第90話 無理を言う ②
「──はい。話を聞いた感想を率直に述べるなら、発想と立案は評価するにしても、リスクを負ってまで
画面越しであろうとこうも緊張してしまうのは。
この緊張感は黒川さんパパの前で感じたものと同じか、一人だからか強く感じる気さえする。
おかげで心が休まる暇はまったくないが、黒川さんとよく似ている黒川さんママの前でも、ボロを出さずにやれてもいる。
つまりこの緊張感は悪くない。絶対に切らすな。
「リスクを考えていないわけじゃないです。黒川さんのことを全員が良く思うわけじゃないのもわかっています。その上での案です」
そしてボロを出さないのは当然として、言葉にも詰まるな。弱みを見せるのもダメだ。
ここまで黒川さんママと話してみて実感したことだが、注意事項として
最後まで弱みを見せずに虚勢を張り続けろ。
「ねぇ、
「いえ、何も間違っていないです……」
黒川さんママは間違ったことは言ってないし、僕が言うことをきちんと全部聞いた上での反論。
黒川さんを全校生徒の前に上げるリスクがあるのは間違いなく、僕たちがあると信じる成果の方は黒川さんママにリスクを持ち出されると弱い。
そして思いの強さが同じだからこそ理解できてしまう。
黒川さんママは本当に黒川さんのことを考えていて、だから同じく思う僕たちの話に耳を傾けてくれて、だからよりリスクのない方を選ぶのだと……。
「でも、引き下がれないです」
「それは何故? その理由を是非とも聞いてみたい」
「総会での調理部の発表に黒川さんが関わらずに来週から登校してきた場合、みんなの黒川さんを見る目は変わっていないから。それを変えるために僕はこのプランを実行したい。もしそれで足りないなら僕が全力でフォロー、いえ、責任を取ります!」
どちらにせよ全力でフォローするけど、今の僕のフォローでは足りない場合もあるだろう。
その場合。望んでそうしたいわけではないが、黒川さんへの見る目が変わらない人がいて、それが黒川さんへの中傷になるなら今度は容赦しない。
僕は僕が使えるものを全部使ってでも反撃する。責任を持って中傷の芽を底から刈り取るつもりだ。
……とはいえ、それは本当に最後の手段で。そうならないためのプランで。そうならないためのこの直談判だと忘れてはいけない。
ここが上手くいきさえすれば後の道筋は見えているんだ。何としても黒川さんママの心配するマイナスより、プラスの方が大きいんだと思ってもらわないと。
そのためには僕の彼氏という立場も使って本気さを伝えなくては。
「なるほど。責任ね。その責任というのは
「は、はい。そう思ってもらっていいです」
「ふーん、」
そのためは黒川さんママに僕を認めてもらうことが大事で、それはお付き合いをこの先にも続けるためも必要なことだ。
お付き合いしていく上でも引くという選択肢はない。
「そう。私は交際自体に口を出すつもりはなかったんだけど、責任という言葉を口にするのなら言わせてもらいます。仮に一条君の言うようにして全部ダメで、美雪はそのうち学校に行かなくなって留年。最悪の展開として学校を辞めてしまった場合、一条君はどう責任とやらを取ってくれるの? 当然養ってくれるのよね? そのためには働かなくちゃいけないわけだけど、君が高卒で働いたとして年収は? スキルもろくに無い中で何の仕事をして、どのくらいの稼ぎが得られるのか教えてちょうだい」
「……はい?」
「えっ、まさか遊びで付き合ってるの!? その程度の覚悟もないで美雪と付き合っていて、あまつさえ責任なんて言葉を口にしているというの!? そんなっ……」
「待って、待ってください! いきなりすぎてちょっと驚いただけで!」
「じゃあどうなの? 待ってるから答えてください」
黒川さんママの突然の緩急についていけない。
いや、責任と言ったのは僕だし黒川さんママの返しも話に沿ってはいる。内容もお付き合いする上でどこかで考える必要があると僕自身も思っていたことと変わらない。
けど、こんな急に聞かれても答えられない。
そういう意味では繋がっている内容のはずなのに別な話だ。下手なことは言えないともきてる。
その上で僕はなんて言うのが正しいんだ……。
「──あら、もうこんな時間。娘が駄々をこねて出勤できなかっただけでなく、流石に講義に穴を開けるわけにはいかないからこれで終わりね。一条君も授業に遅れないようにね」
「えっ、ちょ、そんな勝手な!?」
「最初の数学トークが長かったみたいね。ダメよ、時間がないのに相手がしたい話をさせて時間を使っちゃ。あとは
黒川さんママはパソコンの前にある資料を手早く片付け、通話状態のままで画面の外からホワイトボードを引っ張り出し、書いてあったものを消し始める。
まだ声は届く。でも黒川さんママに言われたことへの答えも、直前の言葉への理解もない。
この状態で言えること。できることは一つしかない。
「も、もう一度チャンスをください。それまでに解答を用意するんで!」
「えー、わたし忙しいし、ちっとも困らないんだけどなー」
「そこをなんとかお願いします!」
黒川さんと似ているなと感じていたものがここにきて強まっただけでなく、今の黒川さんママは
これはあれだ。僕をからかう時の顔だ!
「そうね。アリサちゃんって子を連れてくるならもう一回チャンスをあげようかな。私もお話してみたいのよ。聞いた限り口の回る子みたいだし、一条君はちょっと真面目すぎてつまんないし」
「……いや、それはちょっと……」
「うん? アリサちゃんって子は一条君の友達よね?」
「どうしてそう思うんですか?」
思わず思ったことをそのまま声に出してしまった。これじゃあそうだと言ったのと同じだ……。
しかし、黒川さんパパから昨日のことを聞いただけで、迷うことなくそう結びつけることができるだろうか?
まずは黒川さんの友達だと思うのが普通だろう。
「美雪からは聞かない名前で、リンちゃん美咲ちゃん関係かもしれないけど、一条君を他の誰よりも前に出て庇った。誰と仲がいいかと考えると君でしょ。そうなるといろいろ
「……」
「あっ、ついに黙った。じゃあ決まり。アリサちゃんが一緒ならもう一度話を聞いてあげる。繰り返すけど私は別に困らないからチャンスはあげるけど、次はもう優しくはしてあげないからね」
すでにもう優しくはないと言いたいが言えない。
有紗さんを連れてこいと言うのなら僕はそうするしかないのだから。
とはいえ、黒川さんママは無理を言う。
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