第89話 無理を言う

 今現在。黒川くろかわさんに感じるものこそが僕の「好き」であり、有紗ありささんに同じものを感じたことがあるかといえばノーになる。

 でもそれはそこに結び付かなかった、至らなかったというだけで、決して彼女に対して何も感じなかったわけではないのだ。


 恋愛という意味での「好き」でないなら、彼女の良いところは沢山言えるし、魅かれるところもいくつもある。

 このことから僕が彼女を魅力的だと思うのは確かで、これを「好き」と捉えることもできるだろう。

 僕の恋愛観を一番理解している黒川さんですらそう見えたのなら、他の人からもそう見えたはずで、もしかすると有紗ありささんからもそう見えていたのかもしれない。


 だけど、僕自身はやっぱり違うと思うのだ。

 黒川さんとお付き合いしている今だからこそ違うとわかる。たぶん「好き」の種類が違うと。

 その違いを日本語で表現するのは難しかったけど、英語にするとわかりやすくなった。英語だと同じ「好き」でもライクとラブで意味が違うからだ。

 つまり僕の「好き」は黒川さんへの「好き」がラブで、有紗さんへの「好き」はライクになる。

 これが僕にとって「彼女はなんなのか?」の答え……。


◇◇◇


「最初に言い出したのはあーしだけど、単なるlikeとは違うと……。もういい、この話は終わり。これ以上聞いてたら美咲みさきちゃんのようになってしまう。だから終わり!」


 昨日の夜。自分から有紗さんのことをどう思っているのかと聞いてきたはずの黒川さんが、僕が喋るごとにイライラしていくのは目に見えてわかった。

 その様子は正に病院での姫川ひめかわさんのようで、二人の似たような反応は嫉妬、、によるものなんだと気づいた。

 僕から有紗さんに対する感情への嫉妬。「彼女を好きなんじゃないのか?」という感情が作用した結果。これは彼女たちの好意、、が転じたものだ。


「おい、一条いちじょう。何やってる! あのバスを逃すと遅刻だぞ。ほら、走れ。姫川も鯨岡くじらおかも気づいたなら声をかけろよ」


 今日の朝。駅前で黒川さんを待っていた僕に気づき、遅刻すると声をかけにきた高木たかぎくんのこれも好意から。または親切、、心から出たもの。

 そうでないならたとえ気づいたとしても、距離があった僕のところまでわざわざ来はしないだろう。

 往復するには時間もギリギリだったし、下手するとバスに間に合わなかった可能性もあった。僕と顔を合わせたくない彼女たちように気づかないふりをすることだってできたはずだ。

 それでも高木くんが動いたのは無視はできないと思ったらから。放ってはおけない、、、、、、、、と思ったら。


「一条、黒川は!? ……悪い。一条なら知ってると思ったんだ。昨日の様子からまさか学校に来ないなんて思わなくて……」


 一時間目が終わってすぐに僕のところに来た綾瀬あやせさんのこれは心配、、から。その心配は友達としての好意や親切から生じたもの。

 綾瀬さんは「また明日ね」と、僕には「明日いつものところに」と言ったのに現れなかった黒川さんへの心配。あるいは不安、、と言うのかもしれない。

 前日に会っているだけに余計に心配で、大丈夫そうだったから余計に不安。混ざり合ったそれらは相手のことを思うほどに大きくなってしまうものらしい。

 だけど、僕と綾瀬さんはその気持ちを共有できたからこそ大事には至らず、冷静になって次に進むことができたのだろう。


「ごめんなさい。わからないわ……。てっきり私はもう二人で登校していると思ってから。それなのに貴方は黒川さんを待ってて……。今日彼女がどうしたのかはわからない。ごめんなさい」


