第85話 僕にとっての彼女とは ⑦
「ほら、大丈夫だったでしょ?」
「うん……」
先にみんなのところに戻った
機嫌が悪い姫川さんから僕と黒川さんとのことを聞いた黒川さんパパという、僕にとってかなり絶望的な状況にはなっていない。
僕は危機的な状況だと思ったからこそなりふり構ってはいられず、直前まで腕から離れてくれなかった黒川さんをくっつけたまま、急いでここまで戻ってきたのになんだか拍子抜けだ。
いや、困りはしないんだけど。むしろ安心したんだけど。それはそれで姫川さんが不自然に思えるわけで……。
「──と、学校としても私個人としても今後は対応していくつもりです。ですので、先ほどのような
「……アー、」
「そこは『あー』じゃないでしょう。『はい』でしょう! 私は
未だにプレゼン?している綾瀬さんと有紗さんは黒川さんパパの左右に陣取り、一度テーブルを離れた姫川さんはさっきまで有紗さんが座っていた奥側に、それもテーブルの端ギリギリに座っている。
姫川さんのあれはおそらく
つまり姫川さんに言い訳……話をしようと思ったら、あそこを横切るか回り込むしかないわけだけど、どちらも可能な限り遠慮したい。
何故なら触らぬ神に祟りなしだからだ。
もちろん二人が黒川さんパパにしている、もはやプレゼンではなくなっていると思われる話の内容は非常に気になるが、それはそれこれはこれだろう。
僕はヒートアップしている今はダメだと思う自分に従う。
しかし、そうなると姫川さんにも近づけない。
黒川さんは楽観視しているのか話す必要はないと言うが、僕はやっぱり経緯を話しておきたい。
誤解されて困るわけではなくても、時と場合というのはあると思うのだ。そして先ほどのは絶対に時と場合を間違っている。
それに、どうにも姫川さんが
「──わかりました、わかりましたから! もう勘弁してください!」
「何がわかったの? 私にはわかったふうには見えないから、何がどうわかったのか言ってもらっていいですか」
「ミ、ミサキチャン、助けてください。ヘルプ!」
「姫川さん? いつの間に。じゃあ一条たちも」
綾瀬さんは周りが見えていなかったのか、言われて始めて姫川さんと僕たちに気づいたらしく、プレゼンの資料(僕から奪った)を片付け始め。
有紗さんも同じく僕たちに気がついたはずだが、黒川さんパパに詰め寄るのをそのまま続行するらしい。
ああなると有紗さんは自分が納得するまで止まらないし、黒川さんパパには大変申し訳ないが助けを求める相手も悪いと言うしかない。
あと、そんな方法もここにはないと言うしかない。
「アリサチャンをどうにかしてください!」
「……」
「ミサキチャン!?」
呼ばれた姫川さんは一瞬だけ黒川さんパパの方を見たが、すぐに顔を正面に戻し、何事もなかったかのように箱崎さんと喋り始めた。
姫川さんに黒川さんパパを助ける気はない。
そして、確かに目が合ったのに黒川さんパパ同様に無視されたことから、僕と話す気もないようだ。
こ、困った。本気で姫川さんの機嫌が悪いぞ……。
「──ねぇ、そういえばリンちゃんたちは何をやってるの? あの紙なに?」
「ああ、あれは生徒総会で発表する大手コンビニと調理部とのコラボ商品の資料だよ。実は夏休み前から話が進んでたらしくてね。それが今度の学園祭で先行販売されることになって……──ってそうだ!」
「なに、どうしたの?」
黒川さんのお見舞い。有紗さんと綾瀬さんの不仲。黒川さんパパとの邂逅。素っ気ない黒川さんになんだか不機嫌な姫川さんと、いろいろありすぎて重要なことをすっかり忘れてた!
何を差し置いても一番に優先するのはこっちだった。これを黒川さんに話さないとだろ。
……姫川さんには後で謝るということにして、まずはこっちを黒川さんに話さないと。
「実は黒川さんには調理部の代表として総会でその内容を発表する役をやってほしいんだ。
「……イメージ?」
「う、うん。黒川さんの悪いイメージを変えるきっかけに、ううん、必ず変わると思う。調理部の人たちのように、企画の担当者の目に留まったように、見た人たちもわかってくれるはずだから。綾瀬さんそれ貸して!」
僕は結ちゃんから話を聞くまで調理部の活動内容を知らなかった。黒川さんの調理部でのこともだ。
結ちゃんの趣味の延長線にあるんだと思ってた調理部を、ただお菓子を作って食べてしている部だと僕は思っていた(実際のところ黒川さんが調理部に入るまではそんな感じだったらしい)。
でも、結ちゃんに入部させられた調理部でその活動を見た黒川さんが、「もったいない」と言って調理部を変えたんだ。
黒川さんはSNSに調理部の活動記録を上げ、過去の活動記録も上げ、それはもうSNSの力を十二分に発揮させた。
始めた黒川さんに最初にどのくらいの考えがあったのかは本人に聞かなければわからないが、その結果はすぐに現れ、思ってもいない結果も出た。
SNSを見たコラボ商品の担当者から学校に連絡があったのだ。「コラボ企画に興味はありませんか?」と。
それを黒川さんは「めんどくさそうだから」と断わろうとし、結ちゃんはめんどくさそうなことは自分が全部やるからと話を受けた。
結ちゃんが調理部にいなかった日や、
そして結ちゃんは言った通り自分が全部行った企画の
それに気持ちばかりで実質ノープランな僕が何を言えるわけもなく、ただその提案を受け入れて「結ちゃんに敵わない」とか言っているのが僕だ……。
「……ごめんね。本当に何もできなくて。この伝えるのだって別に僕じゃなくていいわけで。結ちゃんでも綾瀬さんでも姫川さんでも構わないわけで……。はぁ……」
「そんなこと言ったらあーしだってそうじゃん。何もしてないのにいいとこだけ持っていくわけでしょ」
「でもこれは黒川さんの発案でしょ。僕なんてこの黒川さんが当日読む原稿を書いたくらいで。他には何も……」
これだって最初から最後まで関わっている結ちゃんが書いた方がいいに決まってる。何も知らない僕が企画書を読んで書く必要はない。
全部お膳立てされてしまったからやったというだけで、やっぱり何もしていないのは変わらない。
……あー、本当に無力な自分が嫌になる……。
「一条はちゃんとやってるよ。自分がそれに気づいてないだけで。だからみんな助けてくれるんだよ。それに、
「でも、」
「パパに言われっぱなしだったからリンちゃんたちは一条の代わりに怒ってて、一見不機嫌に見える
「いや、姫川さんのあれは本気でしょ?」
「……だったら嫌味の一つも言わないわけないじゃん。あれはどうしたらいいのかわからないんだと思うよ。美咲ちゃんは全部を鬱陶しいで済ませられなくなってきてるんだと思う」
僕には姫川さんが本気なのかそうじゃないのかの判断は難しい。今も普段の彼女にしか見えない。
それこそ「大抵のことは鬱陶しいし気に入らない」と言った時と何ら変わらないと思う。
……だけど、言われて思い返せば違和感のようなものを感じた場面もあった気がする。
例えば。あれだけ怒りをあらわにした有紗さんに対して「彼女のことはそれほど嫌いじゃない」と言っていたのが、もし結ちゃんの前だったからではなく本心からだったんだとすれば、確かに姫川さんは何かが変わってきている……のか?
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