第98話 建前ではなく本音で ②

 黒川くろかわさんママと有紗ありささんに通話アプリから追い出されました。再接続しようにも繋がりません。二人の携帯にも連絡したのですがそれも繋がらず、ここからどうしたらいいのでしょうか?

 手詰まりになった僕はそんなメッセージを送ってみた。そしたら返事はメッセージではなく通話で返ってきた。


「あっ、姫川ひめかわさん。送った通りなんだけど、どうしたらいいと思う?」

「知らないわよ! どいつもこいつも人の気も知らないで。私はもう本当に一切関知しないから!」


 すぐさま返事が返ってきたから姫川さんも気にしてくれていたのかと思ったら違った。逆だこれ。

 開口一番から苛々していらっしゃる姫川さんが言う「どいつもこいつも」とは、おそらくというかほぼ間違いなく僕や黒川さんママや有紗さんのことで、わざわざ通話してきたのは直接愚痴るためだろう……。


「えーと、ドウカシタノ?」

「……別に。関知しないという宣言以上の内容はないわ。私からはそれだけだから」


 二人分余計に愚痴られるかもと頭をよぎった僕の返しがよくないのか、言ったことで姫川さんの溜飲が下がったのかは定かではないが、急速に下がった怒りと共にやる気までが急速に下がってしまった。

 これでは怒られもしないが、かわりに助言も得られない。

 姫川さんなら何かしら助言をくれると安易に考えたバチが当たったようだ。当てが外れたな……。やっぱり自分でなんとかしないとか。


「ごめん。ちょっと当てにしすぎたみたい。じゃあ明日また学校で」

「何よそれ……。なら、斜め向かいの家のご主人みたいに帰りが遅いわけじゃないんだから早く寝たら?」


 ……なんだか姫川さんにしては妙な言いようだ。

 今のため息混じりの言葉に何か別な意味があるのだろうか? 斜め向かいの家ってたぶん黒川さんの家だよな?

 ならご主人というのは黒川さんパパのことで、帰りが遅いというのはまだ家に帰ってきていないということか? それがなんだと……あっ!


「なるほど。黒川さんパパはまだ帰ってきてなくて、黒川さんママも有紗さんと話しているということは、黒川さんは家に実質的に一人。そこで姫川さんが黒川さんに会って話してきてくれると!?」


「違う! 自分でやりさないよ。なんで私が何度も、、、そんなことしなくちゃいけないのよ。 ……とにかく、どう解釈するのも貴方の自由よ。それじゃあね」


「うん、ありがとう。助かったよ!」


 黒川さんパパが電話に出る可能性がないのなら怖いものはないし、黒川さんママの書斎に電話の子機は見当たらなかった。これなら黒川さんが電話に出る可能性は高い。

 口が回る有紗さんに加えて黒川さんの援護があれば、感触が悪くなかった黒川さんママ攻略の可能性も更に上がるだろう。

 何より黒川さんと直接話せるんだ。よし、そうとなれば急いで電話だ!


「……まったく。せいぜい、、、、頑張りなさい、、、、、、……」


 通話が切れる間際にそう聞こえて、「やっぱりなんやかんや姫川さんは優しいよな」と思う反面、「だけど良い人かと言えばそういうわけでもないんだよな……」とも思った。

 特にバランスが微妙な感じの黒川さんに関しては姫川さんの気持ちはよくわからない。

 僕にだけ向けられた言葉だったなら好意的に受け取れても、そこに黒川さんが入ってくると好意的にだけは受け取れないという具合だ。

 その上で姫川さんの言葉の意味はどちら、、、なのか?


「──履歴から黒川さん家の番号にかけて」


 それは電話をかけてみればわかることだ。

 というか、黒川さんが実質的に一人だという状況を教えてくれているんだから、今回に限っては好意的なものに違いない。違いない……。

 まったく姫川さんは本当に素直じゃないなー。っと、繋がった! 電話に出るのが黒川さんでありますように!


