第103話 建前ではなく本音で ⑦

「──で、一条いちじょう君が聞きたかったことって何? 昨日の自分への信用がどこからのものなのかってやつ?」


 車を降り一息ついて余裕ができたからだろう。

 画面越しではなく。車に寄りかかってでもなく。正面から向き合ってみると黒川くろかわさんママの身長はゆいちゃんと同じくらいだとわかる。

 それと、この表現の仕方は正しくないが、思った以上に黒川さんっぽさがある。きっと黒川さんがギャルでなければこんな感じなんだと思う……。


「おーい、聞いてる? 一息ついて落ち着いたのはいいけど、気を抜いて惚けられると困るんだけど」

「す、すいません。聞いてます」


 見慣れた駅の前にある自販機のところで黒川さんママと二人。外の空気を吸って、奢ってもらった飲み物を飲んで、心身共に落ち着いた僕はついでに気も抜けていたようだ。

 思わず余計なことに意識が向いていた。

 この緊張感のなさは、「あーしは車から出ない。でもコーラ欲しい」と黒川さんが言って一人車に残っているのも一因か。

 とはいえ、確かに気を抜くのはまだ早い。本番はここからだ。


「じゃあ、長話というわけにもいかないから手短に済ませましょう」

「そうなんですか? だいぶ余裕ありそうですけど」

「そうね。私余裕あるし困らないわねー」


 何度か会話することでわかったのだが、黒川さんママが「他意はない」と言えば他意はないし、「私は困らない」と言えば自分は決して困らないのだ。

 そして、僕はどうしても疑って警戒してしまうが、黒川さんママは嘘も言わない。言う必要がないから。


 なら今のも困るのは僕か黒川さんということで。だけどその解答まで僕では辿りつかない……。

 しかし、これ、、は今後の必修課題であると同時に、いくつかの正解を得ることで対応できるようになるとも思われる。

 よって正しい解答は得られる時に得るべきだ。

 

「──問一。ここで長話すると僕または黒川さんが困る理由とは?」


「あら、いい指向ね。それでいきましょうか。問一の答えは、私たちの帰りが遅くなる分だけ夕飯の用意も遅くなり。そうなると主人が帰ってきた時に、『今日は遅いね。何かあった?』と聞かれたりして。それに私は『今日は一条君と話してて帰りが遅くなったのよ』とか言うから」


「……えっ、絶対やめてくださいよ!?」


「もちろん私から言ったりはしないわ。今のは帰りが遅くなって、主人が夕飯の用意ができる前に帰ってきて、私が言ったようなやり取りがあった場合の話よ。最も、ここが長引けば比例してその確率も上がるでしょうけどねー」


 なんてことだ。あのやり取りからこのストーリーを想像できるわけないし、スルーしていた場合のリスクも大きすぎる。

 想像以上に必修科目の必修度は高い!

 だが解答は一つ得たし、最悪の展開を回避する方法もわかった。お、落ち着け。大丈夫だ。この調子なら僕の話もすぐに済む。

 

「問二。昨日あなたは有紗ありささんとどんな話をしましたか?」

「意外。それが聞きたかったこと?」

「そうです。有紗さんは今日学校にきませんでした。昨夜何かあったのかと思うのは当然でしょう」

「そうなの? ……私と話している時に変わった様子はなかったはず。最も、普段の彼女を私は知らないんだからそうだと断言することはできないけどね」


 有紗さんをどういう位置付けにしているのかでわかるかと思ったけど、この人に限って有紗さんを悪者にして叩くなんて真似はしないだろう。

 もし黒川さんママがそんな人だったなら、そもそもの前提から全部崩れてしまうし、そうじゃないからこれだけ厄介なんだと思う。

 そうなると有紗さんに変わったような様子はなく。しかし普段の様子もわからないから断言できないか……。


「それで会話の内容は?」

「いくらなんでもそれは喋れないでしょう。これは言えないのではなく言わない。出題者さん、問二は問題の出来が悪いわよ」

「なら僕はそこ、、に何かあると思うしかないんですけど?」


 例えば黒川さんママからしたら大したことない内容でも、有紗さんからしたら大変重要な内容だったりすることはあるだろう。

 つまり黒川さんママが原因と思ってないだけで、会話内容が原因である可能性は捨てきれない。

 何より有紗さんのことをよく知って……黒川さんママよりはよく知っている僕にしか気づけないことがあるはず。


「……一条君って男子力低いのね。これはみんな苦労するわ」

「男子力とは? あとどういう意味でしょう?」


 黒川さんママが間を空けたから「やはり」と一瞬思ったりしたのだが、出てきた言葉はなんていうか呆れが大量に含まれている気がする。

 だけど、男子力ってなんだろう……。女子力というやつの男版という認識でいいのだろうか?

