第92話 無理を言う ④
今の僕と
高木くんは今朝、「何かあれば言え」と言ってくれていたし、仲間内の話でもあるからか協力も快諾してくれた。
そして授業も全て終わって放課後。いよいよだ。
間もなく指定した場所である
「
ほら、高木くんがきた。
僕が振り向けばそこに有紗さんがいる。
「高木くん。ありがとう──」
結局、彼女に言うべき言葉は時間いっぱい考えたけど見つからなかった。ただ謝ってもダメだと自分自身で思う以上、言葉は絶対必要なはずなのに見つからなかった。
だけどそこで諦めることもできないから、今はそれらを棚上げして協力
僕が今の有紗さんについて確信を持てるのは、彼女は
加えて何も有耶無耶にはしない。きちんと互いが納得できる形にする。だから今だけは協力してほしいと頼む。これでダメならその時は……。
「──あり、って、あれ? 有紗さんは?」
意を決して振り返ったら有紗さんの姿はなく高木くん一人だけだし。そういえばその高木くんもなんで後ろから(実習棟側から)現れたんだろう?
先回りするためにここまでのタイミングとかは全て高木くんに任せたわけだけど、昇降口から真っ直ぐきたなら正面から(校舎側から)現れるのが普通だろう。
「
「そ、そう。なら高木くんは何でそっちから?」
「鯨岡が実習棟の前で言い出したからだろ」
「なるほど」
察するに高木くんは部活に一緒に行こうと有紗さんを教室から連れ出し、外に出てからちょっと話があると言ったわけだ。
これだとトイレに行くなら校舎に戻るより実習棟に向かう方が近いとなり、先に体育館裏に行っててとでも言われたのだろう高木くんは近い方からやってくるとなる。
少し考えればあり得るのにそういうハプニングにまったく頭がいってなかった……。
とはいえ、有紗さんがきていないのだからまだ対策が間に合う。
「一条。お前が真剣な顔してたから俺は黙って言われた通りにしたわけだが、このシチュエーションは正直どうかと思ってる。 ……おい、何をしてる?」
「有紗さんが現れた時に僕がいたらその時点で逃げられちゃうかもしれないじゃん? だから隠れておこうと思って」
「お前が隠れてたら本当にシチュエーションが
「ちょ、なんで!?」
気づいた問題に対処しようと木の陰に身を隠したら、すぐに木の陰から引っ張り出された。
僕は堂々と真ん中に立っているよりはるかにいいと思ったからそうしたのに、高木くんはいったい何が不満だと言うのか?
「どうも何だかわからないって顔してるな。なら言ってやるから考えてみろ。体育館裏に話があると言って呼び出す。これは見方によってはどういう意味を持つと思う? ちなみに呼び出した相手は仲が良い異性で、向こうは自分に対して気があるかもしれないって情報も足して考えてみろ」
「……告白したりされたりする?」
「正解だ。逆のパターンもあるだろう。お前のことを伏せて鯨岡を呼び出したわけだが、どうも様子が
「有紗さんが告白するつもりってこと?」
「そう断言はできないが可能性もゼロじゃない。だからお前は見えるところにいて、鯨岡が来た瞬間にその可能性をゼロにしてもらいたい。俺の気持ちに変化がない以上あっては困る事態だ」
姫川さんいわく仲の良い男女のグループというものは恋愛に発展し難いものらしい。仲が良いから恋愛に向かうのではなく、仲が良いからこそ恋愛には向かわないのだと聞いた。
だから姫川さんは男女のグループに進んで入っているし、仲が良いふり……アピールもするのだと言っていた。
そして高木くんの危惧するところはグループ内の恋愛によってグループ内に影響が出ること。
仮に上手くいったとしても最終的にはダメになると姫川さんは言っていたし、そもそも結果がダメだった場合の影響というのは僕にも容易に想像できる。
クラスの中心である高木くんたちのグループの亀裂はクラス内にも間違いなく影響すると……。
高木くんたちのグループは男子三人に女子二人。
僕が知ってる恋愛事情は高木くんから姫川さんへの線と、姫川さんから聞いた有紗さんから高木くんというもう一本の線。
個人的には高木くんがいくらカッコよかろうと「そんなわけない」と言い切りたいところだが、有紗さんは高木くんの姫川さんへの告白を
これを姫川さんはグループ内の亀裂を気にしてではないと断言しており(その時の姫川さんはブチ切れていたけど)、そんなことをする理由は恋愛事情以外にはないと言った。
恋愛事情に詳しくない僕に姫川さんの言うことを否定する材料はなく、有紗さんが行ったことの裏付けもあることから、「有紗さんが高木くんのことを」という話を僕は一応は納得した。
だが、この納得はかなり渋々で、機会があれば高木くんに直接聞いてみようと思っていたことがある。
僕は自分が信じられないことを納得するためには、直接情報を得て本当なんだと理解するしかないらしい。
「高木くんは有紗さんのことをどう思ってるの?」
「普通に友達だと思ってるさ」
「でも有紗さんは女の子だよ?」
「それでも友達だと思ってるし思うよ」
「姫川さんのことは恋愛対象として見ているのに?」
……なんだろう。今言ったのと同じようなことを自分が前に言われたことがある気がするな。
僕はそれに高木くんと同じ返しをした気もする。友達だと思っていてはダメなのかと言った。言った……。
「痛いところを突いてくる。だけどそういうものだろ。俺の場合はクラスでグループができる前からの話ってところもあるが、何でもイコール恋愛に結びつくわけじゃない。繰り返すが鯨岡のことは友達だと思ってる」
「……そう」
「それに俺は鯨岡は
「藤村くん?」
「あまりお前の前でしたい話ではないがこの際だ。藤村は黒川に振られたわけだが、その辺りまで鯨岡はそう見えた。部活に陸上部のマネージャーを選んだのもそうだからだと思ってたしな」
黒川さんはまったく気にしてないみたいだし、僕も藤村くんと上手くやっていたから気にしないようにしてた。高木くんから言われなければ気にしないままで済んでいただろう。
でも一つわかった。ずっと不思議だった有紗さんの部活には理由があったのだ。
いくら結びつくわけじゃないと言っても、理由の方を理解してしまうと結びつけたくなる。
「──違うから! そんなことないから!」
「有紗さん」
「鯨岡。お前いつから」
「ち、違うの、そうじゃないの! 違くて。とにかく違うからーーっ!」
何に対する否定なのかとか。いったいどこから聞いていたのかとか。有紗さんは僕たちに答えることなく、なんというかかなり混乱した様子のまま来た方に向かって走り出す。
走り出す? ……逃げられた!?
「ほら、僕がいたから逃げられたじゃん!」
「だったらどの道こうなったんじゃないのか?」
「そんなことは……。とにかく僕追いかけるから!」
「そうか。頑張れ」
急に適当なことを言う高木くんに構わず、どっちにいたのかわからなくなる前に有紗さんの後を追う。
まるで昨日の焼き回しのようで、なのに今日は追いかけられる。
これは追いかけなくてはならないからなのか。同じ後悔を繰り返さないためなのか。たぶんどっちもだ。
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