第100話 建前ではなく本音で ④

 最後の最後に彼女から出たのは、他のことは全部建前でしたというくらいの本音。姫川ひめかわさんの言うことも、ママの言うことも、僕の言うことさえ全て無意味にするくらいの自分勝手。

 だけどそれは彼女が彼女らしくあるために必要不可欠なもので。ないと無理だと言うスマホよりも大事なもので。黒川くろかわさんが黒川さんであるために絶対に譲れないこと、、だったのだ。


 一昨日。病院で会った黒川さんがマスクにノーメイク(マスクで顔は見てないけど)だったのは、病院へ行くためとかではなく化粧品の類がすでに手元になかったから。

 そして昨日。ママに何と言われても学校に行くつもりだった黒川さんは、化粧品の類を取り返すために朝からママとバトって(実は前日の夜にもやったらしい……)。しかし化粧品は取り返せないし、スマホは買ってもらえるかもしれないしで抵抗するのを諦めた。


 そうやってできあがったのがママの言う通りにすることにした黒川さん(後ろめたさありありな)。

 そんな彼女の前に予想外に姫川さんがやって来て、これまた予想外に姫川さんに説得され決意が揺らぎ、止めに僕にも説得されてとうとう本音がこぼれ落ちた。「ノーメイクとかマジ無理だから!」と。


「──今のままじゃ絶対に学校に行かないっていうのも本当。でも、一条いちじょうの言ったことにわかったって言ったのも嘘じゃない」


 まるで振り出しに戻ったような状況に混乱する僕に向かって黒川さんはこう言い、「それは結局どっちなんだ!?」と更に僕は混乱した。

 頭の中では「やはり黒川さんママを説得するしかないのか?」とよぎったところで、「でもそのための準備も時間もないぞ!?」と絶望的な結論がすぐに出たところだったから当然だろう。


「だから、今のままじゃあーしは絶対に学校に行かないから説得して、、、、。さっきみたいに説得してその気にさせたらいいじゃん。つーか、それしか方法ないから!」


「………………?」


「だ、か、ら、褒めるなり煽てるなりして機嫌を取るとか、お得意の恥ずかしいことを言って断りにくくしたらいいんじゃない!? はいスタート。制限時間はあーしの気が変わるまで!」


 数秒先には「はい終わりー」と彼女が言うかもしれないという焦りと、「な、なんか言わないと!?」とこの時は必死だったから気づかなかったけど、後から思い返せばこのやり取りは黒川さんからの仕返しだったのかもしれない。

 先に根を上げた彼女に僕が勝った気になっていたのだから、逆に黒川さんは僕に負けた気になっていて、結果こういう形になったのかなと思うからだ。

 最も、僕にとっては事態が最悪な形になったとしか言えない。僕は勝ったけど負けたのだ……。


「……そろそろ寝るから。じゃあ明日、、、、、学校で、、、


 結局僕の説得は黒川さんがこう言うまで続き、僕は直前に言ったものより、いつぞやのドーナツ屋の時より、酷く酷く自分の発言に後悔することとなった。

 それは「もう黒川さんとどんな顔して会えばいいのかわからないから学校に行きたくない!」と一人で言ったり。何てことを自分は言っていたんだと布団の中でひたすら後悔したり。何度も寝ようとするもこうして朝方まで寝れなかったりした。


 だけどその甲斐はあった。いや、あったと言い切る他にない。頑張った甲斐があったんだからよかったんだ!

 だって有紗ありささんからは「上手くいった」とメッセージがきたし(返事を返したけどその返事はこなかったけど……)。黒川ママからは「今日は遅くなっちゃったからまた今度ね☆」とメッセージがきたし。姫川さんには「黒川さんを頼みます」とメッセージを送ったらスタンプ一個(怒)が返ってきたし……きっと大丈夫な……はず……。


◇◇◇


「──おはよう一条君。一つ貸し、、だからね」


 眠気と精神的ダメージから机に突っ伏していたら隣から姫川さんの声がして、特に「貸し」という部分から強烈な圧を感じた。

 今朝はスマホがない黒川さんの代わりに姫川さんから「彼女は私が連れてくから先行ってなさい」と連絡がきて、その姫川さんが登校してきたのは一時間目終わりの休み時間。一時間目のノートはもちろん「貸し」もきちんと返さなければならない。で、それはそれとして……。


「黒川さんは?」

綾瀬あやせさんに預けてきたわよ。会いたいなら次の休み時間にしなさい」

「いや、それならいいんだ……」


 そんなことはもっともっとメンタルが回復し、その上で回復したメンタルと相談しないと無理だ。

 あー、僕はなんであんなこと言ったんだ! もっと言葉を選んでダメージを抑えるべきだっただろ!

 それなのに思いついたことをそのまま言っていたなんて、今すぐ家に帰って頭から布団を被りたい。


「昨日どんな手を使ったの? 私は今日彼女が学校に来るとは思わなかった」

「それは、その、」

「これだけ世話を焼いてあげたのに、私はちょっとした疑問を聞く権利もないのかしら?」

「うぅ……。だけど、その、これはちょっと……」


 姫川さんの言うことはその通りなのだが、現在進行形でダメージを受けているのに、それを語るのは無理がある。主に僕のメンタルが。

 そういうわけだからここは話を変える。どちらにせよ姫川さんに、、、、、聞こう、、、と思っていた内容に。


「姫川さん。話は変わるんですが、有紗さんは今日どうしたの? 高木たかぎくんも知らないって言うし、先生も何の連絡もないって言ってたんだよね。姫川さん何か聞いてたりする?」


 そう、有紗さんは今日学校に来ていない。

 もちろん僕が連絡したところで反応がないのはいつも通りだし、学校を休むこと自体もないわけじゃない。

 ただ、タイミングがどうも気になってしまうのだ。昨夜、、何かあったのではと考えてしまう。

 

「……まあいいわ。鯨岡くじらおかさんなら今日は休むってさっき連絡あったわよ。学校にも連絡したと思う。おおかた彼女も貴方と似たような状態なんじゃないの?」


「そ、それはどういう?」


「見たままの意味よ。自分の言ったことに対して悶えたり、自分のしたことに後悔して何も手につかないってところじゃない。そのせいで寝不足ってのもあるわね」


 それをわかっていて聞きてくるのはどうなんだろうと思ってはいけないのだろうか……。

 見て状態がわかるということは、裏を返せば必要な対応もわかるということで、なら「今はやめておこう」とはならないんだろうか?

 ……姫川さんはならないのか。そんな気がする。


「あぁ、あと帰りは貴方が彼女を連れて帰りなさいよ。必要なら明日の朝も自分でやってね。私は今日みたいなのはもう二度とごめんだから」


 姫川さんはそう言うと手早く授業の用意をし始め、間もなく始業のチャイムが鳴り、僕はなくならない眠気に加えて課せられた難題に頭も痛くなってきた。

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