第95話 無理を言う ⑦

「おいおい、一条いちじょう君。有紗ありさに嫌いって言われたって。それも大嫌いって!? うわー、可哀想に。それは本当のやつじゃないか。本気も本気のやつだよキミ!」


 ……そもそもは話を振った僕が悪いのだろう。

 だが、この人もこんなに大きなリアクションをする必要はないはず。いや、ない。

 どこのコメディアンなんだと思うほどの、身ぶり手ぶりを交えたオーバーなリアクションは絶対に必要ない!


「そっかー。とうとう愛想を尽かされたかー」


 加えてすごく嬉しそうなのもかなり頭にくる。

 リアクションだけでだいぶ頭にきているところにこれだ。そんなに僕の不幸が嬉しいというのか。

 いや、その通りなんだろう。わかりやすく溢れ出ている嬉しさがその証拠だ。

 確かに有紗さんからこの人(兄)以外の嫌いなものが出たことはなく、僕は今回そこに加えられてしまったわけだけど、最も嫌われているこの人にどうこう言われる筋合いだけはない!


「そう言われたんです。もういいでしょう!」

「いや、待ってくれ。つまりそれは、一条君。辛いもの。ボクの順で嫌いってことだろ?」

「有紗さんは兄に次いで二番目にって言ってたから一番はあなたですよ。勝手に僕を一番にしないでください!」


 僕は二番目に嫌いと言われはしたがそれは人物の中での話かもしれないし、そうなれば間に辛いものが入る可能性だって大いにある。なんなら他の嫌いなものがさらに間に入り、人物では二位でも総合的にはもっと下になる可能性だってあるのだ。それなのに一位確定の人に順位なんて決められてはたまらない。


「それこそキミに気を使ってじゃないのか? 考えてもみろ。本人を目の前にお前が一番嫌いだとは言い難いだろう?」

「有紗さんははっきり言うからそんなことないと思います。それにあなたは嫌われてるのがわかりきってるんですから、今さら何位でも大差ないでしょう」

「……やめようか」「やめましょうか……」


 自分で言ったことの自身に跳ね返ってきたダメージ(大)と、改めて現実を突きつけられた副会長(兄)とのダメージは同じくらいなんだろう。

 だからこそのかつてないこの人との同感。しかしそうだ。一番でも二番でも大差はない。

 それが事実だというところこそが問題なのであって、問題に対して僕たち二人が言い争ったところで不毛。

 会話するのならせめて意味がある、、、、、内容を話すべきだ。

 

「──副会長。話が逸れてしまったので改めて言いますけど、僕は黒川くろかわさんとお付き合いしています。そして有紗さんとお付き合いしていたことはありません。これが嘘偽りのない事実です」


 これが僕がこの人にする最も意味のある話だろう。

 どうして僕と有紗さんが付き合っていると勘違いしていたのかも気にはなるが、何よりまず伝えなければならないのはこれだ。

 勘違いなんだと理解してもらわなくてはこの人との話はできないし進まない。


「……一条君。ボクは妹が恋愛したいと言うのなら相手を自分が選びたいとさえ思っている。もちろん妹には妹の気持ちがあり、そんなことを言うボクへの扱いはそれはそれは酷いものだ。それでもそう思っている」


 それが副会長が僕によく絡んできた理由。

 要するに有紗さんにできてしまった彼氏(勘違い)を認めたくないがための行動……。うん、こうはなりたくないな。

 しかし、理由を知ってからなら様々な場面がそう見えてくるから不思議なものだ。僕たちがそう見えないのもそう振る舞っているからだと思っていたのかなんて考えてしまう。ただ、


「それは知ってます。ただ、あなたの扱いという話なら原因はそれだけじゃないと思いますけどね」


 原因はもっといろいろあると思う。

 二人と接するのが学校だけの僕からでも「あれだろう」と思うところが少なくないのだから、家でも一緒の有紗さんからは山のように出てくるに違いない。

 最も有紗さんはそれをいちいち指摘したりはしないのだろう。そのくらいには副会長は嫌われている。


「一条君、何か知ってるなら教えてくれよ。ボクはどうしても妹からの好感度が欲しいんだ!」

「だから話を脱線させないでください。どうして大事な場面で真面目にできないんですか!?」

「今のはキミが話を脱線させたんじゃなくて!?」


 ──あれっ? 待って。ちょっと待ってくれ。

 今のやり取りでふと思ったのだが。ふと嫌なことを思ってしまったのだが……。

 もしかして僕とこの人との思考回路は似ていたりするのか? どちらともなく話が逸れるのはそのせいだったりもする?

 体育館からの逃走ルートや有紗さんからの嫌われ方。他にも思いつくだけで似ているところがいくつもあるような……考えるのをやめよう。


「……あとにしましょう。付き合っているというのは勘違いだというところからやり直しましょう」


「わかった。ボクはキミの言葉ではなく妹の態度を信用しよう。妹が大嫌いだと言えばそれは間違いなく本当だからな。そしてキミからボクにそれを言う意味もないからだ。しかし、その上で一つ聞かなくてはならない」


「あなたが僕たちが付き合っていると勘違いした理由ですね?」


「そうだ。有紗は肯定も否定もしなかった。だからボクはそれ以外の要素からそうだと判断した。その最も割合を占めたのが親がキミを評価していたからだ。特に母だな。父は名前を聞いて「あぁ」と言う程度だったが母はキミを相当評価している。この理由はなんだ? 何があった?」


 そういうことか、、、、、、、あの時、、、のことだ。

 有紗さんは親の手前もあって僕のことを否定しなくて、副会長はそれを肯定と受け取ったんだ。

 でも有紗さんにしたら恋愛とは関係のないところの話で、でも副会長はそこに結びつけるしか正解が見えなかった。やはり全ては勘違い。

 でも、言っていいのか? 二重にあとが怖い気がする……。


「……言えないのか?」

「いや、言えないわけじゃ……」

「じゃあボクに聞かれては困るのか?」


 どうしよう。有紗さんには絶対言うなと釘を刺されているが、今の僕たちは最低限の友達関係すら破綻しているようなもので。

 副会長に言うこと自体は簡単でもそのあとがだいたい想像できる。僕から聞いたと言わないでというのも僕しかいないのだから使えないし。

 ……言って落ちる信用はないが、言わなくては得られない信用はある、か。


「予め約束してください。僕から聞いたというのは絶対言わないこと。あともう終わったことなんで一切詮索しないこと。もしこの約束を破れば僕はもちろん家族からも非難されますからね」


「わ、わかった。約束しよう」


「有紗さんが家に帰る途中に男の人に声をかけられたことがあったんです。僕はバス停まで一緒に帰ってましたからそれに居合わせて、なんやかんやその場を収めて有紗さんを家まで送り、その結果ご両親に深く感謝されました。終わり」


「おい、終わりじゃないだろう! あとどういうことだ。なんでそんなことをボクが知らない!? いや、相手の男は。ちゃんと警察に突き出したのか!?」


 こうなるから僕は釘を刺されたんだ。

 しかし、言ってしまったからには後には引けない。この人をどうにか、どうやって黙らせよう……。

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