……」
「お、おはよう」
「……おはよう」
教室に
いや、時間はもうギリギリだからおかしくはない。おかしいことがあるとすれば昇降口は反対側だというところだ。
それと有紗さんが階段から降りてきたのだとすれば、今朝は姫川さんたちと一緒じゃなかったのか? じゃなくて昨日どうしたのかだ!
「昨日。休んでたけど大丈夫なの?」
「ちょっと調子悪かっただけ。今も先生に大丈夫だって言ってきたところだし。あぁ、黒川さんのお母さんと話してどうとかじゃないから」
「そっか。ならよかった……」
思ったように頭が回っていないのだろう。
次に彼女に会ったら話をしようといろいろ考えていたはずなのに、咄嗟には上手く話せない。
せっかく普通に会話できていて、会話するチャンスだというのに……。
「「……」」
ちょっと調子悪かっただけと言われたけど、休んだ件を無理矢理にでも掘り下げるべきか? それとも上からきた理由か? って、それは先生のところにいってたからって言ってるし!
……ダメだ。肝心なところなのにろくなことが浮かばない。
「そういえばどこいくの? もう予鈴鳴るよ?」
「えっ、眠気覚ましにコーヒーがほしいなって。ブラックのやつ」
「コーヒー? なんだって……んっ、なんか顔赤くない? ちょっとみせて」
「いや、ちょ、大丈夫だから!」
有紗さんは頬に触れてきたかと思ったらその手をおでこにも伸ばし、自分と比べて僕に熱があるのかどうかを確認し始めた。
流石に熱があったら自分でわかるし、こんなことされて熱があるとか言われても困るのだが!?
それは行為のせいであって僕の体調の問題ではないわけだし。
「──熱はない、と思う。でも人の心配ばかりしてないで自分の心配もした方がいいよ。コーヒーってそこの自販機でしょ? 買ってきてあげるから教室戻ってなよ」
「いや、それは悪いよ。それになんか妙に優しくない? もっとこうトゲトゲしてたじゃん」
「……別に。いろいろと馬鹿らしくなっただけ。自分が何に苛々してて、どうしたかったのかもわからなくなった。それで全部どうでもよくなった」
有紗さんが妙に優しいのは絶対におかしいのだが、それは主に僕に対してであって、他の人に対してなら彼女は普段からこうだからおかしくはない。
思ったことをそのまま言っているように見えるのもおかしいとは思うが、それも「馬鹿らしくなった」、「どうでもよくなった」と言われてしまえばそうかと納得するしかない。
そして何が彼女をそうさせたのかと言えば、違うと言われても黒川さんママと話したからだと思ってしまう。
黒川さんママは、「ただ吐き出すのが下手で上手に伝えることもできないだけ」と有紗さんのことを言っていた。
ならそれは、恨み辛みを吐き出した有紗さんの気持ちが変化するには十分な理由になるのではないかと、僕は
まだ何が解決したわけでもないのに、その可能性がようやく見えた気がするから……。
「いろいろ言おうと考えてたんだけど、それはこれから先ゆっくり話すから。だから今は取り急ぎ、ごめん。この言葉だけ言っておきます」
「ふふっ、なにそれ? いったい何に対して謝ってるの? でもそうか……。なら私も一言だけ言う。
言われた「ありがとう」の意味がわからずに下げた頭を上げると久しく見なかった。いや、僕に向けられることがなかった彼女の笑顔がそこにあった。
だけど、僕がその意味を問うより早く予鈴が鳴る。
「予鈴鳴っちゃったじゃん。私がコーヒー買ってくるから顔洗ってきなさいよ。ひどい顔してるから」
「そうしようとは思っていたんだけど。やっぱり悪いから自販機も自分でいくよ」
「いいから! それともなに。私に殴られての目覚ましの方がいい? その方がいいなら遠慮なくそうするけど?」
「えっ……。それはできれば遠慮したいかなー」
「だったら言われた通りにする。授業に遅れても同じだからね!」
授業が始まるまでもうすぐという時間の中で、そういえば以前はこんなやり取りがよくあったなと僕は久しぶりに感じた。
このまま以前のようになるんじゃないかと思った。
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