 それと苦労するというのも意味がわからないな。

 僕の男子力?が低いと誰がどう苦労するのか。その辺りをわかりやすく説明してもらいたい。


「──わかりました。問二は私の一存で答えますが責任は君が負ってくださいね。有紗ちゃんとは君のこと、、、、を喋りました。さっきとは違って止める人とかいないからそれはもう盛り上がって、私は一条君に対する情報や積もり積もった恨み辛みなどなど……。会話内容の八割九割は負の内容で、私が得た情報もその辺りが同じ割合でした」


 いったい何を喋っているんだよと思ってはいけないのだろうか……。ではなく、まさかの内容すぎる。何をどうしたらそんなことに。いや、どうしてそんな内容にか。いや、どっちもだ!

 もっと緊張感のある内容だとばかり思ってたのに、ふたを開けてみれば僕のことってどういうことなのか!? それと中身がほぼ負の内容な気がするんだけど!?


「どう。納得できた?」


「つ、つまり、有紗さんはあまりに辛辣なことを言ってしまったと後悔して、僕に合わせる顔がないから学校を休んだという解釈でよろしいでしょうか?」


「マイナス百二十点。よくそんなんで今までやってこれたわね。その自信はどこから湧いてくるの? むしろ有紗ちゃんからしたら恨み辛みを吐き出したことで、一条君を直接ぶん殴りに行くくらいの気持ちだと思います」


「マイナス百二十点……」


 たとえ間違えられるところを全部間違ったとしても下は零点じゃないのか。零が下に振り切れてるんだけど……。

 確かに僕もマイナスの方向に、しかも考えうる最悪の方に考えれば、わりと近い内容にはなるかもしれない気はする。ただ有紗さんはそんなキャラじゃないから殴られるとかはないと思うけど。


「私から見た有紗ちゃんは生き生きとしていて、とても学校を休むようには見えなかった。早速今日ぶん殴りに行ったというなら納得だけどね。だから学校を休んだ理由は他にあると思う。単に朝起きたら調子が悪かったとかね」


 黒川さんママと有紗さんとの会話内容がそうだったとして、この人はどうしてそんな評判のヤツに対して平然としていられるのだろう?

 友達からそんなことしか言われないヤツが娘の彼氏でいいと思うのだろうか? それともそこまでの、、、、、信用が僕にはあるのだろうか?


「問三。有紗さんとの会話内容がそれでどうして僕に普通に接していられるんですか? ……僕の頭じゃ考えてもわからないから聞きました」


「それは単純にイコールで結び付けてないからよ。彼女のあれは美咲みさきちゃんの悪態と似てるわね。決して心の底からそう思っているわけではない。ただ吐き出すのが下手で上手に伝えることもできないだけ。だから私は君のことを特別マイナスには捉えない」


「それこそ有紗さん本人にしかわからないことでしょう。あなたがそう思っているだけで実際はそのままの意味かもしれない!」


「いい、一条君。ひとはどうでもいいものに執着したりしないのよ。彼女の恨み辛みがただの悪意から生じたものだったなら昨夜彼女は現れなかった。有紗ちゃんにも言ったけどそれがもう答えでしょう?」


「それは黒川さんに対して悪いと思ってるからで、僕に対してどうこうというわけじゃない」


 僕でもわかる。それが間違っていると。

 有紗さんが昨夜現れたのは黒川さんに悪いと思っているからで、佐々木ささきさんから頼まれたからだ。そこに僕はいくらも関係ない。

 黒川さんという要素を抜いて、佐々木さんという要素もなければ、後には何も残らないのだ……。


「私は行動こそを信用すると言ったわね。それに有紗ちゃんを当てはめて彼女は君に対してどうだったのかを考えてみなさい。その行動は君を裏切るもので、君を否定するものだった? そうじゃないでしょう」


 ……そうじゃない。

 でも、そうじゃないならなんなんだ……。

 ……後には何が残るんだ?

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