第99話 建前ではなく本音で ③
まず黒川さんは僕たちではなく黒川さんママの方の案に乗り気なこと。その心変わりは黒川さんが暴れた今朝起きたということ。そして失敗に終わったはずの
以上のことから黒川さんの心変わりの理由を推理するに、黒川さんはママの言う通りにすることで
僕が見た二人の性質から考えるとこれが一番しっくりくる。しかしそれが
「──そろそろわかってくれた? 明日にだって
後ろめたいことがある黒川さんは自分に都合が悪いからといって電話を切ることはできず、その後ろめたさをなくそうとどうにかこうにか僕を納得させようとして必死だ。
だけど僕は僕で黒川さんの話に納得するつもりがないから話は平行線のまま続き、最早どちらが先に根を上げるかという勝負になって
「うん、そうさせてもらうよ」
「じゃあ、」
「だけどまた
「なんなんだ。どう言えば納得すんの!? 彼女がこれだけ頼んでんだから納得しろよ! 今日のオマエは美咲ちゃんよりたちが悪いぞ!」
やはり最後の手段だった黒川さんはとうとう普通にキレ始めた。これで彼女の
約二十分にも及んだ攻防を総評すると、黒川さんはすごく頑張っていたけど、こんな勝負なら僕の方に分があるというところか。
後ろめたさから逃げられないという縛りも黒川さんの足を引っ張っていたし、僕も伊達で真面目だと言われいるわけではないのだ。
「黒川さん。納得するには
「ぐっ……。だけど言ったら美咲ちゃん帰っちゃったし……」
会話の中でも姫川さんの話はちょこちょこ出ていて、なんとなくそうかなと思っていたのだけど、どうにも姫川さんは怒って帰ったというより呆れて帰ったという印象を受ける。
そうなると黒川さんママから得られる
例えばそうすることで欲しい物を買ってもらえるからという理由はあり得るけど、それで黒川さんがママの言う通りにするかというと微妙だろう。
何より黒川さんママはそうはしないと思う。
黒川さんママならもっと巧みに、もっと狡猾に、自分が黙っていても黒川さんが従うような形にするはずだ。その上で物……そんなのなくない?
「ねぇ、黒川さんがママの言う通りにしようとするのは交際を認めてもらうためとかじゃないよね?」
「はぁ? そんなのママが認めようが認めまいが関係ない。あーしは自分の意思で付き合ってるんだから」
この黒川さんの言いようはママの前でも変わらないだろう。そして姫川さんは怒ってではなく呆れて帰った。
……もしかしてこれはかなり
もちろん黒川さんにしたらとても大事なことで、黒川さんママにしても有効な手段であるわけだけど、姫川さんから見たらとてもくだらないのではないだろうか。呆れて帰るくらいに。
「つーか、そんな理由だと思ってたわけ!? そんなんであーしが裏切るわけなくない!? あんまし見くびんなって! そしてなんでか知らないけどオマエはママに気に入られている。そこら辺の心配はいらないから」
急に黒川さんの声が大きくなって思わず耳から離してふと思ったのだが、物って
黒川さん曰く「私を庇ってお亡くなりになった」物で。黒川さんママにしても非常に有効だろう物で。姫川さんからしたらくだらない物。これなら三人それぞれに当てはまる。
「そんなわけないと思うんだけどさ。ママの言う通りにする理由ってもしかしてスマホ? それを買ってもらえるから、とか?」
「……チガウヨ?」
「そうじゃん!? えっ、嘘、スマホが欲しいから裏切るの。僕もちょっと呆れるんだけど!?」
「はぁ!? じゃあ何か、あーしはスマホなしで生きていけって言うのか!? 連絡取るのにもこうやっていちいち家から電話しなくちゃいけなくて、外では一切連絡がつかないって、そんなヤツ今どきいないだろ。彼氏彼女はもちろん学校生活にも支障しかないぞ!?」
確かに不便であるのは間違いない。スマホを持っていない人というのも周りでいない気もする。黒川さんは友達も多いからなくては困るのもわかる。
黒川さんの気持ちはすごくわかる。しかしその理由はちょっと認められない……。
「あーしだってそんなつもりじゃなかった……。けど、『わかりました。もう好きにしなさい。はぁ……今週末は壊れたスマホをどうにかしてあげようと思ってたんだけどなぁー。でもまぁ
う、上手い。一切命令することなく言う通りにした方が得だと思わせてる。逆らった場合のペナルティを明言しない辺りも流石と言うしかない。
娘の扱いがわかっている黒川さんママらしい。
お金だけでなく手続きも必要な以上、僕にできることも言えることも少ないし、そういう意味でも隙がない。唯一僕にできることがあるとすれば……。
「黒川さん。ママがダメならパパに頼んでみない? 僕も同席してどうにかスマホの重要さを伝えるからさ。だからもう一度考え直してよ」
「パパなんてママの前では無力だよ……。パパがうんと言ったところでママに睨まれたら手のひらを返すに決まってる」
そうかなと思ってたけど黒川さんの家はママが強い! そしてパパは娘にも弱いから実は家で一番弱い!
黒川さんのこの言いようではパパは本当に望み薄なんだろう。だが、それしか手がないのならそうするしかないのだ。パパを味方につけるしか方法がないならそうするまでだ。
それに僕は学んだ。本音こそが道を開くのだと。
パパも今ここで黒川さんの意思を変えるにも結局それしかない。
「黒川さん。僕もあれこれ言ってきたわけだけど、結局そんなのは黒川さんが側にいてくれたらどうでもいいんだ。以前と変わらずに学校で君に会える。ただその実感がすぐ欲しくて。来週まで待てないんだ」
「昨日会ったじゃん……。足りないなら家に来たらいいだけだし……」
「そうなんだけど……」
一度言葉に詰まって言葉を考えてしまうと、「なんかすごく恥ずかしいこと言ってないか!?」ってなって、ここから、ど、どうしたらいいの!?
本音を恥ずかしくない本音に変換するのか!? 恥ずかしくない本音ってなんだ!?
「……わかった」
「待って! 今ちょっと恥ずかしくない本音に変換してるから、って、えっ、わかったって言った?」
「言った……」
わかったって、恥ずかしくない本音に変換するのを待ってほしいというのがわかったということ?
ではなく僕の恥ずかしい本音が伝わったということ、だよな。いや、別に恥ずかしくは……恥ずかしいです。すごく。って、そうじゃなくて!
「それは僕の言い分が通じたということですか?」
「そうだって言った。ほんっとに恥ずかしいヤツだな!」
「や、やっぱり恥ずかしいこと言ってた……」
「本当にどんな顔して言ってんだ!」
黒川さんの顔が見えないから言えていて、自分で気づいて恥ずかしくなったんだから、ちょっとそれは確認できないです。
しかし今黒川さんがどんな顔しているのかはすごく気になる。聞いたら怒るだろうか。
「黒川さん」
「スマホはそれでいいとしてもう一つ問題があります。つーか、こっちのが大問題だからな」
「……えっ?」
「美咲ちゃんには途中で帰ったから言ってないけど、実は化粧品の類が全部ママに隠されていて何もありません。これでは私はぜーーったいに学校にいきません。ノーメイクとかマジ無理だから!」
「…………えっ?」
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