第86話 僕にとっての彼女とは ⑧
「じゃあまた明日ねー。バイバーイ」
「うん、絶対声かけてね。バイバーイ」
長居してしまったレストランを後にしエントランスを出て、病院の駐車場とバス停へそれぞれ別れる間際。こちらに向かって手を振る
そんな最後まで元気な二人と自分を比べると、すっかりしょんぼりしてしまった黒川さんパパと同様に、僕にも手を振り返すような元気はない……。
「ウチらは学校に戻るから。
「うん、気をつけてね。
綾瀬さんは放り出してきてしまった服装検査が気になるし(ちゃんと代わりを頼んできたというのに真面目だ)、結ちゃんにお見舞いの件も話したいとのことだ。
僕はそんな気分ではないので綾瀬さんに全部任せようと思う。そして大人しく家に帰って、黒川さんからの連絡を待とう……。
「大丈夫かお前? 黒川にも言ったが物理的に力になれることがあれば言えよ。物理的に力になるから」
「うん、ありがとう。でもこれは物理的に解決できる問題じゃないから……」
頼りにはなるのだろうが若干不安が残る発言の箱崎さんは、部活終わりの
というのは理由としては半分で、雅親に黒川さんとのことを話したいという、もう半分の理由も存在するのではないかと思う。
そう思うのは「少し代わってくれ」と僕に言い、黒川さんと二人で話をした箱崎さんの雰囲気が前後で違ったからだろう。
聞き耳を立てるような真似はしなかったから二人の会話内容こそ不明だが(そんな場合ではなかった……)、それでも戻ってきた箱崎さんは何かすっきりとしたような顔をしているように見えた。
理由があった箱崎さんを黒川さんが許すのは予想できていたけど、どっちにとっても上手く和解できたみたいでよかった。本当によかった。そっちは。
対してこっちは和解のわの字も見えない。
黒川さんからの報告を待ったのち誠心誠意謝るか、または黒川さんが少しでも宥めてくれるのを期待するしかない状況だ……。
「──なになに、みんな学校に戻んの? んー、なら私も学校に戻ろうかな。帰るにしても全然早いからねー」
一番前に出て手を振っていた有紗さんだが、こっちの話はしっかり聞こえていたようだ。
そして有紗さんも学校に戻るなら帰るのは僕一人。だったら別にバスに乗る必要もない。
駅まで三十分くらいはかかるだろうが歩こう。
帰りたいけど急いで帰りたいわけではないし、歩くことで少しは沈んだ気分も変わるかもしれないし……。
「何言ってんの。アンタは責任持って一条を駅まで連れていきな」
「はぁ?
「全部アンタの
「え、えーっ!? い、意味わかんないよー」
見事に有紗さんにやられ(押し切られ)、やっぱり会計もさせられてしょんぼりした黒川さんパパ。
充電の効果が出ているのか後半非常に上機嫌だった黒川さん(有紗さんとも意気投合していた)。
そして綾瀬さんの言うように有紗さんのせ……車で帰る黒川さんと一緒に帰るために駐車場へと歩いていく
姫川さんは黒川さん家の前の家なんだから、ついでに送っていってもらうことに何ら不思議はない。
明日から黒川さんが学校にくる以上、姫川さんとの恋人ごっこも今日で解除になるのだからここで別れるのも好都合だろう。
……問題は最後に地雷を踏んでしまったことだ。
しかも地雷を踏んだのは僕ではなく有紗さんで、しかし有紗さんではなく僕への態度が過去一番くらいに
そりゃあ黒川さんが完全に復活したというのに姫川さんと一緒に帰ったり、二人でどこかに寄ったりするのは黒川さんに罪悪感を感じて無理だったかもしれないのだが。
それとは別にさっきの姫川さんはなんかもう謝ってどうにかなるレベルじゃないっていうか、普段とは怒りのベクトルが違っているふうにすら感じた。
つまりは姫川さんに対して打つ手なし。
その背中を黙って見送ることしかできない。
あとは黒川さんに期待するしかないのだ……。
「──なるほどね。ワタシのせいじゃないか。なら、アンタが代わりに会長に報告しにいくか? 初日だから副会長も残ってるはずだし、当然発案者の顧問もいるけどな。こっちを代わってくれるなら代わってくれていいけど?」
「うっ、それは絶対嫌だけど……」
「なら一条を駅まで連れてけよ。どうせ帰り道は一緒なんだから。黒川は大丈夫だとか言ってたけど絶対に大丈夫じゃないだろこれ」
「で、でも、一緒って言っても私は帰りは駅までいかないし! 駅までいって帰ったら遠回りなんだよ!?」
確かに有紗さんの家は駅の近くではあるのだが家が建っているのは駅の裏側になる高台の上だし、行きは駅からのバスに乗っても帰りは高台の上までいくバスに乗るから駅にはいかない。
有紗さんが駅にいく僕に付き合っていたら遠回りだし、綾瀬さんには申し訳ないが僕も一人で帰りたい。
「綾瀬さん。僕一人で大丈夫だから。それに有紗さんのせいじゃないし」
「ほらー、凛子ちゃん何言ってんの。私のせいなわけないし。むしろ一条には感謝されるべきだしー」
「……なら二人で学校に戻って会長に報告してきてくれ。ウチがこのまま帰るから」
たとえそうするにしても一人いれば足りることなのに、綾瀬さんは僕たち二人でと言う。
まるで綾瀬さんは僕たちを二人しようとしているようにすら、いや、そうしたいのか……。
でも、それは困る。彼女と二人きりで、彼女を目の前して、どんな顔をすればいいのかわからない。
「そんなのどっちか一人でいいじゃん。私が帰るから一条学校いってきてよ。で、私は凛子ちゃんと一緒に帰ればいいと、」
「さっきは何も知らない人たちがいたから黙ってたけど、アンタらいつからそんななの? 一条はさっき以上に有紗に何も言わないし、アンタはアンタでわかっててやってるよな。姫川さん怒らせたのワザとだろ?」
「…………」
有紗さんなら簡単に否定できるはずなのに黙ったということは、やっぱり綾瀬さんの言っていることが当たっているからなんだろう。
有紗さんは意図的に姫川さんを怒らせた。
その理由までは理解できなくても
彼女が敵視しているのは僕だ。間違いない。
「……わかったよ。わかりました。私が一条を駅まで送り届けます。
「ウチらに話すつもりはないわけか」
「べつにー、凛子ちゃんに話すことなんて何もないだけじゃん? ほらいくよ。私らバス停向こうだからね」
そう言うと有紗さんは駅に向かうバスに乗るべく横断歩道の方に向かって歩き出し、やれやれといった様子で綾瀬さんはそれを見送る。
……僕の気持ちとか意見とはないのだろうか?
この二人は人の話を、いや、僕の話を聞かない気がする。かと言って言い合いでは敵わないとなれば。
「まったく。もう少し素直であってほしいよな」
「まあ、有紗はあれが平常運転だろ」
「一条も一条で甘やかしすぎたんじゃないの」
「まあ、一条もそれが平常運転だから」
名前を呼ばれて一瞬どきりとしたが気づかれたわけではないみたいだから、このまま綾瀬さんたちから離れてしまえば、
「あれっ、一条は? 」
「!?」
「ちょっと、なんでついてきてないの!?」
「!?」
僕は振り返った綾瀬さんと走って戻ってきた有紗さんから逃げ出した。
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