第96話 無理を言う ⑧

 僕が副会長に言った、「有紗ありささんが家に帰る途中に男の人に声をかけられたことがあったんです。僕はバス停まで一緒に帰ってましたからそれに居合わせて、なんやかんやその場を収めて有紗さんを家まで送り、その結果ご両親に深く感謝されました。終わり」というのは、省略してこそいるがあったことはきちんと語っている。

 だけど、副会長はこれに全然納得しなかった。

 省略せずに出来事を説明しろと。自分の納得のいくように説明しろと。予想通り僕に食ってかかってきた。


「──警察が必要だと思ったなら僕だって呼びました。訴える必要があると思ったらそうしました。ですが、有紗さんが必要ないと言うのを信じませんか? それとも嫌がられているところに嫌を重ねて更に嫌われてもいいと?」


 しかし、僕に副会長に話したことに対する責任はあれど、細かく詳細までを話す責任はないなと思ったので、僕は副会長の意見を無視することにした。

 具体的には副会長を黙らせることにしたのだ。

 僕は自分と副会長との思考が似ているという部分(本当に気づきたくなかった……)から、この件に関しては副会長を黙らせることは難しくないと思ったし、実際のところもまったく難しくなかった。


「副会長。有紗さんが触れられたくないことに追及なんてしたら間違いなく嫌われますよ。その結果、大嫌いでは済まなくなるかも……。たとえば、一切口も聞いてくれなくなるとか? 冷静になって一度自分の身で考えてみてください」


 副会長を黙らせた方法なんてかっこつけて言う必要はなく、僕が有紗さんに甘いように副会長もまた有紗さんに甘い。ただこれを使えばいいだけだった。

 最も簡単なところだと「嫌われますよ」とひとこと言えば、どーーしても彼女に嫌われたくない僕たちには効果抜群。小さくない躊躇いが生まれる。

 それと冷静にと口では言ってはいるが冷静さは欠いているし、理性も明らかに減少しているようだったので、煽る方向さえ間違えなければどうとでもできた。


「僕を信用しろとは言いません。ですが有紗さんを思う部分に関してだけ、、は僕たちの気持ちは重なる部分があるでしょう? えぇ、わかったらこの話は終わりにして体育館の中に向かいましょう」


 こうして副会長は上手く誤魔化されているとは気づかずに、当初の目的通りに僕と体育館の中へと向かった。

 無事に誤解は解け、いらぬ追及も回避。今回の僕はかなりの上出来だったと自分で思う。

 ただ、上手くいったという部分に一つ思うことがある。僕は今回気づきたくなかったことに気づいたために、冷静というか冷めた思考で副会長を見ることができたわけだが、普段は自分もこうなのかと思ったらちょっと引いた……。


◇◇◇


 副会長に話したことで当時のことを思い返したからだろう。あの日、、、を境に僕たちの関係は変わっていったのだと今になって気がついた。

 当時、女の子である有紗さんとの距離感を考えていた僕はここ、、を機に彼女と距離を置き始めたのだ。

 学校ではそれまでと変わずに振る舞っていても一緒に登下校することはなくなったし、付き合う友達のグループも完全に異なっていった。

 そしてそれは彼女からも同様で、そうやって出来上がったのが今の僕たちの関係だ。

 外側だけが綺麗なまま残った歪なもの……。


「ちょっと驚いただけだから……。本当に大丈夫だから……。私が覚えてないだけであの人は私のこと知ってた。こんなこと大事おおごとにしたくないの……。だから誰にも言わないで。お願い」


 あの日。普段と変わらずに高台の下のバス停で別れたはずの彼女の悲鳴のような声が聞こえて、慌てて駆けつけた僕はまさに副会長が言ったようなことを言った。だけどそれを大丈夫そうには見えない彼女に止められたのだ。

 きっと有紗さんは自分のせいでお父さんに迷惑がかかるとそればかりを心配していて、冷静ではなかった僕はそんなことに頭が回らなくて男の人に食ってかかった。


 この男の人というのは市議である有紗さんのお父さんに話があった人で。それが上手くいかなかったから見覚えのあった有紗さんに声をかけて。だけどそれも上手くいかなくて感情的になって少しやりすぎてしまった人。

 とはいえ、割って入った僕の感情的で幼稚な言葉でも自分の間違いに気づける人でもあった。

 でなければ僕一人でどうにかできているわけがない。もっと大事になっていただろう。


 その後は「大丈夫だから」と言う有紗さんを強引に家まで送り、彼女の気持ちを無視してあったことを彼女のお母さんに話した。

 それで僕は大いに感謝されて気を良くして、副会長に言わないでと言われたのだけを実直に守り、あの日に僕は彼女から何か、、を失っていたのだろうと今更になって気がついた。


「なんでそうやって私を置いていくの……。私には必要ないから? 勝手に自分だけで納得して……。自分勝手なのはどっち。本当にそういうところが大嫌い!」


 僕は自分のしたことを間違いだとは今も思わないが、彼女の気持ちをまるで考えなかった。

 翌日からは送り迎えしてもらうようになった彼女に安心して、「お兄ちゃんにだけは絶対言わないで……」という言葉だけを聞き入れた。

 彼女は友達が大勢いて人気者だからと決めつけて、何を言われたわけでもないのに勝手に距離を置いた。


 ……あぁ、これでは自分勝手と言われても仕方ない。大嫌いと言われてしまっても仕方がない。

 彼女は大丈夫だと自分がいくら思っても、どれだけ周囲からそう見えていようとも、そこには彼女の気持ちはない。本音が欠けている。


◇◇◇


「──たぶんね。有紗ちゃんも黒川くろかわさんのお母さんも、一条いちじょうくんに言って欲しかった言葉があったはずなんだ。それは綺麗事じゃなくて本音からの言葉だと思うな」


 それが建前ではなく本音ということ。

 だとすれば黒川さんママとの会話は建前ばかりで本音は存在していない。あったはずなんだけど本音は一つも言えてない。

 だって僕の本音なんて「黒川さんと一緒にいたい」これ一つに集約してしまうのだ。

 こんな自分勝手な理屈が通じるのか? どう考えても通じるわけがないと思うのだが?


「何で一条くんにこんなこと言うのか? うーん……サービス。かな? 私の思いは黒川さんに託したから。勝手にだけど……。だから私のことなんて気にしなくていいんだよ。でも有紗ちゃんのことは違う。それは一条くんが本音を言って聞いてしないとダメ」


 佐々木ささきさんには感謝しかない。彼女とこんな話をすることがあるとは思わなかったけど、だからこそ彼女の言葉が本当の言葉なんだという実感がある。

 彼女には自分では気づきもしなかった有紗さんへの答えももらった。次に有紗さんに会ったら本音とやらをぶつけてみようと思う。ただ、


「黒川さんのお母さんが言って欲しかった言葉はね。幸せにするから娘さんを僕にください! これだと思うな」


 これは違うと思う。いくらなんでも突飛すぎる。

 佐々木さんがこんなふうに話してくれるのが嬉しい反面、彼女までが僕をからかうようになってしまったと半分ショックだった……。

 だけど、欠けていたものは全部埋まった気がしている。だから今度はきっと上手くいく。

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