第101話 建前ではなく本音で ⑤
二時間目の休み時間に
そして自分は課題である削れに削れてしまったメンタルの回復に励み、特に回復することなく放課後になった。なってしまった……。
だって、眠いけど授業は聞かなきゃいけないし。常に黒川さんの様子は気になるし。なんか僕のところにみんな黒川さんのこと聞きにくるし。常に黒川さんの様子は気になるしで、そんなことしてる暇なかったんだ!
そもそもメンタルの回復って何をどうすればいいの!? そんな方法があるならぜひ教えもらいたい!
……なんて現実逃避しているのもそろそろ終わりにしなければならない。しかし……。
「──ちょっと、教室にきてって連絡したでしょ! アンタなにやってんの!?」
勢いよく前の扉が開いたと思ったら綾瀬さんが立っていて、彼女は矢継ぎ早に喋って歩いてきて、その勢いのまま僕の机に手を叩きつける。
行動に踏ん切りがつかず教室にいたら向こうからやってきてしまった。それもどうやら綾瀬さん一人ではない。
「あ、綾瀬さん。 ……黒川さんも」
ぱっと見は綾瀬さん一人に見えるが後ろにちらちらと金髪が覗いており、ゆっくりと綾瀬さんの背後から黒川さんが顔を出す。
しかし、黒川さんの表情はマスクでわからない。不安そうにも見えるし、怒っているようにも見える。
「今日の放課後は忙しいんだって言ったよね!? 結局一回覗きにきただけで後は顔見せないし、いったいどういうつもり!」
「ごめんなさい。ですがメンタルがちょっと回復してなくてですね」
「何でもいいから黒川引き取って! 二人に頼まれたから今日一日面倒見たけど、放課後は明日の総会の準備で本当に忙しいの。黒川に引っ付かれてたら何もできないんだよ!」
綾瀬さんの言う生徒総会の準備はすでに始まっていて、今回持ち回りで椅子出し担当のボランティア部やロボット部は、放課後になると早々に体育館へと向かっていった。
その会場作りには生徒会も当然参加するわけで、生徒会である綾瀬さんが黒川さんに引っ付かれて切羽詰まっているというのもわかる。わかるんだけど、
「ごめん、もうちょっと黒川さんをお願いします。後で必ず迎えにいくから!」
無理なものは無理なのだ。どちらにも非常に申し訳ないが、黒川さんに引っ付かれている綾瀬さんならこの状態からでも振り切れる!
僕は立ち上がってこそないが思わず椅子を引いていて動き出すのは可能だし、ずいぶん前からカバンは持つだけになっているし、綾瀬さんはそんなに運動が得意じゃない。
つまり綾瀬さんに突然走り出した僕は捕まえられない。もうちょっと時間がほしいんです!
「本当にごめんね!」
「逃すか!」
「なっ──」
僕にきちんと閉まっていた後ろの扉を開ける手間があったとはいえ、教室を出ることすらできずに中に引き戻されただと? そんなバカな……。
予め僕の行動を読んでいたとでもいうのか? 後ろに引っ付いていた黒川さんは?
「今回は始めからちゃんと見てたからね。そう何度も黙って逃がさないよ、
扉の前に腕を組んで立ち塞がった綾瀬さんはそう言って笑みを浮かべ、背後にいたはずの黒川さんはいつの間にか僕の後ろにいてシャツを掴む。
どうやら綾瀬さんは先日の病院でのことを根に持っていたようで、黒川さんは急に動き出した綾瀬さんから思わず手を離してしまったのだろう。
結果。メンタル回復のための時間稼ぎは失敗。状況は最悪となってしまった……。
それと黒川さんは怒っている。だってシャツを掴む反対の手で脇腹をつねってくる。割と強めに!
「えーと、黒川さん。痛んだけど?」
「……」
「ごめんなさい。逃げないので許してください!」
「……」
「痛いです。本当にごめんなさい。痛い、綾瀬さん止めて!」
教室に残っていたクラスメイトはこの様子を見てだろう。喋っていたのをやめたと思ったら、みんなそそくさと教室から出ていってしまう。
残ったのはつねられている僕と、つねっている黒川さんと、まったく止めてくれない綾瀬さん。
「……じゃあそういうわけだから。総会の方はウチらに任せて黒川の面倒見て。それと明日も教室では任されるけど昼休みからは無理だからね。明日も今日みたいなことしてたら
綾瀬さんはそう言いながらカバンを二つ拾うと、黒川さんのカバンを近くの机の上に置き、最後に僕をぎろりと睨んで教室から出ていってしまった。
たぶん今の「酷い」はマイルドに表記されたものなんだろうなぁ。前回のこともあるし軽く殺意を感じたよ。綾瀬さんこわいなぁ……。
「で、黒川さん? そろそろつねるの止めて、そろそろ離れてくれませんか?」
「ムリ。こうやっていないと恥ずかしくて死ぬ」
「ならせめてつねるのはやめてくれませんか?」
「自分だけ逃げようとしたくせに?」
「それは、ごめんなさい」
化粧品の類が何もないという黒川さん(ノーメイクとかマジ無理!)が、今日どうやって学校にきたのかといえば、病院の時のようにマスクで顔を隠してだった。
それでも恥ずかしいのは必死に我慢しなくてはならないもので。何のために我慢しているのかといえば僕のためにだ。彼女は譲れないはずの矜持を捨ててもそうしてくれたんだ。
僕がそんな彼女の気持ちに応えるには、メンタルの回復とか逃げるための理由を言ってるんじゃなくて、無理でも頑張るしかないよな。
「よ、よし。なら寄り道しないで帰ろうか! ボクが家まで送っていくからネ!」
「……オマエ大丈夫か?」
「もちろん大丈夫だよ!」
「そうは見えないから言ったんだけど」
「大丈夫だって!」
まったく大丈夫ではないが大丈夫だと言おう。
黒川さんが後ろにいてくれるというのは考えようによっては悪くない状況だ。距離こそ近いが顔は見えないから並んで歩くよりも気持ちが楽だから。
バスも電車も座らずにこうしていけば多分いける! ……でも「明日もだよな」とか考えるとしんどいけどそのうち慣れる……はず。
「一条、電話鳴ってる」
「えっ、ああ本当だ。ちょっと待ってね。あっ、スマホが!?」
「すごく不安……」
黒川さんは
だけど二人はいないのだから僕がやるしかない。黒川さんを心配させないようにしなくては!
ただでさえ姫川さんは元より綾瀬さんにも睨まれてしまったんだ……って、この番号!?
「もしもし!?」
「あっ、一条君。今どこ?」
「やっぱり黒川さんママ!?」
「………。ママ!?」
黒川さんに何も言わずに出てしまったのは、姫川さんから教えてもらい、昨夜お伺いを立てるのに使った電話番号。そう黒川さんママの番号だ。
いや、なんで!? いや、どうしてか。
「一条、ちょっと貸して!」
「えっ、ちょっと!?」
「なんで一条に電話してくんだ! なんのつもり……はぁ?まだ学校だけど。うん、わかった」
ジャンプして僕からスマホを奪い取った黒川さんの足の具合は問題なさそう。ではなく、黒川さんママには聞かなければならないことがあったのに電話を切られてしまった……。
すぐにかけ直したら出てくれるだろうか?
「なんかママが先生たちが使う駐車場にいまいるからこいって。確か校舎の裏の方だよね」
「……えっ?」
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