第88話 僕にとっての彼女とは ⑩
「ふーん、なるほどね。わかったわかった。要はしなくていいことして、言わなくていいこと言って、
自分がいない間の出来事から今日の帰りに起きた出来事までを聞き終えた、スマホの画面越しに見える
最初の電話だった時は特に何も感じなかったのに、黒川さんの要望で通話アプリを使用してのビデオ通話に切り替えたところから。表情が見えるようになったところからそんな気がしている。
病院での上機嫌はいったいどうしてしまったのか……。
「そういえばさ、そこはお父さんの部屋なの?」
「違うよ。ここはママの書斎。あーしはパソコン持ってないし、使えるパソコンあるのここだけだから」
「そ、そうなんだね。僕もパソコン持ってないよ。必要な時に父から借りるんだ。あっ、でも
しまったー、てっきり黒川さんパパの部屋だと思ってたら違った。黒川さんママだと!?
黒川さんから聞く話や傘の件などからのイメージと部屋が違いすぎて完全に予想外だ。
おかげで話題の変更に失敗というか自分で終わらせてしまった。思わず結ちゃんの名前まで出してるし!
「「……」」
お、落ち着け。冷静にだ。動揺を悟られるな。
黒川さんは前にママはサラウーマンって言っていたじゃないか。なら別に有り得ない話ではない。
それが抜け落ちていたのが失敗だっただけだ。
なら次は黒川さんママの部屋だと理解した上で、背後に見える大きな本棚に話題を変え、
「つーか、どうでもいいこと言って誤魔化すな。他に何か言うことがあるんじゃないの?」
スマホが壊れている黒川さんが家の電話を使用して連絡してくるところまでは予想できていたけど、キャッチが入ると面倒だからと急いで通話アプリを使えるように用意させられたところから予想外。
てっきり黒川さんパパの部屋だと思っていたら実際はママの部屋だったことも予想外。
おまけに黒川さんまで機嫌が悪いのも合わせると、予想外が連続しすぎて対応が追いつかないし、今日の黒川さんはいつにも増して容赦がない!
表情と声色から察するにものすごく怒っているみたいだし。
「──誤魔化してるわけじゃないよ。本棚に難しそうなタイトルの本とか、英語のタイトルの本が並んでるから実は最初から気になってたんだ」
僕は言い訳するつもりがないからこそ全部正直に喋ったし、聞いた黒川さんが笑って許してくれると思っていたわけでもない。
しかし、しかしだ。せめて少しでも怒りを和らげてから怒られたいと思うのはいけないことだろうか? 一日に二人からキレられている僕ならそのくらい許されてもいいはずだろ?
いくら僕が有罪でもそのくらいの情状酌量は与えられるべきだと思う。いや、与えられるべきだ!
「ふーん、あくまでしらを切るわけか」
などというのは黒川さんの反応を見るにダメなのだろう。僕の返答にすごく怒っていらっしゃる。
これをこのまま続けると黒川さんにもキレられそうだから、話題を変更するのは諦めて潔く頭を下げよう。
そして前言も撤回して言い訳も辞さない構えに変更させてもらおう。
「ごめんなさい! でもあれは
「……何の話? 美咲ちゃんとの恋人ごっこなら知ってたけど。そういう条件だったし」
「そう。まずはその名称がよくないと、って、えっ、知ってたの? いや、知ってたの!? 姫川さんそんなこと一言も言わなかったんだけど!?」
あれが黒川さん了承の上で行われていたなんて知らなかった。まさかだ。思ってもみなかった。
つまり姫川さんは僕が黒川さんと連絡が取れないのをいいことに黙っていたのか?
ルールを設けても僕はかなり後ろめたかったというのに、自分は最初から全部知っててやっていたなんて。 ……うわぁ、姫川さんらしいけど性格悪い。
僕だって予め知ってたら……もしかして成立してないのか? 少なくとも姫川さんは面白くないだろう。
「美咲ちゃんが教えるわけないじゃん。それじゃあ何も面白くないよ。あー、それとね。美咲ちゃんが機嫌悪いのは概ね自分の問題だから
「遊んでって……。黒川さんは嫌じゃないの? 僕が他の女の子と遊んでたら。僕はちょっと無理かも」
「相手による。美咲ちゃん以外だったらリンちゃんだろうと殺意が湧くかもだけど、美咲ちゃんだったら特別に許す。もちろん超えてはいけない線はあるからな! ごっこ以上のことをしたらどっちもコロス!」
そう言われてもわかったとはすぐには言えない。
姫川さんは友達として大切だと思っているけど、だからこそお付き合いしている黒川さんのことをより大切だと思うから。
その信用を損なう可能性があることをわざわざしたいとは思わない(必要性と緊急性があった恋人ごっこは例外とする)。
「一条。あーしにとって美咲ちゃんはどうしたって特別になっちゃう。理由は大したことないんだよ。でも嫌いだって言われても顔を合わせることがある以上は放っておけない。気にしないのも無理。どうしたって気になるし放っておけない」
「?」
「わかんない? あーしにとって美咲ちゃんのそれが、一条にとっての
「それは……」
黒川さんが怒っていたのは恋人ごっこにではなく、僕と有紗さんのことについてだったらしい。
そして黒川さんは姫川さんを特別だと。放っておけないと。気にしないのも無理だと言う。
それは正にさっき有紗さんに思ったことと同じだ。僕は彼女を放ってはおけなかったし、気にせずにはいられなかった。
だけど、その理由が僕はわからない……。
「美咲ちゃんの言うように有紗ちゃんに好意があるわけじゃないんだと思う。そんで美咲ちゃんは口が裂けても絶対に言わないから、あーしからサービスして言うけどさ。 ……一条からはどうなの?」
「僕から?」
「わかる。好きな子がいなかったから隣の席の最も仲がいいと思う美咲ちゃんにラブレターを出した一条だ。わかるんだけどかなりイラッとする」
「それはどういう?」
「オマエはあの子のことが好きなんじゃ、いや、好きだろ。そうとしか考えられない! そのくせ特別扱いして、いや、特別扱いしすぎてるんだ。神聖視って言ってもいい。だから恋愛対象には上がってこないし、特別扱いだけがずっと続いている」
僕が有紗さんのことを好き? そんなはずない。
確かに特別扱いしている自覚はあるけど神聖視は大袈裟すぎるし、恋愛対象に上がってこないと言うけど友達を普通そんな目で見ないだろ。
これは
つまりそんなわけがないのだ。ない。
「そんなわけないって顔してるな。なら、嫌いだって言われてガチで凹んでるのはなんで? それ普通に考えてオーバーな反応だぞ」
「それは友達だから」
「友達ね。でもそれは友達が女の子って部分が抜け落ちてるだろ。あーしが思うに前にも今と同じようなことを聞かれて同じように答えたことがあるだろ。例えば『二人仲良いね。付き合ってるの?』とか」
「……ないよ?」
「嘘をつくな! どうせそれを自分一人で悪い方に解釈して、自分一人で勝手に納得してあの子から離れたんだろ。オマエはそういうやつだ。 ……なんとかしろよ。こっちはもっと長い時間かかったんだ。無理だとは言わせないから」
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