第102話 建前ではなく本音で ⑥

 黒川くろかわさんママに先生たちが使う校舎裏の端にある駐車場に呼び出され、僕は最大限警戒しながらその場所へと向かった。

 だって人の目があると黒川さんが嫌がるし(僕をつねって抗議してくるし)、そうなると真っ直ぐいけるはずの駐車場にも警戒と時間をかけて向かうしかなかったのだ。


 しかも着いてみれば黒川さんママはスマホ片手に普通に僕たちを待っているし。黒川さんは「こうやっていないと恥ずかしくて死ぬ」と言ったのが嘘のように一目散に車に乗り込んでいくし。黒川さんママにいったいどういうつもりなのかと問えば、「一条いちじょう君が美雪みゆきを連れて帰るの大変でしょう?」と素直に感謝するしかなかった。


 問題は、ならばそのまま二人で帰ってくれていいのに。そうすれば僕のメンタルは回復したかもしれないのに。そうはならなかったというところだ。

 今の針のむしろ的な状況に僕はあの花火大会の日を思い出す。あの日もこうして伯母さんに問い詰められたなーと……。


「──さっきからママは根掘り葉掘り聞きすぎ。一条はそれに答えすぎ!」

「えー、いいじゃない。何のためにわざわざ迎えにきたと思ってるの?」

「やっぱりそれが目的か! とうとう本音が出たな!」


 学校を、、、出発して、、、、約十五分ほど。黒川さんママの運転する車は国道を北に向かって進んでいる。

 迂闊に黒川さんママの送ってくれるという申し出を受けたのが間違いだった。

 駅までだろうと思ったら車は駅には向かわず、国道を北に、どうやらというかほぼ確実に僕の家の方に向かって進んでいる。


 この異常事態に対して頭の中には「なんで?」や「どうして?」と繰り返し浮かんでくるが、そんなこと怖くて聞けやしない! だから僕は振られる会話に素直に答え、頭の中では常に情報の整理を行い、黒川さんママの真意を探ろうとしてきた。

 しかし、真意なんてまったくわからないまま時間だけが経過してしまった……。


「こら、運転中に触ったら危ないでしょ。口を出すのは構わないけど手を出すならここで降ろすわよ。もちろん美雪だけね」

「ご、ごめんなさい。もうしません」

「はいよろしい」


 ここまで大人しかった黒川さんだが、車内という人目がない空間のおかげでようやく調子が戻ってきたのかと思ったらやっぱりダメっぽい。

 確かにこのママなら本当にやるんだろうけど。あとその抗議のしかたは危ないと僕も思うけど。この場をどうにかしてくれないと大変なことになるんだよ!? どうなるのかはまったく予想できないんだけど! ……って言いたい。


「……でもさー、ママも少しは遠慮してよ。付き合ってるってだけでよくない?」


 僕の心の声が通じたのか黒川さんから状況を変える可能性のある言葉が出た。いいぞ黒川さん。流石だ。

 よし、あとはこの話題を上手く利用して状況を打開。またはその真意を理解するきっかけにしなくては。そのためにもこの先の黒川さんママの言葉をしっかりと、


「美雪、私だって選んで話してるのよ。本当はどうやって娘を口説いたのかとか聞きたいんだから」

「ふざけんな! 一条、何も言うなよ。余計なことを喋ったらオマエからコロスからな! あっ、こっち見んなって言ったろ!」


 うん、ダメだこれ……。黒川さんママは私欲が強いし、黒川さんは黒川さんで理不尽極まりない。

 ノーメイクもマスク姿も見られたくないという黒川さんの気持ちは理解できるが、自らが見える位置にきたくせにバックミラー越しに目があったのにキレるのは理不尽だろう。


「一条君。今日とかどうやってその気にさせたの? 美咲みさきちゃんも驚いただろうけど、私も本当に驚いたのよ。こうして自分から機会を作るくらいには」


 そしてママのその質問には絶対に答えられない。

 何故なら、そんなことをすればコロされるまでもなく僕のメンタルは死ぬからだ。

 今だって昨夜のことが頭をよぎるだけで布団を被りたくなる衝動に駆られている。というか、もう被りたい。そうして精神の安定を図らないともたない。


「だーかーらー、やめろって言ってんじゃん。黙って運転してよ! ……つーか、これってどこ向かってんの? 一条の家?」

「あら、一条君の家ってこの辺なの? その方がいいなら家まで行くけど?」


 マズい。もうすぐ中学校近くの横断歩道橋だ。あそこを越えると数百メートルで道の駅。そしてそこから家まではいくらもない。手遅れになってしまう前に、いや、もう手遅れなんだけど! ……んっ?


「えっ、これって僕の家に向かってるんじゃないんですか?」

「向かってないわよ。流石にそんなことまで知らないし。目的地は一条君の最寄り駅……あぁ、ここまで送ってきたのは単純に道中喋るためよ。他意はないわ」


 ……つまり何か。僕の勘違いということか?

 しかし言われてみれば黒川さんママが家を知っているわけがなく、僕のことを隠していた黒川さんもそんなこと言うはずがない。

 じゃあ今までの心労は? べらべらと話してしまったあれこれは? …………全部必要なかったのでは?


「いったいなんなんですか!? こっちはこれからどうなるのかって心配で他に何にも気が回らなかったんですけど。どういうつもりなんですか!?」


「うわ、なんか一条が過去一キレてる。こわ……」


「黒川さんはちょっと黙ってて! で、どうなんですか。どういうつもりなのか答えてください! こっちは聞きたいことも聞かずに答えてたんですから!」


「えっ、ちょっと。美雪どうしたらいいのこれ!? もう駅に着くからせめてそれまで待って!」


「わかりました。駅に着くまで待ちます」


 僕以外の二人から「「それでいいんだ……」」と聞こえるが、運転中の人には安全運転してもらいたいし、駅まであと一分もあれば到着するんだから別にいい。 ……とはいえ、少し反省しておこう。今のは少し情緒不安定だったと自分でも思うので。

 やっぱり今日の僕は精神的に参ってしまっている……。

 

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