第94話 無理を言う ⑥
こ、怖かった……。まだ心臓がバクバクしてる。
目の前の扉が勢いよく開き、目が合うなり思いっきり睨まれたことも。足が動くのが一瞬でも遅ければ逃げきれていなかったことも、こ、怖かった。
あの人のあの感じは
しかし、理解がある姫川さんと違って彼女には理解がない(あるのかもしれないけど僕は見たことがないからないと思う)。だから彼女は幅広く恐れられているのだろう。
「──やあやあ。
同じ部の先輩後輩とはいえ
あの剣幕であの人だ。なくはない。むしろかなりある。何もないほうがおかしい……。
も、もしそうだったとしたら僕のせいだぞ。どう責任を取ればいいんだ!?
「──えっ、嘘。この至近距離で聞こえてない? わけないよね! ボクらの仲なんだからそう邪険にしなくてもいいじゃないか。
佐々木さんに誠心誠意の謝罪はもちろん、いや、こうなってしまったからには
生徒会繋がりからか結ちゃんとは仲が良いみたいだし、僕の知る唯一対抗できる人材でもあるし。
よし。そうと決まれば急いで結ちゃんのところにいこう!
「──ほ、本当に待って。いくらなんでもこの距離で無視することなくない!? ボクはそれだけのことをしたのかもしれないけど、それも全ては理由があってのこと。せめてその理由を聞いてから判断しても遅くないだろ。むしろそうするべきだよ」
僕は体育館から飛び出した勢いのまま壁つたいに全速力で
そして鮮明な恐怖体験に震えていたところ、この人がどこかから湧いて出て、なんのつもりなのか手を掴まれている……。
「いったいどこから湧いて出たのか」
「湧いて出たとは失礼な! ボクは最初から
副会長が「その陰」と指差すのは体育館のホールに繋がる短い階段。こちらから見て陰になっている部分だと思われる。
確かにあそこに隠れていたのなら湧いて出たわけではないのだろうが、それならそれで様々な疑問が出てくる(別にどうでもいいんだけど)。
「とりあえず手を離してくれますか?」
「うん。まさか知ってる顔が現れるなんて思ってなくてね。なんか嬉しくなって。ごめんね」
「いえ、じゃあ僕はこれで」
「うん、じゃあね。じゃない! こんなところでどうしたのかだろう」
そんなの本気でどうでもいい。この人がどこで何をしていようが心底どうでもいい。いちいち掴まないでもらいたい。
……とはいえ、
「あなたはこんなところで何を?」
「おぉ、話を聞いてくれるのかい!」
この人は僕と
体育館に縁のなさそうなこの人が、こんな人気のない場所で、放課後にいったい何をしていたのか?
まぁ、覗きだろうな。十中八九間違いない。
「ク……副会長。今日って女子部の活動日ですよね。覗きですか? とりあえず結ちゃんのところに行きましょう。僕が不純な目的で副会長が体育館を覗いてたと証言しますから」
「話を聞いてくれない!?」
「話は結ちゃんの前で聞くことにします。ほら一緒にきてください」
「ち、違う。ボクは
……な、なんだと。つまりは僕と同じ。彼女に追われたところまで一緒だと? しかもこの人は僕と違って上級生かつ副会長なのに?
なんて使えない&頼りない人なんだろう。いや、待てよ。そうだ。この人の肩書きは副会長じゃないか。
「清水書記に睨まれた上に会長にも睨まれるなんてごめんだ。あの二人を同時に相手取る。これがどれほど恐ろしいことかキミならわかるだろ!?」
繰り返しになるが僕はこの人のことなど心底どうでもいい。だが、肩書きだけ見ればこの人がかなりの権力者であることも事実。
なら同じ生徒会かつ下級生である彼女に話をつけるくらいできるのではないだろうか?
別にそれでこの人がどうなろうと知ったことではないし、むしろどうにかなってもらいたいまであるが、それはそれとして可能性があるという話だ。
最悪。僕が佐々木さんを助けるまでの囮にでもなればそれでもいい。
「クズ、じゃなかった副会長。ちょっと頼みたいことがあるんですがいいですよね?」
「今のをスルーしろと!? そしてボクに拒否権がない感じだ!」
「嫌なら結ちゃんのところにいくだけです」
「卑怯だぞキミ!」
この人にだけは卑怯とか言われたくないし、裏切りの前科があるこの人に拒否権なんてあるわけがない。
もし嫌だと言うならそれまでだ。どっちにも突き出す。
「それでボクに何をしろと?」
「大したことじゃありません。僕と一緒にきてボランティア部の部長とちょっとお話ししててくれればいいだけです」
「……
「聞きました。それに僕も彼女に追われたからここにいるんで」
「えっ、それなのにボクにそんな無理を言うの?」
副会長は信じられないものを見る目で僕を見るが、黙ってどっちにも突き出さないだけましだと思ってもらいたい。
虎か龍か選ばせてあげるだけ僕は優しいと思う。
これが
「参考までに聞くがキミは何かやったのかい?」
「……何も。僕が好き好んで彼女に近づくと?」
「だな。快く思われていない相手にわざわざ近づくキミじゃない。でもなぁ。さっきの今だしなぁ」
「僕って快く思われてないですかね?」
「そりゃあ思われてないだろ。新設の部を作ったキミを彼女が快く思っているわけがない。キミが活動に真面目じゃないところもマイナスだ」
部活動に真面目じゃないのは僕に限った話しではないと思うが、自分が作った部に真面目じゃないというのは僕だけだろう。
もし彼女が去年から生徒会にいたらeスポーツ部の設立は難航していたのかもしれない……。
「まあ少しの間なら何とかなるだろう。ところで彼女の注意を引いてキミは何を? その目的を聞いておかないといざという時にフォローできない」
「なんか急に真面目すぎません? もしかしてまた裏切る気ですか。前までいったら僕を売るとか」
「おいおい、失敗した場合ボクも被害を被るんだぞ。そうならないための確認だよ。それに彼女に快く思われていないのはボクも同じだ。キミを裏切ったところで彼女が見逃してくれるわけもない」
前科のあるこの人を一ミリも信用してはいけないが、この人が言うことは概ね同意。僕以上に快く思われてなさそうだ。
それは結ちゃんからも、
そんな人を利用して本当に大丈夫なのか?ではなく、快く思っていない相手というところだ。
「……こんな機会はないと思うから聞くんですけど、僕があなたに快く思われていない理由ってなんですか?」
僕がこの人を快く思わない理由ならわかる。だけど、この人
決して僕がそうだからというわけではないのだ。この人は最初からそうだったのだから。
それを気にしたことなどなかったし、こんなこと機会がなければ聞こうとすら思わなかっただろう。
「──うん? ボクがキミを気に入らない理由かい? それは妹のことしかないだろう。妹と仲良くする男。それも付き合っていることをひた隠す男だ。どこに好かれる要素がある?」
「……うん? 付き合ってって交際してってことですよね。僕、有紗さんと付き合ってないですけど? 黒川さんとお付き合いしてますし」
「またそうやって。そんな嘘にボクが騙されると本気で思ってるのか? いい加減にしろよ」
「いや、嘘もなにも。なんなら昨日大嫌いって言われましたけど……」
「マジ?」
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