第97話 建前ではなく本音で
「
現在二十一時過ぎ。父から借りてきたパソコンで約九時間ぶりに
しかし、黒川さんママへの直談判(再戦)はまだ始まっていない。今はその条件である
「僕からも発言していいですか?」
「もちろん。本題に触れない
つまり今は黒川さんママの言った「次はもう優しくはしてあげないからね」には当てはまらず、かといって別に無言でいる必要もない
どうタイミングを探そうかと考えていたのだが、早々にチャンスが降って湧いてくれた。
ならば
「では、さっきは話さなかった僕自身のことを話そうと思います。僕は黒川さんとお付き合いするようになって女の子との接し方を初めて知りました。彼女という存在の距離感がこのくらいなら、そうでない女の子との距離感はこのくらいでいいんじゃないかと理解した感じです」
「……それで?」
「それに当てはめると黒川さんは彼女なわけですから
僕は思ってもいないことを言っていたわけではないし、調理部の成果を黒川さんの成果として発表するのが見当違いの間違いだとも思わない。
けど、それを剥がして後に残ったものの方が強いのも間違いない。これが自分の本音ということなのだろう。
「一条君ってずいぶん自分勝手なこと言うのね」
「そうですね。自分勝手です。でも、そういうものでしょう? だから失いたくなくて、望むようにいてほしいと思うんですよ」
僕は自分勝手ではダメなこともあれば、自分勝手でいいこともあるのだと思い知った。
前者は相手の気持ちをしっかり理解しなくてはなるない場合で、後者は相手の気持ちではなく自分の気持ちを優先すべき場合。
それをわかっているようでわかっていなかった。
だから気づかなかった。だけどようやく理解した。ならば同じ結果にはならない。
「──そう。なら、お昼に私が聞いたことに対する回答は? 君にはどのくらいの甲斐性があるのかしら?」
「申し訳ないですが現在のところ学生なので甲斐性はありません。ですが僕は黒川さんと真剣にお付き合いしていますし、黒川さんがこれまで通りに学校に通うためなら
その時々に応じて必要な自分勝手と、同様に常に存在する建前と本音。
これを今に当てはめると黒川さんママへぶつけるべきは、本音を隠した建前などではなく本音そのもの。僕が思うこと。自分の気持ちに違いない。
黒川ママからしたら自分勝手でも、黒川さんと一緒にいたいのだと気持ちを伝えるしかない。
「……考えたわね。正攻法で挑んで敵わないなら、それ以外のところで勝負するわけか。それも決して自分が負けない部分での勝負。こうなると機会を与えたのは間違いだったかしら……」
……なんか思っていたのとは違う反応だが、初めて黒川さんママから余裕が消えた気がする。
やはり本音をぶつければ道は開くものらしい。だが、その先は思っていたものとは限らないらしい。
しかし、
「一条君。君の気持ちはよくわかりました。でも、だからこそ
一瞬変な方に向かった気がしたが、余裕が戻った黒川さんママからは想定した問いがきた。
僕がこれに対して返せる言葉は多くない。
信用とは簡単に手に入るものではなく、だけど必要ならば絶対に得なくてはならないもの。
僕が今回その信用を得る方法は一つしか思いつかなかった。
「僕が言ったことを証明する方法は今のところありませんので、この先の僕の行動を信じてもらえたらと思います。僕に一回だけチャンスをください」
これしか正解はないと思う。
他に正解があったとしても思いつかなかったのだからないのと同じだし、他に信用を得る方法がたとえあったとして初彼女。初お付き合いな僕には難しいだろう。
ならば真面目と思ってもらっているのを利用するしかない、はず。
「ふふっ……もう……だめ。もう無理。我慢できない……。いえ
咄嗟に顔を逸らして取り繕ったところでマイクはしっかり音を拾ってしまっているのだが、僕は何事もなかったかのように振る舞う黒川さんママにどう反応すればいいのだろうか……。
こんな場合の想定はしていないのだが?
まさか本当に「幸せにするから娘さんを僕にください!」と言わないとダメなんだろうか?
いや、そんなこと簡単に言えるわけない!
僕は真面目にやっているんだ。真面目に返させてもらう。
「自分で言っていて自分で理由がわかっていないんですが、僕に対する
「あら、ウチの子たちはそこんとこ露知らずだから一条君もわからないと思っていたのに。油断したか……」
「だいぶ音も入ってましたけどね!?」
親子なんだから当然なんだけどやっぱり黒川さんと黒川さんママはよく似ている。だから気を抜くとつい黒川さんに接するようになってしまう。
特に時折見せる悪戯を多分に含んだ目が同じだ。
あとそのあとに見せる何か満足したような目も同じ。
「一条君は人を信用するにあたって何をもって信用とする?」
「急に難しいですね……」
「そう、とても難しい。だから私は
「行動……」
確かにその基準ならやらないのが信用から最も遠いということになる。
しかし、それなら僕はいったい何をしたのだろう? この黒川さんママに信用されるようなことに思い当たるようなことがまったくないのだが?
「わかりやすいところで
「いくらなんでもそれは、」
「でも、とても義理堅くて口で言うほど悪くはない。あの子は自分が思ってるほど悪に徹しきれないのよね。根っこのところは人一倍優しいから。そして信用を数えるのが下手」
例えという名の暴言を止めないとと思ったら続きがあって、その続きは姫川さんをしっかり理解しているように感じる。
姫川さんが口で言うほど悪くないのは(時と場合によるけど……)なんとなく気づいてた。
姫川さんにも切り捨てられるものとそうでないものが存在するのだと。それは彼女があまり見せない部分に関係するのだと。
「美咲ちゃんは私が何を重要視するのかわかっているのに、自分にそれを当てはめることができないのよねー。自分は信用してないんだから信用なんてあるわけないって感じかな。美咲ちゃんはそんなところが可愛いんだけどね」
「ますます僕への信用はどこから? 僕は姫川さん以上に覚えがないですよ。関係性もまったく違う」
「わからないわよね。別に隠すものでもないから教えてあげたいんだけど、楽しい雑談はもう終わりみたいよ?」
言われてパソコンの画面の端を見れば有紗さんの合流を伝える表示が出ている。
正直ものすごく気になるところなのだが雑談という括りであった以上は、人数が揃ったのなら優先するべきは本題。
この様子なら黒川さんママは後でも話してくれるだろうし、途中から入ってきた有紗さんに状況を説明するのはちょっと恥ずかしい……。
「通話アプリ使ったことなくて遅くなりました」
「待ち時間も退屈してないから気にしないで」
「……初めまして。
本来なら有紗さんの姿が映るはずのところは黒いままで音声だけが聞こえてくる。おそらくカメラを何かで覆い意図的にそうしているのだろう。
黒川さんママが認めるのなら構わないけどおそらく……。
「はい、初めまして。だけど約束が違うわよ。顔を見せてくれないと」
まあそうなる。単なる通話ではなくビデオ通話を利用してというのはそういうことだ。
「えぇ、
「……そうね。同じことを一条君とは昼にも話したし、あなたがその方がやりやすいなら異論はないわ。ごめんね一条君。そういうわけだから」
「いや、ちょっと」
ちょっと待ってと言う暇もなく僕だけが通話を終了され、黒川さんママに再接続しようとしても反応がない!
す、すごく気になるところだったのに……。
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