第84話 僕にとっての彼女とは ⑥
最初は思わず立ち上がってしまったという様子だった
だけど、思わぬ展開に喜んだのもつかの間で、僕の正面にきた黒川さんの素っ気なさは変わらず(あからさまに顔を逸らされたりし)、僕は内心かなりのダメージを受けた……。
そんな僕たちの様子を見かねてなのか、間に入り手助けしてくれたのは
黒川さん以上によくわからない様子だった姫川さんが僕を、あるいは黒川さんを助けようと思っての行動なのか確かなところはわからないけど、そうされた僕は助けられたと思うんだ。
たぶん本意からの行動ではないことをしていた黒川さんも。
「ふ、二人きりにされてしまった……」
こっちを一瞬だけ見て、またすぐに顔を正面に戻した黒川さんは、距離こそ遠いのだが素っ気なさがいくらかましな気がする。
思えば僕への対応がまだ普通だったエントランスの時も、こんなふうに互いに距離があったな。
そして今はあの時と同じくらいの距離感だ。もしかしてこれなら。
「黒川さん?」
「……なに?」
「聞いてもいい?」
「うん」
やっぱりだ。普通に受け答えしてくれるぞ。
姫川さんの計らいでレストランから連れ出され、このロビーチェアに二人にされた時はどうしようかと思ったけど、これは姫川さんが気を利かせて二人きりにしてくれたに違いない。
一人で自販機にいった姫川さんが戻ってくるまでに、黒川さんと会話しろということだな。よし。
「──怪我は大丈夫なの!? 連絡も取れないから心配したんだよ。それに素っ気ないから何かしたのかと思ったし!」
「わ、わかったからこっちくんな。それ以上近づくな!」
「えっ、そんな。まだ顔もよく見てないのに……」
二つが繋がっているロビーチェアの端と端では距離が遠すぎるし、聞いてもいいと許可もでたから近づこうとしたら、ち、近づくなと本気で言われた。
それも両手をこちらに突き出す拒絶の動作つきでだ。
「……ん、だから……」
「?」
「あーもう! とにかく。そこから喋って! そこからの質問なら許可するから!」
よ、よかった。「近づくな」は僕が嫌われているわけではなくて、接近する行為自体がダメという意味らしい。
だが、そうならそうだとわかるように言ってほしい。態度で出されたり強い言葉で言われるとダメージが大きい。
まあ距離さえ取っていればいいならそれでいい……。
「なんで近づいちゃダメなの?」
嫌われたわけじゃなくて本当によかったけど、やっぱりそれだけでは納得いかないという本音が口から出た。
せめて納得がいく理由を言ってもらわないことには、この無意味に思える距離感を保つのは難しい。会話するにも聞き取りづらい部分があっては非効率に違いないし。
「んあっ!? それは、その、」
「うん」
「だからね。その、」
「うん」
反応から言いにくいことなんだろうとはわかる。
しかし、普段なら僕が自ら引き下がるような場面でも、今日ばかりは素直に引き下がらない。
黒川さんは教えてくれないことは絶対教えてくれないが、今日は食い下がっても聞くと決めた。
意地でも理由を答えてもらう。そうしなければ先には進めない。
「…………だから」
「よく聞こえないよ。もう少し大きな声で言って」
「すっぴんだから。メイクしてないから顔見られたくないの! 何のためにマスクつけてると思ってるの!? 察しろよ、バカ!」
……何? すっぴんだから? ノーメイクだから?
つまり黒川さんがマスクをつけているのは病院だからではなくてノーメイクを隠すためで、僕に対して素っ気ないのもそのノーメイクを見られたくないから……。
「えっ、そんな理由? 僕そんなの気にしないよ」
「あーしが気にすんの! 誰も
「大丈夫だって」
「大丈夫じゃねーから! 薬品臭いかもしれないし、間違いなく湿布臭いし」
ここは病院なんだから薬品の臭いがするのは当たり前だし、湿布の臭いだってするかもしれない。
それに、それが黒川さんからなのかなんて別に思わないし、そんなことより近くで顔を見て話したい気持ちの方がはるかに上回る。
だからなのだろう。少し強引な手段に出てもこの距離をなくしてしまおうと身体が自然に動くのは。
「──ちょ、ほんとにムリだから。こっちくんなって。どうして今日に限ってそんな強引なん、にゃあ!?」
「つ、捕まえた。大人しく座って」
とはいえ、僕に逃げようとする彼女を抱きしめてその動きを止めるほどの勇気はなく、できたのは腕を掴んだのと逆の手を彼女の手のひらにと伸ばして、逃げられないようにすること。
一瞬でも頭に黒川さんパパの顔が浮かんでしまってはこれが限界。普通に通る人もいるかもしれないし。姫川さんも戻ってくるかもしれないし。
「一条にこんなことする勇気があったとは……」
「前にも手を繋いだことはあったからね!」
「でも、やっぱり無理をしてるわけで……」
「し、してないよ、無理なんて!?」
「してるじゃん。ほれ」
左手で黒川さんの腕を掴んだから右手を繋いで、そしたら僕が左側になったから僕が黒川さんの座っていた辺りに座り、大人しくその隣に座った黒川さんは繋がれている自らの左手を自分の太ももに挟、
「──なっ、な、なにを!?」
「暴れるとくすぐったいって」
「いや、何をしているのかって!?」
「べつにー。嫌なら手を離したらいいじゃん」
「僕もう手を離してるんだけど!?」
手は離しているが黒川さんからは掴まれているから離れられず、太ももに挟まっているから抜けもしない!
いやいや、マズいだろこれは。何がかはわからないがとてもマズい気がする。何より手の甲に触れている感触が……──って意識をそこから外せ!
「くすぐったいってー。もぞもぞ暴れんなって」
「離して。謝るから。ごめんなさい!」
「……自分から近寄ってきたくせに勝手なこと言ってんな」
「うわぁ!?」
黒川さんは手を挟んだままこちらに寄りかかってきた。その顔は密着されての俯きとマスクとで二重に見えないが絶対に笑っている。
間違いなく必死に笑いを堪えている!
「自分だけがわがまま言っていいなんて思うなよ。あーしだって我慢してたんだから」
「我慢?」
「パパもみんなもいるからってこと」
「そっか。 ……ところでそろそろ離してください」
「ヤダ。充電中」
この密着によって何が充電されているのかさっぱりわからないが、確かに僕からはドキドキするしハラハラするしで、何かが急速に減っていっている気はする。
もし誰かにこんなところを見られたりしたらさらに減るだろうことは間違いない、
「……」
「あっ……」
ふと視線を感じて顔を上げたら、缶コーヒーを手に持った姫川さんが黙ってこちらを見ていました。
きっと僕が余計なことを考えたから、それが最悪のタイミングで現実になってしまったのでしょう。
「「……」」
こちらを見ている姫川さんに表情は一切ありませんが、その目は一切笑っていませんし、コーヒーの缶からは「グシャ」っと変な音がしました。
そして姫川さんは空だったらしいコーヒーの缶を持ったまま、僕たちに一言も発することなくレストランの方に歩いていってしまいます。
「姫川さん!? 違うから。これは違うからね!?」
「何が違うんだよ。見たまんまだよ」
「変な誤解されるから黒川さんは黙ってて!」
「
「ないよ。いや、これは困るよ。これを戻って話されたら後から戻るのが怖すぎる!」
怖いのは黒川さんパパだけでなく、僕から
というか、姫川さんが一人で戻っていった時点で怪しいだろ。い、急いで追いかけないと!
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