「はい、黒川です。どちら様でしょうか?」

「……く、黒川さん?」

「はぁ? えっ、あっ、一条いちじょう!?」

「よかった。黒川さんだった!」


 電話に出たのは一瞬黒川さんママにも聞こえたが黒川さんだった。本当によかった。

 実は黒川さんパパは普通に家にいて、電話に出てしまうという最悪の展開はなかった。

 姫川さん疑ってごめんなさい。そしてありがとう。


「いや、なんで家に電話してくんの。ママは!?」

「黒川さんママなら有紗さんと通話アプリで話してるよ」

「ならなんで一条は一緒じゃないの?」

「その通話アプリから追い出されたからかな」

「……なにやってんだ」


 本当に「なにやってんだ」と言われてもしょうがないていたらくだ。本来なら有紗さんではなく僕が黒川さんママと話していなければならないのに。

 だけど、だから今こうしているわけで。


「まったくもって情けない話で申し訳ないけど、通話アプリから追い出されたからこうして電話できてるからさ。情けないのも悪くないかななんて」


「……」


「黒川さん?」


 急に黒川さんからの反応がなくなったぞ。

 もしかして自ら情けないと言うのは黒川さん的にNGだったりしたのだろうか……。

 顔が見えないから表情がわからないし、黒川さんの性格上そんなことはないとも言い切れない。

 あ、謝るべきか? とりあえず謝っておこうか。


「一条。パパが電話に出るとは思わなかったの?」


「えっ、あぁ、それは姫川さんが遠回しにだけど教えてくれたんだ。黒川さんパパはまだ帰ってきてないみたいだって」


美咲みさきちゃんか。余計なこと、、、、、してくれたのは、、、、、、、


 ……なんだろう。黒川さんの言いようはまるで僕と話したくなかったように聞こえる気がする。

 そんなわけないよね。そんなわけない……。


「き、今日は大変だったみたいだね。黒川さんママは娘が駄々をこねたって言ってたけど、実際はそんなもんじゃないでしょう?」


「うん。泣いてもダメだろうから本気で暴れてみた。そしたらママは仕事に行かないし、でも家で仕事するからっていろいろ大変だった。 ……一条とのこともさっき聞いた」


「もしかして何か言われたの?」


「ねぇ、一条。あーし、来週から学校行こうと思うんだ。ママの言う通りに。といっても休みが明日明後日の二日間伸びるだけなんだけど」


 あぁ、そうか……。最後はこういうやつか。

 どうやら姫川さんの言っていた「せいぜい頑張りなさい」は裏表こそあるが意味はそのままだったらしい。そして「どいつもこいつも」には黒川さんも含まれていたようだ。

 どうりで姫川さんは開口一番からお怒りなわけだ。


「あとみんなには悪いけど調理部のやつも先輩が発表したんでいいと思う。あーしがやったんじゃ悪目立ち?するだけかなって。そんでしばらくは大人しくしておくのがいいんじゃないかな」


 おそらく黒川さんに会いに行った姫川さんは今の僕と同じようなことを言われ、姫川さんは黒川さんを説得することができなかったのだろう。

 その上で「お前にできるならやってみろ」というわけだ。肝心なことを教えてくれない辺りが実に姫川さんらしい。やっぱり人が悪い。


「──そういうわけだから」

「うん、まったく納得できないかな」

「よかった……うん? 今なんて言った?」

「黒川さん。僕は姫川さんと違ってその理由には納得できない。どうしても納得させたいなら僕が納得できる理由を述べてもらわないと」


 あと黒川さんママも人が悪い。相当に人が悪い。

 黒川さんママは黒川さんが駄々をこねた朝の時点で黒川さんを丸め込んでいたはずで。それをわかっていて僕たちと話していたんだから。

 しかし、黒川さんママは娘に何を言ったんだろう? 黒川さんが僕たち以上に揺れ動かされるものなんてあるのだろうか?

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