第91話 無理を言う ③
昼休みは始業間際に教室に滑り込むことになったから話しかけることができず。授業が終わったタイミングで
「ずいぶんと気に入られたのね……」
姫川さんからは当然。呆れるか怒るかの反応がくるだろうと思って身構えていたのに、意外というかなんだか妙な反応が返ってきた。
こういうのを肩透かしを食ったと言うのだろうか?
しかし、言っちゃ悪いが今の話のどこにもそんなところはなかったはずだ。いや、絶対になかった。
「あのね。姫川さんが言うようなことは、」
「……」
そんなところはなかったのだからそう言い返そうと思ったけど、なんか姫川さんがいろいろな感情が混ざってるいるような複雑な顔をしているからやめようと思う。
姫川さんとは昨日の今日というのもあるし、先ほど時間は有効に使うべきだと学んだばかりだし。
この休み時間も短いのだから脱線せずにいこう。
「か、からかわれたの間違いじゃなくて?」
「からかわれた。ね」
「そうそう。からかわれたんだよ」
付け加えて無理を言われただけ……。
察するに黒川さんママに気持ちを変える気は最初からなく、あの時間は姫川さんに頼まれたから僕に付き合ってくれただけだったのだろう。
そして会話の中で見つけていたからかいのポイントを、これ幸いとばかりに有効活用することにしただけ。別に気に入られたわけではないと思う。
「それも気に入られたからでしょう。あの人、気にいなければ相手が誰だろうとばっさりいくわよ。例えば娘の担任とかね」
「確かに。それと比べられると僕はずいぶんマイルドに扱われた気はするけど」
だが、あの時の黒川さんママは正しくそういう時の黒川さんと同じ顔をしていたのを忘れてはいけない。あれはからかう際の顔だ。
僕が普段の経験からそう思うんだから間違いない!
しかも黒川さんママは黒川さんと違って、向こうが常に優位であるから僕は完全に受け身になるしかなく、その性質上黒川さんよりずっとたちが悪い。
だから気に入られたなんて言われても実感はまったく湧かないのだろう。
「私からはずいぶん
「えっ、うん。でもそれは黒川さんから僕のことを聞いてたからじゃないかな? 黒川さんパパだって僕のこと知ってたし」
「それはない。あの子、貴方のことはナイショにしてたのよ。タイミングを見て話すつもりだったみたい。だから昨日は驚いた。私も黒川さんも一条くんのことを何も喋ってないのにって」
なら僕のことはどこで知ったのかとか。
黒川さんは僕のことを隠していたのかとか。
どちらも非常に気になるところだが今一番重要なのは、姫川さんの言うことが本当ならあのからかいは
黒川さんのからかいには僕を
なら僕は黒川さんママに試されているのだろうか?
僕と
しかし、僕の反応を見てそれが難しいんだと気がついたから、難しいことと理解した上で僕がどうするのかを試すことにしたというのは……あると思う。嬉々としてやりそう。いや、実際やられたのだ。
「もしかして僕って何か試されていたりする?」
「いい線いってるんじゃない。あの人、娘以上にそういうとこあるわよ」
黒川さんが僕を試すのは(やり方はこの際置いといて)、僕が信用できるのかを探るためだろう。
仮に黒川さんママもそうだったのだとして、黒川さんママは僕の何を探りたいのか?
その答えは黒川さんとは違う意味で僕が信用できるのかどうかだろう。彼氏として相応しいのか相応しくないのかと考えられる。
「それにしては内容がハードというか。まあ自分のせいなんだけど。黒川さんママも難しいんだって気づいたならちょっとは優しくしてくれない、のか。次は優しくないって宣言してるもんね」
「そういう人よ。私としては面白くない限りだけど今その話は置いておくわ。問題はこれからどうするのかだもの」
「うん……」
僕が試されていようとなかろうと問題がある。
一つは黒川さんママは自分で言っていたが、僕たちのプランが失敗しようと黒川さんママは何も困らないということ。
だからこそ取り付けた条件の難易度は難しくても簡単でも構わないし、条件が達成されなければ本番の前に終了にできるだけの話であり、仮に本番があったとして妥協する必要も配慮する必要もないわけで。
しかし、その場合も僕への期待はしっかりなくなるという問題。ううん、大問題だ。
そして問題はもう一つ。昨日の今日で有紗さんを連れていくというのは難しいということ。
こっちは何をどうすればいいのかわからないし、話しかけようにも挨拶から先の言葉が見つからない。
この状況で事情を話して協力を得るのは無理。不可能だ。
しかしそれでは本番前に終了になってしまうわけで……。
なら僕たちの間に入ってくれる人と思っても、全ての事情を知っているのは姫川さんくらいで、だけどその姫川さんには頼めない。
何故なら有紗さんが最も恐れているのは姫川さんに
有紗さんの昨日の反応はそういうことで、ここ数日の反応もそこに関係するんだろう。
誰だって友達に嫌われたくはない。大事なほど余計に。僕だってそうだ。
「──で、この後どうするの? 私はもう一度話を聞いてあげてと頼むつもりでいたんだけど、」
「えっ、姫川さんもう一回黒川さんママに頼んでくれるの!? ぜひお願いしたいです!」
「話は最後まで聞いて。頼むつもりでいたんだけどもう無理よ。条件を出されたなら従うのが唯一の方法よ」
「な、なんで?」
瞬く間に感情が浮き沈みした僕とは対照的に、複雑な表情以外は変わらぬ様子だった姫川さんはため息のように息を吐き、なんて言うかを考えているようだ。
その間に授業の開始を告げるベルが鳴る。
「
そう言って姫川さんは教室に戻っていく。
姫川さんの言葉が意味するのは、姫川さんも有紗さんが恐れていることを理解していて、そこにつけ込む真似もそう見える行動もしないということだ。
どうやら僕が思う以上に姫川さんは有紗さんが嫌いではないらしい。
「「……」」
姫川さんの後に続いて教室に入ると、こちらを見ていた有紗さんと一瞬目が合ったが、目線はすぐに外され何も読み取れない。
彼女は今日も普段と変わらずに振る舞っているがその内心はどうなんだろう? いつ僕たちが本当のことを喋るかとびくびくしていたりするのだろうか?
……わからない。でも考えるしかない。
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