 朝は僕を避けていた姫川さんのこれは好意。または善意、、から。

 ばつが悪いはずの姫川さんだが、黒川さんが言っていたように昨日は自分が悪かったと思っているからこそ答えてくれたのだろう。

 どんな状況だろうと嫌なら嫌だと姫川さんは言うはずで、そうしないのはそれに勝るものがあったから。僕はそれを善意と思った。

 付け加えると姫川さんにも黒川さんに思うところがあるように見え、黒川さんの感情は実は一方通行ではないのかもしれないとも思った。


つかさ、無理を言って聞いてきました。黒川さんの親御さんから娘を来週から登校させると連絡があったそうです。それは黒川さん自身も知らなかったことなのでしょう。それともう一つ……。明後日の生徒総会にテレビが入ることになりました。私たちが思う以上に先方は今回の企画に力を入れていくということらしいです」


 先生に黒川さんのことを聞きにいくも、上手くはぐらかされてしまった僕たちの無理を聞いてくれたゆいちゃんのこれは心配と不安から。

 流石に僕でもこの結ちゃんの感情はわかった。

 何事も完璧な結ちゃんが意外とアクシデントには弱いというのは前から思っていたことだけど、今回のアクシデントがちょっとでは済まないと結ちゃん自身が感じていたからだろう。


 しかし、事故の報告書もまだない中での黒川さんの両親の判断は何も間違ってはおらず、企業側の期待が想像より大きいというのも本来なら嬉しい誤算なはずだ。

 問題は用意したプランが全て台無しになる可能性が出ただけでなく、その可能性はかなり高いものだということ。そうなった場合の結末が見えないということ……。


「司、私は当日の黒川さんの代わりをするつもり、、、で動きます。その場合の進行役は綾瀬さんに頼むことになるでしょう。春馬はるまは代わりがいませんから動かせません。真希絵まきえにはテレビの対応をお願いするつもりです。鯨岡副会長は変わらずフリーにするつもりですが、それは当日何かしらのフォローは必ず必要になるからです。生徒会に余裕はない、、、、、、、、、。わかりますね?」


 それでも。生まれた狂いがどの程度なのかわからなくても、口では余裕がないとは言いながらも、必要最低限の結果を出すくらいは普通にやってみせるのが結ちゃんだ。

 そんな結ちゃんを僕が心配する必要はなく、いや、これは信用、、と言うのだろう。

 僕は結ちゃんのことを信用している。

 そして僕も結ちゃんに信用されている、、、、、


 だからこそ結ちゃんは「手伝ってくれ」とも「余計なことをするな」とも言わなかったのだろう。

 その上で要約された「わかりますね?」を解読すると、「最低限の結果は私が補償するから、お前はお前でプラスになる結果を出せ」ということだ。

 ……ここぞとばかりに無理を言うな。

 いや、実際には言われてはいないのだが無理を言う。言わなくても伝わるのだから同じことだ。


 まあ、期待されているのならそれに応えなければならないし、実はやる事もあまり変わらない。

 僕がここで動けば結果に影響が出るのは間違いないけど、黙っていることはできないのだから変わらない。影響がプラスになるようにするだけだ。


◇◇◇


「初めまして一条君。急なアポ取りでしたが可愛い美咲ちゃんの顔を立ててあげました。しかし申し訳ないけど忙しいので時間には限りがあります。一条君も午後の授業があるわけだから昼休みの終了までね。さて、その時間の中で望む結果が得られるといいですね」


 スマホの画面に映るのは昨夜、、と同じ背後に大きな本棚がある部屋。そして、そのパソコンの前に座っているのは同じ黒川さんでも違う人、、、

 顔は似ているけど髪の色が金髪ではないし、瞳の色も黒川さんではなく僕たちと同じ色の女の人。

 その人は平然と無理を言いながらにこりと笑ってみせる。


「……時間ないよ? あぁ、わたくし黒川千秋ちあきと申します。美雪みゆきの母です。職業は一応研究員かな? 大学で客員教授もしてるけど頼まれてやっているだけだから本業ではないから。ところで一条君は数学好き?」


 予め姫川さんに指示されたように心の準備は整えた。僕はきちんと感情、、を理解できているはずだ。

 姫川さんにレクチャーされたこともきちんと頭に入っている。だけどこれは……。


「やりにくい……」

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